表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

伯爵令息を捕まえた!



「貴様との婚約を破棄する!」


私の隣に立つ彼は、大変見目麗しいお顔立ちをしている。私には劣るけど。

それでも彼のそばにいるのは、彼と並んでいると私の可愛いが更に引き立つからだ。数あるアクセサリーのひとつ、みたいな感覚かな。

そんな彼がなにやら女子に向かって叫び、周囲の注目を集めている。こーゆー注目のされ方はあんまり好きじゃないんだけどなぁ。

なんでこうなった?




遡ること数ヵ月前。

私の学園生活は概ね順調だった。

子爵家で読み書きだけは覚えなさいと無理矢理やらされたお陰で、授業はなんとか理解している、ような気がする。張り出される成績上位者に名前が載ったことはないけど。

でも私には可愛いという武器がある。子爵家で更に磨かれた武器が。

男女の差はあれど生徒全員が同じ服を着ているなんて、こいつらみんな気が狂ってるの?全員が同じなんてつまらない。使用人じゃないんだからさぁ。私が一番可愛いのに。

だから制服の白いブラウスの襟と袖口に、子爵家の侍女に頼んで刺繍を追加してもらった。同じく制服であるミモレ丈のドレスワンピは裾を少し上げて膝下丈にして、胸下の編み上げ紐をボルドーの幅広リボンにした。ワンピの深緑に映えてて良い出来だと思う。

貴族のお嬢様方には、このセンスが理解されないみたい。膝下丈のスカートは庶民には可愛いくて動きやすいと好評でずいぶん浸透してきているし、そもそも私に似合うものを着て何が悪いの。遠巻きに見ながらヒソヒソするくらいだったら、面と向かって言ってくれてもいいのよ?倍にして言い返すから。

たまに庶子のくせにとか、元平民風情が、とか聞こえることもある。対外的には、私はシュゼットお嬢様の子供で、それを最近になって知った子爵夫妻が養女として引き取ったという事になっているらしい。別に何を言われようが、感じるものは特にない。だって実際は元庶民だし。

でも貴族の御子息方へのウケは良いっぽい。貞淑に育てられたご婦人やお嬢様しか知らないお坊ちゃまたちだもんね。初めはこわごわと話しかけられたから笑顔で対応したら、いつの間にか入れ代わり立ち代わりになった。男子チョロい。

その中でも熱心に話しかけてくるのが、件の見目麗しい彼。どこぞの伯爵家の令息だというジョルジオだ。

学年は違うけれど、たまたま食堂で声をかけられてからよく話すようになった。食堂はもちろん、中庭で、廊下で、お互いの教室で。

時折、彼の婚約者とかいう女から、呼び出しを食らうこともあった。


「ジョルジオはわたくしの婚約者ですの。彼に近づかないでくださる?」


か細い声でそう告げた婚約者。華奢で小柄、レースのハンカチを握りしめる手は微かに震えている。

両脇にはのっぽと小デブという絵にかいたような取り巻きが二人。あれ絶対、上位貴族のお嬢様にくっついて甘い汁吸いたいだけの小物たちでしょ。笑える。


「別に私から近づいてないし。彼が勝手に話しかけてくるのよ」


いつだったかご親切な誰かが、下位の者から上位の貴族へ話しかけてはいけないなんて最低限のルールもご存じないの?と厭味ったらしく教えてくださったので、それからは基本的に自分から話しかけるというヘマはしていない。だって見ただけじゃ身分の上下なんてわかんないし。

でも目が合ったらそれがたとえ知らない人でもにっこり笑ってちょっと手を振る、という事はしている。話しかけてないんだからセーフでしょ。

そしてそれにまんまと引っかかったのがジョルジオだ。最初は赤くなって逃げていた彼も、何度か繰り返すうちに絆されたらしい。

ある日突然、『君は僕に気があるのか』と真っ赤な顔で真面目くさって聞いてくるもんだから、笑いをこらえるのに苦労した。

『いいえ、まったく。だってあなたの名前を存じ上げないわ』そう返したらとてつもなくショックを受けた顔をして名乗ってきたので、それからは何かと交流が続いている。彼といるといつも笑いをこらえるのに必死でそれはそれで辛いんだけど、いろいろ貢いでくれるから手放せない。さすが伯爵家令息の財力。


「そんな…」


あ、ちょっと回想に浸っていたら婚約者の令嬢が泣きそうになってる。弱すぎ。

取り巻き達が慌てて慰めつつ、覚えてらっしゃい!とか定番すぎるセリフを吐きながら去っていった。なんだったの?

後日ジョルジオにかいつまんで報告すると、


「君は何も心配しなくていい!」


と息巻いて去っていった。そもそも婚約者がいるなら、私といるのも本当はダメなんじゃないの?まぁ貢いでくれるモノに罪はないし貰っとくけど。

面倒なことにならなければいいなぁ。


…と思っていたそばから、厄介事はやってきた。


ここは学園の大講堂。

午前中に行われた卒業式の面影はどこにもなく、夕暮れ時の今は職員や使用人たちの手を借りて、学生生活最後を彩るパーティ会場に様変わりしていた。

参加者は学園長をはじめとする教師たちと来賓、それから卒業生とそのパートナー達。

私は来年卒業だから参加する予定はなかったんだけど、数日前、突然ジョルジオにパートナーとして参加してほしいとドレスを贈られた。そういえば、彼は今年で卒業だったんだっけ。

もらえるものは当然貰う。そのついでに、卒業パーティーにも付き添ってあげる事にした。

ドレスは水色、私の瞳に合わせてくれたらしい。そして所々にちりばめられた刺繍やビーズやコサージュの濃紺。これはジョルジオの瞳の色かも。独占欲丸出しね。

ジョルジオにエスコートされる私を見て、眉を顰めるもの多数。まぁ気持ちはわからなくもない。婚約者以外をエスコートするのがマナー違反なのは、私ですら知ってる。

それをしてまで私をパートナーに選んだのはなぜか。


「ジュリアは何も心配しなくていい」


私の手をぎゅっと握りしめて囁き、己の婚約者を睨みつけるジョルジオ。その瞳は燃え上がり、あたかも敵を前にした獅子のようとも言える。

睨みつけられた気弱な婚約者は、やはり取り巻き達を従えつつ今にも泣きそうな様子である。


「貴様はジュリアに対して何度も嫌がらせを行ったな。そこの取り巻き達と一緒に」

「あの、わたくしは…」

「問答無用!」


突然張り上げられた声に婚約者がびくりと震え、会場全体が何事かと微かにさざめく。

そしてついに言ってしまったのだ、あの言葉を。


「貴様は我が伯爵家にはふさわしくない。貴様との婚約を破棄する!」


あーぁ、言っちゃったよ。もしかして彼女との婚約を破棄して、私と婚約し直そうとか思ってる?私そんな気ないって前言ったよね?

アンタは他の男より良い物を貢いでくれるし、ついでに見た目も麗しいから隣に並んでいてあげただけなのに。勘違いも甚だしい。

なにやらぶつぶつとしゃべっていたらしいジョルジオに突然同意を求められ、とりあえずにっこり笑って聞いてなかったことを誤魔化しておく。同意をしない事がポイントだ。

それだけでほわんと口元が緩むジョルジオ。ちょろすぎる。

けれど、だんだん周囲が騒がしくなってきた。ヒソヒソとさざめく視線も、決して好意的ではない。

どうするべきか悩んでいるうちに、学園の警備兵が何人も近寄ってきて、わめくジョルジオと共に会場の外へと連れ出された。彼とは別室で、学園の事務員やら貴族院の補佐官やらいろんな人にいろんなことを聞かれたけれど、すべてありのままを返しておいた。

私は何も知りません。

すべてジョルジオが勝手にやったことです。

空が白み始める頃に、やっと家に帰ることが許された。

家では滂沱の涙を流すお母様と、一晩で急に老け込んだようなお父様に出迎えられたが、とにかく眠かったのでなんとか言いくるめて自室に潜り込むことに成功し、そのままベッドにダイブした。けれど程なくして、妙に焦ったような侍女の声に叩き起こされ、いつもと違い慌ただしく侍女数人がかりで身支度を整えさせられ、そのまま応接室へと引きずられた。

途中の廊下でお母様が真っ青な顔でこちらに駆け寄ってくる。


「ねぇジュリア、侯爵様がお見えなんだけどどこでお知り合いになったの?」


いやいや。お知り合いになったことなどないんですけど?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ