【11】聖女様の屋根裏部屋(11)
レイアは……たぶん自分を見下ろしている男の出す条件を待っていた。
男はしばらく無言でいたが、きっと考えがまとまったのだろう、コホンと咳払いして話始めた
「いいかお嬢さん。条件というのはな……」
男の出した条件は端的にまとめれば、こうだった。
貴族の身分は捨てる。
名前も変える。
年齢は12歳にする。
ここから連れ出された事は秘密にする
「これらが守れるなら、そうだな……俺には最近死んじまった妹がいる。その娘を託されったって事で、養女にしてやろう。遠方に住んでいたから、わざわざ調べに行かない限りバレることも無いと思う。
それに貴族の娘を拐ったと知れたら俺も家族も縛り首になる。念押しするが、貴族の身分は諦めてくれ。
それができるなら……」
「諦めます!条件も全て呑みます。教えて貰ったら何でもします!だから連れていって下さい!」
諦めるも何も、ここずっと貴族らしい生活なんてしてこなかった。それどころか猛毒を飲まされ続けた『いらない子ちゃん』だった。
叔父夫婦はわたしの署名が欲しいだけで、わたし個人なんていらなかった。さらに少女趣味の変態伯爵に売り払う算段までしていた。
絶対それよりはマシな暮らしができる。
せめて一日一回でもいい。温かいスープが飲みたい。
ううん。一週間で一回でもいいんだ
「お願いします!どんなことでもします!
もし……もし……こんな貧相な体でも良いなら……」
ポス
わたしの頭に大きな手を置かれた
「それ以上言うな。俺はここに泥棒に入ったクズ野郎だが、お譲さんにそんなこと絶対しねぇし、させねぇ。
俺はガキには興味ねぇし、そういう輩は大嫌いだ。
俺はかみさん一筋だからな。もし俺がお嬢さんに手を出したら、絶対殺される。
だから……安心してくれ」
他人から優しい言葉をかけて貰ったのは、いつ以来だろう?わたしは溢れる涙を止められなかった
「もし。こんなおっさんの養女でも良いって言うんなら、顔を上げてくれねぇか?」
「……はい」
わたしは顔をあげた。
目の前には髭だらけの大男が、屈んでこちらを覗いていた。ハンサムではないけど、とても良いお顔のおじさんだ。わたしを見詰める瞳がとても優しい。
わたしはさらに込み上げて、嗚咽を漏らして泣き出した。
落ち着くまで男の人は、大きな手でわたしを撫でてくれた。わたしが泣き止んだころ
「ホレ。ハンカチだ。俺は汚ならしいが、ハンカチだけは綺麗さ。これで涙を拭きな。
折角の別嬪さんが台無しだぜ」
ハンカチを渡してくれた。
そしてわたしは差し出されたハンカチで涙を拭いた
「じゃ。そろそろここをお暇しねぇとな?
でさ。おめぇさんの名前。教えてくれねぇかな?」
わたしはハンカチを返し、じっとおじさんの瞳を見詰めて名前を言った
「わたしはレイア。
レイア・アスタリス。
もうすぐ名前も貴族の地位もなくなっちゃうけど、今だけは言わせて。
大好きな父フレイドと母マリアに愛された娘です」
おじさんは大きく頷き
「そうか。良い名前だ。
だがな、無くなる訳じゃない。
いざって時までその胸の中に大事に仕舞って置くんだ。
ぜってぇ。忘れるんじゃねぇぞ!
もし忘れたら、俺も承知しねぇからな!」
そして拳をわたしに突き出した。
わたしは初め何をすれば良いかわからなかったけど、ふと思い付いて、わたしも拳を突き出しておじさんの拳と合わせた。
おじさんはニヤって笑って
「俺の名前はガイ。名字なんて大それたもんはねえ。
宜しくなレイア。今日からお前は俺の養女だ」
「よろしく。ガイ……お父様?
こんなヒョロヒョロの娘ですが、どうぞ宜しくお願いします」
「お父様はこそばゆい。親父で良いぜ。
だが女の子が親父じゃ可愛くないな。
せいぜい父さんとでも呼んでくれや」
「うん。分かった。父さん」
そしてわたしとガイは親子になった。