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最愛と共に。

人を傷つける残酷描写があります。ご注意ください。


そこそこに栄えた港町のはずれ。

明かりの少ない弓の様な細い月の浮かぶ夜、場違いなほど賑やかな一団があった。久しぶりに旅の一座が来ていて、これから初日の公演が始まるのだ。

小高い丘には人が集まって、思い思いに酒を飲み肴や菓子を食べ語り合っている。ざわざわとした話し声から乾杯の声や、普段のテーブルの上よりも少しだけはしたなく響く食器の音、それらが窪地の中心からすぅっと消えていった。

丘から見下ろす窪地の更にその向こう側に座る幾人かの顔を篝火がまばらに照らしている。よく見れば、彼らの手には楽器のようなものが握られていた。縦笛横笛、リュートや太鼓などの打楽器と様々だ。

そしてその中心である窪地の真ん中には、いつの間にか一人の踊り子らしき人物が立っていた。

顔の上半分を派手な羽根飾り付の仮面で覆ったその人物が身に纏うのは、首から胸と腰から足首までをゆったりと覆う白い布の服で、エキゾチックな踊り子の衣装のそれである。

耳が痛いほどの静寂の中、一瞬の夜風が踊り子の頬を撫で、その金色の髪を揺らして過ぎ去った。それを待っていたかのように踊り子が大きく息を吸う。

響き渡るのは、力強く澄んだ歌声。

少女というほど幼くもか弱くもないけれど、女性特有の高く響く声ではないのに嫋やかさも持ち合わせながら、青年と言うほど低くはない。

良く見ればその体つきだって、女性にしては丸みが乏しく、男性と断言できるほどの逞しさはないけれどすらりと伸びている。

朗々と響く歌は吟遊詩人も顔負けなほど窪地を覆いつくし、いつの間にか響く楽器の音がその歌声に華を添えた。


丘の上でそれをのんびりと見つめながら、ふと小さく吐息をついた。

私の子。

可愛い子。

この歌声は何度だっていつまでだって聞いていられる。

名残惜しいが、あともう数フレーズで終わってしまう。その後に他の踊り子たちと一緒に踊りが始まってからが私の仕事だ。

この街に立ち寄った商人たちからなる大きなキャラバン。そのキャラバンと一緒にこの街にやってきた旅芸人の一座に身を寄せて、もう十数年になる。一座とキャラバンは大抵一緒にいるが、離れることもある。どちらもそれぞれ都合があるらしく、キャラバンの行先は大陸に名の響く大商会の意向に基づくし、一座を連れている事で商談がはかどったりその町その町での売れ行きが違ったりするらしい。一座の方針は座長であるマダムの一声で、キャラバンにくっついている事で一緒に護衛してもらえるという利点もあるし、キャラバンが各地で仕入れたいろんなものを一番に見て場合によっては購入することも出来る。なにより華がある、キャラバンの旅慣れた男衆のウケがいいからだいたい歓迎されるし。

抱えた大きな木のトレーには、このキャラバンが行く先々で仕入れた酒や菓子、ちょっとした酒の肴なんかが並んでいる。それをもって客の間を売って歩くのが、今夜の私の仕事だ。

若い踊り子の女性たちから借りた化粧品で紅を引き、髪にはその辺に生えていた花を挿し、持っている中で一番肌の露出が多い服を選ぶ。これだけで売り上げが全然違うのだ。特に今みたいに仕事終わりの男が多い夜の公演は。

ちなみに昼の公演では子供や女性が多いので、酒はあまり持たずにその町では売っていないような菓子が好まれる。身ぎれいにはするけど、華美にはしない。

これらの売り上げが多ければ、私の懐にもわずかながらにお金が入る仕組みだ。気合も入るというものだろう。


「こっちに酒頼む!」


呼ばれて丘を下る。踊り子たちのいる窪地にほど近い位置にいたその客は既に顔が赤く、少し距離を取りつつも笑顔でトレーを差し出した。

トレーを眺めつつちらちらとこちらの顔色を窺い、首や胸元にやたらと視線を感じる。こんな年増に色目使おうってか。暗くてわかんないのかな?

ここは長居せずに、早々に立ち去るべきだ。

そう見切りをつけた私は、ひょいととられた酒瓶のラベルに目を走らせた。

トレーにはいくつか小さな藤で出来た籠が乗っており、そこに入っている菓子やつまみはその籠ごとに金額が決まっていて、かごの中に敷かれたカラフルな布に直接値段が書いてある。酒瓶にはそれぞれのラベルに直接値段が。いくらかと聞かれたらこれらを指させば簡単な数字が書かれているだけなので、大抵の者はこれで事足りる。小さな子供や、話の通じない酔っ払い共には、ポシェットの中に入った銅貨を手にのせて示してやる。喋れない私はこのやり方で今までやってきた。暗すぎたりして困ることもあるけれど、まぁそれなりに何とかしてきたわけで。

男の手に握られた酒のラベルを見てぎくりとした。これ、話のタネにと持ち歩いているキャラバンが仕入れた中で値段も度数も一番高い酒だわ。本気で買う気あるのかな。ちょっとやばい気がする。

ちなみにこのトレーには皮の幅広ベルトが付いていて、私の右肩から背中を通って斜めに掛けてある。片手で支えてさえいれば、もう片手でお金のやりとりをするのになんの問題もない。いつも通り左手でトレーを支え、右手で男の手にある酒のラベルをこつんと指さした。男が一瞬目を見開いたが、すぐにまたニヤついた顔で手を伸ばしてくる。ぐい、と身体ごと引かれ酒臭い吐息が近づく。


「おい」


すんでのところで踏みとどまって、トレーをぶちまけるという失態をやらかさずに済んだ。あぁ良かった。

トレーを持ち直しキッと男を睨みつけると、今度こそ一歩距離を取り右手のひらを差し出した。

早く、お代をよこせ。

それを見た男の顔がみるみるうちに赤くなる。あ、まずったかも。今度こそ殴られる。

…と身構えたその時。ふわりと私達の間に割って入ったのは、さっきまで窪地で踊っていたはずの仮面の踊り子。


「ごめんね、この人は商品じゃないんだ」


有無を言わせず私の手を引き客席を離れ、あっという間に踊り子たちの控えの天幕に連れられてきてしまった。

あぁ…酒代もらい損ねた…。

がっくりと項垂れる私を、若い踊り子たちがきゃっきゃと慰めてくれる。


「またリジェに保護されちゃったのぉ?」

「リジェったら相変わらず過保護ね」

「もう、また舞台抜け出して!マダムに言いつけてやるんだから!!」

「はいはい、もう戻るよ」


軽くあしらう目出し穴のない仮面のリジェは、軽やかな足取りでまたあの窪地の舞台に戻っていくのだろう。

可愛い子。

綺麗な子。

私の、大切なあの子。

あの子は生まれつき目が見えない、というと少し語弊がある。

見えなくされたのだ、あの男に。


私が自分の妊娠に気づいたのは、帝国に出立する直前だった。

月のものが遅れているのは気づいていたけれど、牢という異常な空間にいる事での冷えやストレスのせいかと思っていた。けれど、国に出立する前に一度、地下牢から王都のはずれにある騎士団の施設へ移されるときに馬車を使った。尋常じゃないほど馬車酔いした。確かに貴族用の乗り心地を追求した馬車ではなかったが、それにしたって気持ちわるい。頭がガンガンと痛み、目は回るし身体に力は入らないのに、内臓は容赦なくせりあがってこようとする。馬車の中だからとなんとか堪えたけれど、降りた途端に吐いた。

父はイールだ。他に身体を許した男なんていない。

けれどイールはもういない。認めたくはないけれど、殺された、らしい。

だとしたらこの子は。

お腹の子は無事生まれたとて果たして。

帝国への旅路は当然馬車だ。辛すぎる。朦朧とする意識の中で、それでも私は考えた。

お腹の子がイールだとわかったら、たぶん生まれても殺される。

だったら、イールだと断定できなければいいのではないか。

だから帝国軍の男を誘った。誰彼構わず。悪阻と馬車酔い、とにかく気持ち悪さが私を襲うが、人数は多いほどいい。

そうすれば、誰も父がイールだと断言できなくなるはず。

けれど私のそんなちっぽけな努力もむなしく、生まれたこの子は、綺麗な金の産毛をはやし、輝かんばかりの黄金の瞳をもって生まれたのだ。

イールと同じ色。あの王家の色である。

出産に立ち会った准将は言った。


『選べ。死か、生か』


もちろんこの子が生きることを選んだ。

生きてさえいれば。


『そうか』


いっそ憐れむような声だった。

そして准将は、右手に握った剣を振りぬいた。

響いたのは赤子の泣き声と、産婆の悲鳴。

飛び散ったのは真っ赤な鮮血。赤子の両目が潰され、文字通り血の涙を流していた。

私の横に無造作に置かれた赤子を、産婆が震える指で手当てした。

そして一度離れた准将の手には、どこから持ってきたのか細い紐が握られていた。


『やめて…』


なにか良くないことをする、という事しかわからない。

それなのに止めることも出来ず、弱弱しく声を上げる事しかできず、ただただそれを見ていた。

開かれた赤子の足のちょうど真ん中、指の先程の小さな突起の更にその下のほんのりとした膨らみ。

ごつごつとした軍人の手がそれを無造作に摘まみ上げ、手に持った紐で根元を縛り上げた。暴力的なまでのその力で。


『壊死して落ちるまで、外すことは許さない』


ただすすり泣くことしかできない。

どうしてこんなひどい事を。

溢れる涙に翳む視界の中で准将が私に手を伸ばし、赤子の股と同じように舌を縛られた激痛で、ついに私は意識を手放した。


その五日後。

かろうじて立ち上がれるようになった私は、華宮を追い出された。

腕の中には、常にグズグズとぐずって笑顔を見せてくれることのない我が子。

せめてもの餞別にと産婆が持たせてくれたのは、替えのおむつ布とヤギの乳二瓶が入った麻袋。赤子に罪はないから、と。

短く礼を言い、華宮を後にした。

振り返ることはしない。そんな暇はない。

顔の上半分を包帯に巻かれ明らかに異様な風体の赤子と、それを抱いた喋れない女。

受け入れてくれる場所を探さなければいけない。たとえ見つからなくても。

真っ先に向かったのは教会だったが、軍の息がかかっているのか門前払いだった。遠目に見かけた子供達にも怯えられてしまったのですぐに諦めた。

せめて子供だけでもと教会の近くに二か所あった孤児施設を訪ねたが、どちらも駄目だった。小さ過ぎる子供は手がかかりすぎて見きれない。怪我の具合がひどすぎて見きれない。医者がいない。今いる子供だけで手一杯だ。明らかに異常な訪問者に憐れんでくれる視線もあったが、どちらも警戒もあらわに早々に追い返された。

既に足はそこかしこが痛み、抱き疲れた手は痺れ、喉の渇きが舌の痛みを増幅させて頭まで痛みが広がり、意識も朦朧としてきている。腕の中からまた空腹を訴える力ない泣き声が聞こえるが、持たされたヤギの乳は既に全部飲ませてしまった。でもここで諦めるわけにはいかない。

最後の望みをかけて向かったのは花街、いわゆる娼館が並ぶ地区である。

げっそりを頬がこけているのに顔中がむくみ、おまけに顔色も悪い自覚がある。それでもかつて誇った美貌は残っているはずだ。かたっぱじから戸を叩いた。

結果、惨敗。いくつか雇ってくれそうなところもあったが、子供と離れることが条件だったので諦めたり、身の危険を感じるほどの雇用条件だったりしたのですんでのところで逃げたりしているうちに、とうとう戸を叩くことすら出来なくなった。

華宮を出てから既に三日経っている。川の水でおむつ布を洗ったり、極まれに行われる教会の炊き出しで食いつないできたが、腕の中の我が子も明らかにぐったりとして消耗している。

どうしようどうしようと焦るも、自身の体も思うように動かず、ただ力なく腕の中の小さなぬくもりを抱きしめるだけだった。

マダムに声をかけられたのは、そんな時だった。


『アンタ、行く当てないのかい?』


見上げた先には、恰幅の良いきらきらとした年嵩の女性。

ぼぅっと見つめるだけの私の腕から我が子が取り上げられ、次いで私も腕を取られた。


『もーマダムったら。また拾ってきたのぉ?』

『いいからこの子を洗っておやり。それとも食事が先かね』


連れてこられたのは、やたらと煌びやかな人たちがいる天幕の張られた一角で。


『ここにいれば安心よ』

『なんてったってうちのマダムは、なーんでも拾って面倒見てくれるイイオンナだからね!』

『あらあら、美人さんに涙は似合わないわよぉ』


きゃらきゃらと笑う踊り子たちに指摘されて、初めて自分が泣いていることに気が付いた。

それ以来ずっと、私とリジェはマダムの旅一座にお世話になっている。

リジェ、と名付けたのもマダムだ。強く、美しく生きるひと。そんな願いを込めたと笑っていた。

一座と共に旅していた商人のキャラバンからミルクと薬を買って、衰弱していたリジェはあっという間にふくふくの赤子になった。リジェは一座みんなの子になり、順調に育っていった。

だからマダムには返しきれないほどの恩がある。私の出来ることは微々たるものだが、ずっとマダムのそばでマダムの力になりたいと思っている。目は肥えているので踊り子たちの衣装を監修して作ったり管理したり、公演中は売り子に扮する。マダムが浮浪児を拾ってくることは良くあることだったので、その子達の身の回りの世話も私の仕事になった。日常の炊事洗濯は不慣れだったが率先してやってきたので、今では若い子連中のお母さん代わりだ。

この一座は、とかく人の出入りが多い。マダムが来るもの拒まず去る者追わずなせいもある。子供だけでなく、私のように身寄りのない者や単純に芸を磨きたい者、吟遊詩人なんかも一緒に旅することもあったし、立ち寄った町で腰を落ち着ける者、意見が合わず出ていく者、行き先が変わったからと去っていく者、様々だった。

その中にまぎれて時折、視線を感じる事もある。単に女の身体を求められている見え透いた視線であれば無視すればいい。それらとは明らかに違う、刺すような、殺気の様な視線を感じる事がある。特にこんな、祖国を旅するときには。

それらの視線が祖国の王侯貴族の差し金なのか、帝国軍に所属する者なのか、私にはまったくわからない。警戒している、お前なんかいつだって消せるぞ、と定期的に知らしめてくるこの視線がただただ恐ろしい。喋れない私にできる事なんか何もないのに。読み書きは出来るが、出来ないふりをしている。筆談が出来るとわかったら殺されるのは、目に見えていたから。

この国は今、新たな王の誕生に国中が沸いている。この一座もそういった空気に誘われ歓迎され、この国に入った。

これまでイールの父である当時の王がそのままずっとその冠を戴いてきた。ただしそれは帝国の首輪付きであることは国民にはあまり知られていない。

新たな王は齢十三歳とまだ若い。祖父は王弟である公爵、そしてその娘リラを母に持ち、正統なる王家の血を引くこと。そして帝国軍准将であるリラの夫を父に持ち、帝国とのつながりがあること。きっとリラやその父である公爵、そして私を軟禁した侯爵達の描いた筋書の結末がこれだったのだろう。

街で売り出されていた少年王の絵姿は、リラに良く似たプラチナブロンドと黄色い瞳の穏やかそうな少年だった。実際はどうだか知らないけれど。




「母さん、ホントに気をつけてね?」


夜の公演が終わり遅い夕食をとる演者達に飲み物を注いで回る私に、リジェが迷いのない足取りで近づいてきた。

目が見えないというのに、この子はいつも真っ直ぐに私の元へ駆けつけてくるので不思議でしょうがない。私は声も出せないのに。


「優しいのは美点だけど、付け入られて傷つくのは母さんなんだから」


私のことを優しいなんて言ってくれるのはリジェくらいなものだろう。私が意識して優しく接するのはこの子だけだ。

握られた手をきゅっと握り返し、緩んだリジェの手をそのままほどいて、そっと柔らかな金髪を撫でた。

舞台用の派手な仮面は取り去らわれて、今は麻布がその目元を隠しているだけだ。生まれた瞬間に付けられた傷跡は、今でも引き攣れたままリジェの目元に居座っていて、その美しい黄金色を隠している。


「…子供扱いしないでよね」


柔らかなその髪の手触りを堪能していると、すねたような口調が聞こえてそのままふいっと立ち去ってしまった。私の可愛い子は、ムズカシイお年頃になってしまったようだ。少し寂しいけれど、成長したという証なわけで。子供の健やかな成長を喜ばない親なんてこの世にいるものか。…自分の両親のことは棚に上げておく。

過去の私は、自身の美しさにとかくこだわっていた。執着していたと言ってもいい。着飾り、美しくあることで自分を保っていた。それしか持っていなかった。

そんな私だけれど、イールは真に私のことを愛してくれていた、と思う。彼の目はいつだって優しかったし、触れる指はとても丁寧で慈しみに満ちていた。

私にとってのイールは、王太子妃というアクセサリーの付属品だったけれど、いつの間にかそれだけじゃなかった。死んだと聞いたときは心が引き裂かれたかのように悲しかったし後悔もした。もっとなにか出来たんじゃないか、そうならないように振舞えたんじゃないかって思ったものの、やっぱり今考えても私にできる事なんてないに等しくて、逆に笑うしかない。

そんなイールが唯一私に残してくれたのがリジェだ。

たった一度だけ見た、リジェの黄金の瞳。

あれより美しいものを、私は他に知らない。

だから自分の美醜なんて、それからはどうでもよくなってしまった。ただ人に与える印象については理解しているから、その時その場所に合わせて多少飾ったりするけれど、それに心躍るようなことは無いに等しい。

目の傷ばかりでなく、男として生まれながらに声変わりもせず、男性らしい身体的特徴を持たないリジェ。

すらりと伸びた身長は今ではもう私と変わらないほどだというのに、肉付きは男のそれとは思えないほどに薄い。そしてなにより、男としての生殖機能がない。結婚して子供を授かるという、ごく一般的な幸せは得られようはずがない。

それでも『幸せ』というのは人それぞれだ。どんな形であれリジェが幸せであると感じてくれるならばそれでいいし、いつか寄り添ってくれる人が現れることを願っている。それまでは私とこのマダムの一座の庇護下にいて、共に生きていきたい。

それが今の私の幸せだ。






書いたものの、差し込む余地のなかった小話のリサイクル。

蛇足になりかねないので、自己責任でお願いします。



  *  *  *



僕の母さんの事って…なんであんたなんかに話さなきゃいけないの。

ちょっとでいいから聞きたい?えー、しょうがないなぁ。ほんとにちょっとだけね。

母さんはすっごく優しいよ。おまけに美人なんだって。

え、それは知ってる?

あぁ、そうだよね。でも僕は美人だって知らないんだもん。見えないからさ。

僕の目が見えないのは生まれつきでさ、美人とか言われてもよくわかんないよ。

で、母さんの何が知りたいの?

ここに来る前の事って…それこそ僕が知るわけないじゃん。

僕は生まれたときからこの一座に母さんと一緒にいたし。

一年かけていくつかの国と街を回って、歌って踊っておひねり貰って、また一年後に同じ街に戻ってっていう繰り返しだし。

それに母さん喋れないもん。

ん?見えない僕と喋れない母さんじゃ不便だろって?

最初からこうだったから、今更不便とか言われてもねぇ。

それに母さんは声が出せないわけじゃないから。

んとかあーとか意味ない言葉は出せるから、長く一緒にいる奴らはそれで通じる聞き方してくれてるっぽいし。

僕がもっと小さい頃はよくおんぶして鼻歌歌ってくれたりした…あ、今のなし。忘れろ。

それに僕、たぶん見えないせいだろうね、人より耳がいいみたいだから、それで誰が近づいてくるかとか大抵わかる。

足音なんてみんな同じだって?馬鹿なの?

違うに決まってんじゃん。

特に母さんのことは足音だけじゃなくてちょっとした息遣いとか衣擦れの音とかで大体わかる。今日は機嫌良いなとか、ちょっと疲れてるっぽいなとか。

母さんの音はさ、なんか温かいんだよね。優しくて、ふんわりしてる。

逆にアンタみたいに奴はさ、冷たくてなんかチクチク刺すみたいな感覚っていうの?すぐわかるよ。

母さんもアンタのこと警戒してた。心当たり、あるんだろ。

目が見えないからって油断した?

ナメてんじゃねぇよ、守られてばっかりのガキじゃねぇんだ。

母さんは渡さない。

わかったらなさっさとここから出て行け。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハラハラしながら読んでとても面白かったです。 1話1話がそれぞれ一作品として連載されてもおかしくないぐらい、激動の人生がすごかった…。
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