【10】聖女様の屋根裏部屋(10)
髭面の男が背中にザックを背負って見上げている。
男の身長は190cmくらい。
焦茶の髪に茶色の瞳。
年齢は40歳前後だろう。
男の職業は荷持運びだ。
冒険者で今は一線を退いているが、長いこと前線で戦士をしてきたから勘も衰えていないし力もある。
だから依頼があれば冒険者のポーターとして何日も家を留守にする事が多かった。
だが今はやむにやまれぬ事情により、何日も家を空けるのは不可能だ。それで宅配業者にも登録して、宅配作業で糊を繋いでいる。
しかしこれではジリ貧は確定だった。
だからここで一攫千金を狙った。
泥棒だ。
巨体だが、身のこなしには自信がある。
冒険者に成る前の子供の時に、ずいぶんと空き巣を働いた。あれから何十年も経っているけど、出来る筈だ。
だが素人同然だが、やはり危ない橋をいくつも渡れない。たった一回で大金を稼いで、後腐れなく泥棒は引退したい。
それで狙いを付けたのが、ある侯爵家の屋敷だった。
アスタリス侯爵家
かつての侯爵家は忍び込もうなんて馬鹿な奴はいなかった。常時騎士が警護しているし、庭も整備され身を隠せる所が殆んどなかった。
だがアスタリス侯爵が不慮の事故で死んでから一変した。噂では侯爵の腹違いの兄夫婦が代理として、侯爵家に入り込んだらしい。
それから様子がおかしくなった。
庭は日を追う毎に荒れていき、あの美しく咲き誇っていた花々は今は見る影もなく雑草に覆われている。
騎士達の姿も消えて、警備がザルになった。
街の職業斡旋所には、かつて侯爵家に勤めていた使用人達が溢れたのも侯爵代理が屋敷にはいった時期と一致した。
そして新たな使用人を募集していたが、給金が今までの半分以下に減らされていた。
あの金額では何処にも雇って貰えない奴らしか、応募しないだろう。証拠にもとの使用人達は優秀という噂が立ち、直ぐに斡旋所から居なくなった。きっと新たな就職先を見つけたのだろう。
そしてアスタリス侯爵家のお嬢様が病に倒れたという噂がのぼった。侯爵代理に変わってから、外で誰も見たことは無く、殺されたという噂も立っていた程だ。
男は宅配業務の帰り道いつも暗い時間になると、侯爵邸を見ていた。ある日。屋根の上がボーッと光った時があった。あの青白い光には見覚えがあった。
魔法の発動の時に起きる光と似ていた。
夕方貼り付いて見ていると、定期的に何度も青白い光が点滅しているのを見た。それは屋根に付いている天窓から漏れる光だった。
きっとあそこは倉庫になっていて、重要な宝物とか隠してあるに違いないと踏んだ。あの青白い光は高級な魔道具を隠しているに違いないと確信した。
魔道具発動にも魔法のような青白い光が出るから……。
それで皆が寝静まった夜更け。
一攫千金を狙って屋敷に忍び込んだ。
屋敷を見張っていたから、夜になっても屋根裏の倉庫がある北側に灯りが付くことは無かった。
つまり北側には夜に誰もいないということだ。
それが男を後押しした。
余程のヘマをしない限り、バレることは無いだろう。
最悪バレても騎士もいないし、警備もザルだし、雑草だらけで身を隠せる場所も多いから、逃げられるだろう。
忍び込むのは容易だった。
というよりも警備がザル過ぎた。
北側の裏戸の鍵が掛かっていなかった。
息を潜めて気配を探ってみたけど、この辺りに人がいなさそうだった。
それでも大事をとって抜き足差し足で廊下を進んだ。
三階まで上がり、目星を付けた天窓のある辺りに物置の部屋があった。
そこに場違いな梯子があった。
廊下に出て一瞬灯りを灯して天井を照らしてみたら、一ヶ所だけ、自棄に汚れている箇所があった。
梯子でその汚れた天井を押して見ると、天井が浮いた
『ビンゴだせ!ここが隠し倉庫だ』
男は高鳴る心音を沈めてから、ゆっくりと梯子をのぼった。
部屋の中は真っ暗だった。不思議なのは埃っぽい感じがしないこと。これは人の出入りが有ることを示している。
それに変な話だが、空気がとても清浄だ
「この部屋で間違いないと思うのだが……可笑しいな?」
この部屋に入った途端に、何故か心地好く感じた。
──これも。魔道具の力かな?
なら。読み通り魔道具が有るかもしれない
「暗いな。探してみるか?」
天窓から漏れる光では心許ないので、灯りを灯した。
ダンジョン攻略の時に重宝する、魔石を利用して光を出す魔道具だ。
灯りが漏れすぎないように、上部は覆ってある。
周囲を光が照らしたが、倉庫ではなさそうだった
「何だここは?誰か住んでいたのか?」
誰もいない。傾いた机。空っぽの容器が上に置いてある。
床にはバケツ。覗き込むと、殆んど空だ。
棚は有るけど飾り棚で何も置いていない。
粗末なベッドには誰も居なくて、汚ならしい毛布がクシャっと丸めてある。一応部屋の中を物色してみたけど、目ぼしい物がない。何故か女児用の安物の服や下着が何点かあった。
これはあれだ。完全にハズレだった。
男は気が抜けてベッドに腰かけた
「何だ?勘違いか?無駄足だった。
あーあ!かったりぃー」
男はそのまま仰向けになった
「ひぎゃ!」
柔らかいような固いような変な感触と共に、蛙を潰したような奇っ怪な悲鳴が上がった。
男は毛布を勢い良く剥ぎ取った
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!殺さないで下さい!ぶたないでください!痛いことしないでください!」
ここに場違いな青い髪の少女が身を縮めて這いつくばり、怯えた涙声で懇願していた。