【102】聖女様と招かざる客(6)
13歳の頃のシャノンは一番幸せだった。
その両親から受け継いだ美貌で、まだ成人前ながら美しい将来を約束されたようだった。
社交界デビューはまだだったけど、成人前の御令嬢が集うお茶では引っ張りだこだった。噂を聞き付けた第二王子の息子主宰の御茶会へ招かれた事もあった。
けれど歯止めが利かない飽食にいつしかシャノンは肥太り、成人の15歳を迎える時には顔が丸々とした球体になっていた。もちろん体も前後に大きくなった。
そして社交界デビューの王都での舞踏会は散々だった。
体のせいかもしれない……たぶんそのせいと云うことで、舞踏会で転んで転がって笑い者になった。夢見てた王子様とのロマンスなんて、現実の前に儚く散った。
そして恥をかいて傷心しアスタリス邸へ戻ったシャノンは、腹の虫が収まらなかった。
その時にレイアの成人が間近で、侯爵の地位を父ダルイへ譲る署名後に毒殺するという話を両親から聞いた。シャノンも成人し父の後継者として婿を迎える立場となるから、運命共同体として打ち明けられたのだ。
だがシャノンはレイアが何の恥もかかずこの世から消え去るのが許せなかった。
そして御茶会で出た変な噂を思い出した。
アルゼン伯爵という老人が少女が大好きで
「皆様。捕まらないように気を付けましょう」
という話。
それも高貴な身分ほどアルゼン伯爵は喜ぶという。
──これだわ!
レイアはもうすぐ15歳なのに12歳のままで成長が止まっている。元々小柄だったので10歳に間違われても不思議ではない。横にも大きく成長したシャノンからしたら、体積は半分にも満たない。
シャノンは父と母へ提案した
「アルゼン伯爵という方が高貴な身分の少女を求めているとか?あの薄汚い屋根裏部の汚ならしいレイアが、その方のお眼鏡にかなうのではなくて?
噂では身分が高ければ相当な高値で買ってくれるそうよ」
これでレイアの運命が決まった。
父ダルイは早速アルゼン伯爵へレイアの売却を打診し、勢い良く食いついた変態伯爵は前金として1億エルを支払い、3億エルでレイアを買い取る契約を結んだ。
思いがけぬ収入に気を良くした両親は、後に入る2億エルを当てにして前金の一億エルもパーっと使い果たし、今年度の予算も前倒しで贅沢品の購入等で散財してしまった。
そしてレイアが成人を迎える二日前。
レイアが忽然と消えた。
そしてシャノンと両親はあっという間に苦境に立たされた。侯爵の爵位継承はレイアが消えたので立ち消え状態となり、代役を探すにも貴族の色と呼ばれる青い髪の少女なんて見つかる訳がない。取り敢えずレイアが見つかるまで、レイアの病状が悪化したという理由で立会人を介しての署名は延期となった。
そしてアルゼン伯爵の前金の返却で買い漁った贅沢品も全て消え去った。年間予算にも手を出したので、ただでさえ少ない使用人を解雇せざる得なかった。シャノンの専属使用人も一人を残して切られた。
二年もしたら屋敷の掃除は行き届かなくなり、庭は荒れ放題で幽霊屋敷のようになった。
ここでトドメのような出来事が起きた。
後ろ楯であった第二王子が、王太子との後継者争いに敗北し完全に失脚したのだ。アスタリス侯爵夫妻の暗殺も暴露された。さらに[後継者レイアの捜索と保護]という名目でアスタリス邸に王国騎士団が大挙押し寄せ、レイア監禁と殺害の容疑で両親とシャノンは拘束された。
新たな領主として王太子の三番目の息子のアーサーが赴任し、成人後にアスタリス侯爵を継承することが正式に決まった。
それまでは後見人付きの仮の領主らしいが、アーサーの侯爵就任で名実共にアスタリス侯爵となるだろう。
拘束後、両親の不正が次々と明るみになり、使用人の証言からレイア殺害容疑が固まり、子爵位は取り上げられ貴族の地位も失くなり、ただの平民となった。
裁判が終わり刑が執行されるまで、新領主派の男爵邸へ預かりの身となった。レイア殺害の判決は決したが、長年の不正よ調査が難航し、軟禁期間が長期化した。
贅沢な食事も失くなり肥太った両親も痩せ、シャノンも例にもれず痩せてきた。
一年以上軟禁された19歳のころには、見目麗しい美女となっていた。
──そしてそんなある日の真夜中──
父ダルイと母エフレア、そしてシャノンが軟禁されている離れの小さな屋敷に、招かざる客が来た。