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子爵夫妻の養女になった!


とある日の昼下がり。

旦那様が私を愛でるために何枚か服をあつらえてくれていたので、そのうちで一番上等なワンピースを着て子爵夫妻を訪ねた。

子爵邸はそう広くはないが、庭が美しく整えられていて、いくつかの美術品や調度品が丁度良く配置されていてとても上品だった。

一方、男爵邸を思い返してみれば、そこかしこに豪奢な美術品が飾られていて最初は圧倒されたのだが、侍女として仕事するようになってからは壊しはしないかといつもひやひやしていた。

この子爵邸を見れば、あの男爵邸が如何に派手な下品さに飾りたてられていたかがわかる。あーゆーのを成金趣味って言うんだろうな。

通された応接室はゆったりとした部屋で、庭に面した大きな窓からレースのカーテン越しに柔らかく光が差し込んでいる。

その光を背に、三人の大人が座っていた。手前の一人掛けソファには成人したばかりであろう男性が、その奥の二人掛けにはその親であろうたぶん子爵夫妻。

皆、なぜか私の顔を見るなりとてつもなく驚いた顔をする。夫人に至っては、握りしめたハンカチーフを口元に押し当て、瞳が潤んでいた。


「お目通り叶いまして光栄にございます。ジュリアと申します」


男爵である旦那様に仕込まれた即席のカーテシーを披露する。

そもそもこれは応接室に通された後、子爵夫妻が入ってきたら披露しなさいと教えられたんですけど。なんか待ち構えられてたし。段取りおかしくない?旦那様が間違えたの?


「シュゼット…」


呆然と呟いたのは夫人だろうか。その呟きにはっと我に返ったらしい手前の男性が、ソファに座るように勧めてくれた。

その間ずっと三人が私をガン見している。紅茶と茶菓子を準備している侍女にまでチラチラと見られていた。そりゃ確かに私は可愛いけれど、明らかにそれだけじゃないってわかる。

侍女が下がって、ようやく子爵らしき男性が声を上げた。


「驚かせてしまい、すまなかった。私たちにも事情があってね」

「ジュリアさんといったかしら。あなたにいろいろお聞きしたくて呼んだのよ」


やはりこの二人が、私を呼んだという子爵夫妻で間違いなかった。もう一人は彼らの息子らしい。子爵令息という事か。三人とも、旦那様と違って装いだけじゃなくその振る舞いにどことなく品がある。


「不躾で申し訳ないが、君の生い立ちを聞かせてほしい」

「生い立ち、ですか?」

「あぁ、わかる範囲で構わない。覚えているなら生家の事や、ご両親のことも聞きたい」


生い立ちと言われても、まだ十二歳になったばかりの子供だ。話せることはそう多くはない。それでも、三人の怖いくらいに真剣な瞳に呑まれて、ぽつりぽつりと話をした。

生まれたのはたぶん、王都の端にある貧民街。その日暮らしの貧困層が肩を寄せ合って住んでいる長屋が、一番古い記憶だ。

私は四人家族の末っ子だった。酒を片手に日雇いの仕事を転々とする父と、連れ込み宿兼食堂で働く母と、家で繕い物の内職をする姉と、私。親戚は知らない。

ごくありふれた貧困家庭に、突然生まれた可愛い私。父は母の不貞を疑い私を蹴った。母はアンタがいるから父に殴られるんだと私を叩いた。その両親に倣って姉は私を虐げた。

私は、あの二人の子供で間違いないと思っている。ぱっちりとした二重は父にそっくりだったし、ぽってりとした唇とふっくらした耳たぶは母譲りだ。姉は美人ではなかったけれど、私の顔のパーツをそれぞれ一回り小さくして配置をちょっと変えたら姉にそっくりだと思う。

ただこの三人を家族かと聞かれれば、首をかしげたとも思う。食事は抜かれることも多かったし、身なりも粗末なままだった。顔の造作は可愛いから高く売れるんじゃないかと真剣な顔で相談している両親を、ドアの隙間からのぞいたこともある。

この家に居続けるのと、売りに出されるのでは、どちらがマシか。そう考えた矢先に、三人が火事で死んだ。原因はわからなかったが、たぶん酔った父が暖炉に酒をこぼしたんだろうと決めつけられた。過去に小火を起こしたことがあったから。軒下で寝起きしていた私は難を逃れたが、長屋が燃えた事で火傷を負った者や住処を失った者が多くいたため、原因の一家の娘として疎まれた。当ても無く彷徨っていると、近所の老婆が寄ってきて、アンタみたいなめんこいのがふらふらしちゃいかん、悪い奴らに目を付けられるからね、と手を引いて連れてこられたのが孤児院だった。

それからは孤児院で生活し、商会で働き、男爵家で侍女となったと話を結んだ。

子爵夫妻は時に驚き、時には顔をゆがめて話を聞いてくれた。特に両親や親戚については詳細に聞きたがった。思い出せる範囲で頑張ってみたけど、親戚についてはまったく心当たりがない。

こんなにしゃべったのは初めてで、少しのどが引き攣れている。それに気づいた令息が、慌てて紅茶のおかわりを用意するようにと扉の外へ声を上げていた。


「お話してくれてありがとう。もうこんな時間でしょう?夕食の用意をさせるから食べていってね」


私の話を聞いて少し落ち着いたらしい夫人が、優しく誘ってくれる。

それに対する答えはもちろん。


「ありがとうございます!」


とびきりの笑顔も忘れずに。

四人で和やかに食卓を囲み、他愛もない話をする。特に夫妻は私の話を聞きたがった。

食事を終えると、客室に案内された。子爵に問えば、もう数日滞在してほしいと言われて驚く。たかが男爵家の侍女に対する扱いではない。しかし目の前に、美味しい食事と清潔で柔らかなベッドがあるのだ。断る理由がない。

朝起きれば侍女に身なりを整えてもらい、朝食を食べたら夫妻と庭を散策した後、夫人が刺繍をするのに付き合う。昼食後には夫人と街歩きをする。晩餐は四人で。夜は柔らかいリネンに包まれて眠る。なんて素晴らしい生活だろう。まるで夢のようだ。

三日目の朝、夫妻にとある部屋へ案内される。歴代の子爵家の肖像画が飾られた一室に、その絵はあった。

夫婦と二人の子供を描いた家族の肖像。

この夫婦はきっと、今隣に並ぶ子爵夫妻の若かりし頃のものだろう。夫人に膝に乗る幼子は、きっと令息だ。そして夫妻の間に立つ一人の少女。


「…私?」

「あれはシュゼット。私たちの娘だよ」


子爵がやんわりと否定する。ひどく沈痛な面持ちで。


「あなたはシュゼットに、本当に似ているの」


夫人も今にも泣きそうな顔で絵を見ている。けれど、不意にハンカチを握りしめて私に向き直った。


「あの子は使用人だった男と駆け落ちしてね…あんなことになるくらいなら、反対なんかするんじゃなかったわ」


潤む瞳が揺れてうつむいた。はらはらと零される涙が、白いハンカチに吸い込まれて染みを作った。

その華奢な肩を、子爵がそっと抱いている。


「もちろん方々探したんだ。王都はもちろん、近隣の町に人をやったりもしたけど見つからなくてね。もう二人で幸せになってくれさえすればいいかと諦めかけたときにね、隣国との境で二人によく似た遺体が発見されたんだ…」


その時の様子を思い出しているのか、夫人の方に添えられていた子爵の手が微かに震えていた。

まぁそこまで聞けば、だいたいのことは想像がつく。貴族のお嬢様とその使用人が慣れない土地で生きていくには、大変どころではない苦労があったのだろう。事故だったのか、この世を儚んだのか、はたまた恨み辛みにまみれた末なのか。過程がどうにしろ、二人とも死んだという事実に変わりはない。そして、私がそのお嬢様にそっくりだという事も。


「実はね、ジュリアさんが娘の忘れ形見なんじゃないかと思ってお呼びしたの」


どうやら使用人の誰かがショウウィンドウに座る私を見かけたらしい。仕えていたシュゼットお嬢様によく似ていたが、明らかに年齢が違うことと、既に子爵家ではお嬢様は亡くなったものとされていたこともあり、使用人たちの話のタネ程度にされていたそうだ。それがいつの間にか子爵夫妻の耳に入り、本人ではなくとも血縁ではないかと藁にもすがるおもいで件の商会に問い合わせたが、既に辞めたとの回答があった。子爵夫妻も確証があるわけではないから所々ぼかして問い合わせるほかなく、けれど結局夫妻の熱意についに商会長が折れ、ジュリアの勤める男爵家へと話が持ち込まれた。その時には、可愛らしいと評判の娘に一目でいいから会ってみたいと伝えただけなそうな。孫かもしれないなんておいそれと言えないよね。ましてや家出した娘の子供かも、なんて。


「この前、ジュリアさんにご家族や家のことをいろいろお聞きしたでしょう?」

「悪いが人を使って調べさせてもらった」


あぁ、だからこの数日間、ここに留め置かれたのか。納得。


「君が話した内容は、調べる限りではほぼ合っていた。君は…私たちの孫ではない」


ですよねー。知ってた。

あの両親に別に情はないけれど、確かに私の両親だったと思ってる。


「でも…でもね、あなたさえよければ、本当にうちの子にならない?」


元貧民街のただのガキを?

本気で言ってる?


「あと何年かしたら、この子爵家は長男が継ぐわ。あなたに渡せるものは少ないけれど、生活に困ることはなくなくなるはずよ」

「私たちに、君を、可愛がらせてくれないだろうか」


穏やかな、けれど真剣な二対の瞳が私に刺さる。

これは…都合のいい夢なんじゃないだろうか。確かに私は可愛いけれど、それだけしかないただの小娘で。彼らの亡くなった娘さんに似ているだけという理由で、こんな幸運があるのだろうか。

思わず頬をつねったら、ちゃんと痛かった。そして目の前の二人に心配された。


「本当に、いいんですか?」

「良いに決まってるわ!」


夫人がぎゅっと抱きしめてくれる。こんなの、両親にだってされたことがない。

それにこの手を取れば、この数日間にしていたお姫様みたいな生活が一生続くのだ。断る理由がない。

だから一生懸命、これまでで最高の笑顔を作って言った。


「よろしくおねがいしますっ!」



それからは、今までとは一変した生活が始まった。

私は子爵夫妻の養女となった。義兄となった夫妻の長男は未婚だったため、年は離れているものの夫妻の養子とした方がいろいろ都合がいいらしい。

美味しい食事に、お茶とお菓子まである。食べすぎには気を付けないと。

夫妻のみならず使用人達までが、シュゼットお嬢様に似ているからと手放しで可愛がってくれる。義兄だけはいまだに距離感がつかめないけれど、きっとそのうち仲良くなれるだろう。

街を歩くのも、買い物をするのも、何もかもが楽しくてたまらない。

私だけのための一人の部屋は初めてで、クローゼットが上等な服で埋まっていき、アクセサリーボックスもきらきらと輝いている。私の可愛いに磨きがかかる。

社交のオフシーズンには義父と義母について領地に帰らなければならず退屈だったけど、それ以外は何不自由なく過ごした。


そんなある日のこと。義父の執務室に呼ばれて向かうと、この部屋にはめったに寄り付かない義母が同席していた。


「ジュリアも、もうすぐ十五歳になるだろう」

「えぇ、お父様」

「この国の貴族の子女にはね、ひとつだけ義務があるんだ」

「義務、ですか?」


初めて聞いた。そもそも平民だったから知るはずもないけど。

首をかしげた私に、お母様がにっこりと微笑んだ。


「十五歳になったらね、学園へ通わなければならないの」


がくえん、ってなに?



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