【107】聖女様の初デート(3)
馬車が領都の中心街で止まり、わたし達は下車をする。
目の前には行列の出来ている喫茶店がある。
そこへ馬車からオルフェルにエスコートされたまま向かう
「凄い人が並んでいますね。人気店なのですね」
「そうだね。でも大丈夫だよ」
オルフェルは列に並ばずに入り口へ行くと、お店の従業員の女性が対応し二階へ案内してくれた。そこは貸し切り状態になっていた。
ううん。ちゃんと何人かお客さんがいるけど……
「みなさん見たことあります!護衛の方ですか?」
「あれ?もうバレましたか?ちゃんと私服に着替えさせたのですが……あ……あれでは分かりますよね」
そう!厳つい大の大人の男が、テーブル向かい合って御茶を啜っている。それが3組もあれば誰もがその異常性に気付いてしまうと思うの。だって喫茶店に並んでいた列をつくっていた人達は、みんな男女のペアか女性ばかり。
流石に鈍感なわたしにも分かる。
それにわたしの達の後ろから入ってきた男女のペアは、恋人を装おっているけど動きがぎこちない。
それに……
「あちらは騎士団の副団長様と、パレードでわたしを守ってくださったミーアキャンベル様ですね」
「いや……確かに。あの感じはいただけないね」
副団長は気まずそうだし、ミーアは『わたしが何でコイツと?』みたいな目で副団長を眺めている。副団長は確かレイドと呼ばれていたけど、良い男なのに……。
そしたらオルフェルが小声で
「少し前まで二人は付き合っていたのですが、レイドが目移りしてそれがバレて別れたばかりでして……。よりによって団長……この二人を組ませるとは」
どうやら副団長様。こんな素敵な美人さんを差し置いて浮気をしたらしい。騎士の風上にもおけないわ!
「レイドはね。誤解だと騒いでいたが、街で女性達に囲まれている所を現行犯で見られたらしくてね。その場でビンタされて、それ以来ミーアが公務以外は口を聞いてくれないらしい」
「オルフェル様……とても家臣思いなのですね」
家臣のプライベートなところまで、こうして把握しているのに感心する。それに今の言葉に照れているのも意外だし可愛い
「ラフィーネ。提案なんだけど、せっかくのデートだし恋人気分を味わいたいから、お互い愛称で呼び合わないか?」
「愛称ですか?よ……良いと思います」
今度はわたしが照れてしまった。屋敷では敬称を付けずに呼び合っているけど、愛称では呼ばれていない。
それに……愛称自体初めてだから、何とお呼びすればいいのだろう?
オルフェルだから……オルフェとか?
殆んど変わらないか?
「フィーネ」
「……はい?」
フィーネってわたしの事よね。ラフィーネのラを取ってフィーネ。わたしの妄想愛称のオルフェよりは、センスがある
「君はフィーネ。
そしてぼくの事はフェルと呼んでくれないか?」
フェル?オルフェルのフェル?いいかも!
「フィーネ……どう?」
「素敵ですオルフェ……フェル様」
「様はいらない。呼び捨てでいいよ。
それにフェルはフィーネだけに特別に許した愛称だよ。
だから……」
「はい……。嬉しいです。
わたしのフィーネもフェル……にだけ呼んで欲しい」
オルフェルは喜色を前面にだして
「ああ。そうする。約束だよフィーネ」
「はい。約束です……フェル」
ただ愛称で呼び合っただけなのに、何だか恋人感が増すから不思議!……もう夫婦なんだけどね。
二人で見合って顔を赤らめていると、店員さんが生クリームと果物が添えてある円形の薄茶色のパンと、黒々とした飲み物を持って来た
「当店特製パンケーキとコーヒーでございます」
この円形の二つ重なったパンがケーキ?
不思議な名前……。それにこの目の前の、漆黒の闇のように黒々とした飲み物はなんでしょうか?
毒……な訳ないですし……飲み物でしょうけど……あまり飲みたくない。
でも……香りは素敵
「それはコーヒーといってね。最近流行りだした飲み物なのだよ。ただ見た目通り初めて飲むには苦いから気を付けて」
そして口を付けるオルフェルに倣って、コーヒーをひとくち啜ってみる
──にっが!
何これ?人が飲む飲み物なの?
護衛の人も飲んでいる。
良く平気で我慢できるわね?
わたしは苦手かも……
「驚いただろう?ぼくも初めて口を付けた時は
『毒でも入っているのではないか?』と疑ったよ。
でも慣れるとこの独特の苦味がクセになってね、また飲みたくなるから不思議だ」
そして補足でコーヒーの飲み方を伝授してくれた。
単体で飲むときは、この苦味をマイルドにするために御砂糖やミルクを入れて調整するみたい。だからお店の人もお砂糖とミルクが入った小さなピッチャーを一緒に持って来ていたのね。
そしてこのパンケーキっていう、パンのようなケーキ?かな?これ自体も少し甘いみたいだし、トッピングで果物や生クリームを好みでパンケーキに付け足して食べるみたいでね。
先ずは砂糖もミルクも入れないで、トッピングされた甘い「パンケーキを食べた後に、コーヒーを飲んでみて」とアドバイスを受け、実行してみた
「あれ?変ですね?苦いのですが……美味しいです!」
パンケーキの甘さとコーヒーの苦さがマッチして心地好いハーモニーを奏でている。コーヒーがパンケーキの美味しさを引出し、パンケーキもコーヒーの個性を高めている
「気に入ったかい?」
「はい!とても気に入りました。
紅茶ももちろん好きですが、このコーヒーも好きになりました。
でも……甘いものがないと、まだゴクゴクいけそうもありませんが、ケーキと一緒ならこれからも楽しみたいです」
「良かった。気に入ってくれて。
時々コーヒーも楽しもうね」
オルフェルの柔らかな微笑みを見ていると、心が踊る。
オルフェルとわたしは確かに釣り合わないのかも知れない。けれどパンケーキとコーヒーの組み合わせのように、全然違う個性だからこそ、返って噛み合いお互いを高め合うこともあると思うの。
だからくよくよ悩んでばかりいないで、わたしもパンケーキのオルフェル様の味を引き出す、コーヒーのような存在になりたい!
──あれ?
わたしがパンケーキかな?