【105】聖女様の初デート(1)
パレードから十日が過ぎた。
国王夫妻はもう王都へ向かい、招待された貴族達も領地へと帰って行った。パレードではあんな騒動があったが、不思議と領主オルフェルへの非難の声は上がらなかった。
それどころかオルフェルの体から、あの領都を覆った不思議な魔法が発動したところを見た者が多くいて、オルフェルが魔物の襲撃から人々を守った英雄になっていた。
そして新婦のラフィーネも好意的に迎えられた……というよりも爆発的に人気があがった。まだ儚げな少女。それを慈しむオルフェル。
平民出身は周知の事実で、妾でも側室でもなく、正妻に迎えられたシンデレラストーリーが領民に歓迎された。魔物を消滅させ傷を負った者を癒し死者をも蘇生させた奇跡の光と共に、唄になって王国中に急速に広まっていった。
そんなことは露知らず……。
ラフィーネは自分が領民から嫌われていると思い込んでいた。というよりも、とてもじゃないけどあの絵に描いたような王子キャラのオルフェルと、平民出身で差ほど綺麗でもなく何より少女体型な自分はそぐわないと思っていた。
それに……
毎日寝室を共にし同じベッドで寝ているのに、手を繋いで軽くハグされながら眠る……という状態から進展が無く、自分には魅力がないと思い込んでいた。
オルフェルも公務で忙しく、晩餐以外は殆んど時間を共有出来なかった。一ヶ月恋人気分を味わえると思っていたのに、ただ起きて食って寝るだけの日々が過ぎていった。
もちろん家庭教師もついて、王子妃に相応しい女性となれるように勉強はしている。
特に礼儀作法の先生……というかわたしの義理の母である教養の先生のエネシー・ルシアン伯爵夫人からは、手放しで誉められていた
「妃殿下。本当に貴族の礼法を習った事がないのですか?」
「記憶喪失で覚えがないのですが、でも何となくしっくり来るのです。変ですけど、忘れていたのを思い出す感じ……っていうのでしょうか?次にどう行動して、どのようにすれば良いのか自然と分かるのです」
「もしかしたら貴族出身かも知れないわね……」
「貴族出身ですか?わたしが?」
エネシーは考え込んでいるところを、不意討ちされて我に返った
「ごめん遊ばせ。つい思ったことが声になっていたようです。いえ。殿下から聞いた妃殿下の出身は平民で間違いないのでございますが、どうにも腑に落ちないのです。
貴族の礼法は一朝一夕で身に付くものではございません。幼少の頃より反復練習を繰り返し、日常の動作として身につけるのです。
平民とは根本的な動作の速度が違うのです」
そしてエネシーは説明してくれた。
貴族は日常作業の殆んどを、使用人にして貰う。
着替えやお風呂も使用人に任せる。
平民のように日々、料理洗濯掃除などの雑事に追われることがない。
だから平民からすれば貴族は動作は、ゆったりでいても常に気を張っているので隙がない。
それがラフィーネが教える前から自然に出来ているという
「人格の戻られる前のララ様は、それなりにセコセコ動いていて、わたくしが見ても『平民出身だろうな?』というのは直ぐに分かり、納得していました。
けれど人格が戻られた今は平民らしさを探すのが困難な程です。あの王族のオルフェル殿下と並んで歩いても、何ら遜色は御座いません」
もちろんラフィーネにも至らない所や学ぶところが沢山ある。けれどそれは年相応なもので、これから身に付ければ何の心配もいらないと云うこと……。
「あとは……」
エネシーが続ける
「その自信の無い表情だけですわね。
初めは自然な表情でいらしたのに、このところ曇っておられるようです。何か心配事がございますか?
よろしければ相談に乗りますわ。
もちろん教師としてではなく、ラフィーネの義母としてね」
そしてエネシーとラフィーネは、教養の授業ではない、親子の会話を楽しむお茶の時間を楽しむこととした。
紅茶にケーキスタンドが用意された席に落ち着き、ラフィーネはおずおずと尋ねる
「お義母様。単刀直入にいいます。
わたし……オルフェル殿下に並び立つに相応しい女性とは、とても思えないのです。
綺麗でもないし、子供のような体型だし、きっと皆さんには……年の離れた妹……いいえ遠い親戚の女の子くらいにしか見えないと思うのです?
殿下のご迷惑だと思うのです……」
「あはっ!あらあらまあまあ……可愛いわね……おほほほ」
エネシーは笑いを堪え切れず、声を出して笑っている。そんな姿は教師だったエネシーからは想像も出来なかった。