【95】聖女様の秘密(4)
オルフェルが語り始めたのは、国境でのある出来事の話
「商人達は検問を無事終え、いざ国境を抜けようとしたその時、彼らの荷馬車が青白く光ったそうです。
守備隊長は魔道具の違法所持を疑い、直ぐに検問のやり直しを命じ探したところ、樽の中で雁字搦めに縄で縛られていた少女を見つけたそうです」
「それがラフィーネって訳ね」
「はい。そうなります」
オルフェルは王妃に同意した
「何故直ぐにその樽を開けたかといえば、光を追ったらその樽へ行き着き、袋詰めの少女を助けたところ光は胸元で小さく光ったままだったそうです。
そして守備隊長はそこに魔道具を隠し持っていると思い、保護した部屋で少女にそれの提出を求めたようです。
少女は直ぐに胸元から、首に掛けていた御守り袋を取り出し守備隊長に渡しました。その中身を見た守備隊長は少女から御守り袋ごと預かりわたしに持って来ました」
そしてオルフェルは側近に指示を出し、ある小さな宝石箱を持って来させた。オルフェルはその宝石箱を明け御守り袋を取り出し
「これはその時からわたしは秘密にした方が良いと思い、厳重に隠して保管していました。この側近も中身は知りません。知っているのはわたしと守備隊長のレイモンドだけです。国王陛下。どうぞその御守り袋の中身をご覧下さい」
国王は御守り袋を受け取り、中身を取り出す
「こ!これは!」
「聖女の紋章だわ!」
袋の中から取り出したネックレスの雫型の白いペンダントヘッドには、鳩と百合を組み合わせた[聖女の紋章]彫られていた。それは聖女だけに許された紋章で、紋章が彫られた物品なら直系の子孫だけに持つ事が許されている
「これをラフィーネが持っていたのか?」
「はい。レイモンド個人の持ち物でなければ、間違いなくラフィーネが持っていたものになります」
「こんなもの……市中に出回るものではないわ。作りもしっかりしているし、何より後ろに王家専用彫刻工房の印も刻まれているわね。細工も見事だわ!
レイアは聖女様の孫娘。母は聖女様の娘マリア。彼女にこのネックレスが伝わり、母から娘レイアに贈られた。そんな可能性も見えてくるわね。
でも……これが現聖女様の持ち物とは限らないわね」
「それを渡していただけますか?」
「ええ。どうぞ」
王妃はオルフェルにネックレスを渡す。オルフェルはペンダントヘッドを開いて王へと渡した
「ロケットになっていたのか?こ……これは間違いないな」
「ええ。間違いありませんね。現聖女の肖像画が彫られているわ。
お義母上の物に間違いないでしょう」
二人は彫刻に見入っている。これは有名な肖像画。
現聖女が成人の記念に大きな肖像画が描かれた。それと同じ図柄の記念品が聖女に渡されたという
「思い出した!父上が言っていた。
記念品が贈られたが、聖女の妻は恥ずかしがって中身を見せてくれなかったらしい。とても小さな物だったようだが、よもやこれかも知れぬな。もし女の子が生まれて嫁にいく時が来たら、それを渡すと言っていたそうだ。
だが、確認するにはこのネックレスを聖女様に見せるしかあるまい」
「いよいよラフィーネが、レイア・アスタリス本人である決定的ともなりえる証拠が出たわね。けれど髪と瞳がアレでは……これでも弱いわね」
「そうでしょうか?」
オルフェルは力強く言った
「両陛下。これは現聖女シァリーアン様が成人を迎えたばかりの時のもの。娘のマリア様はシャリーアン様と生き写しと言われております。そしてその娘レイア様も……マリア様に生き写しと評判の美少女だったようです。
成人と成るのは15歳。今レイア様が生きていれば19歳ですが、ラフィーネは15歳……何か気付きませんか?」
二人ペンダントヘッドを覗き込む
「似ておる……このロケットの中身と同じだ」
「髪型は違うけど、顔立ちは正に生き写し!ラフィーネ本人の肖像画と言っても可笑しくないわ!
ああ……お義母様……レイア……」
王妃は感極まって泣き出した。
国王は王妃の背中を優しく撫でる。そんな国王も涙ぐんでいる。まだラフィーネがレイアと決まった訳ではないが、もしあの凄絶な虐待の日々を生き延び、こうして運命とも言うべき巡り合わせで聖母の母国の王子の妻となったのなら奇跡としか言いようがない。
オルフェルは静かに話しはじめた
「わたしは初めこのネックレスは何らかの形でラフィーネに手渡った物で、出会った頃はレイア様と全く思いませんでした。ラフィーネは事件に巻き込まれ直ぐに記憶を失い、わたしは本人の記憶が回復してから話を聞けば良いと問題を後回しにしました。いえ。結婚してあの宝玉に触れるまでは、忘れていました。
けれど覚醒した人格の品の良さと、平民とは思えぬ身のこなしを疑問に思い、集めた情報を調べ直したところ点が線となり繋がって、この確信とも云えるところまで考えが至りました」
そして懐から丸眼鏡を取り出した。それは顔が隠れそうな大きな円の丸眼鏡
「これはラフィーネが養父母に養われていた時、ずっと付けていた丸眼鏡です。残念ながら本物は壊れてしまいましたが、わたしも極最近まで彼女に掛けさせていました。わたしの場合はラフィーネの素顔が可愛いらしいので、余計な悪い虫が着かないように付けさせていました」
そしてオルフェルがその丸眼鏡を掛けてみせる。
「随分印象が変わるでしょう?みんな彼女の事を名前のララの他に丸眼鏡と呼んでいました。それは平民時代も同じだったと調べて知りました。
てっきりわたしと同じ理由で養父母も丸眼鏡を掛けさせていたと思いました。何故ならこの眼鏡には度がはいっていません。これ自体は本人所有の壊れた丸眼鏡を参考に造らせたものですが、完全な伊達眼鏡です。
美人な顔立ちが悪目立ちして、人拐いなどの犯罪に巻き込まれないように、掛けさせていたと思い込んでいました」
そして丸眼鏡を外し
「ですがもしラフィーネがレイア・アスタリス侯爵令嬢で、養父母も秘密を知っていて、正体を隠す為にこの不釣り合いな大きな丸眼鏡を掛けさせていたとしたら?」
「ラフィーネの養父母に聞けば、秘密が明かされるかも知れぬと云うことだな?」
「そうなります。一月後。フリーデン王国のアーサー王子のアスタリス侯爵の就任式があります。まだパレードの混乱で不安定ですが、わたしはラフィーネ共々出席するつもりです。
そして何とか養父母と連絡を取り、もしラフィーネの秘密が有るのなら、その秘密を明かして貰います」
国王は頷き
「行ってこいオルフェル。
そしてラフィーネの秘密を明らかにせよ!」
「そうですよ。オルフェル。
ラフィーネがもし本当にレイアならば、祖母の聖女様も大いに喜ばれるでしょうから……」
王妃はオルフェルの手を握り、想いを託した。
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かくして……オルフェルとラフィーネのアスタリス侯爵就任式への出席は、承認された。