冬、校門にて
おいでませ
登場人物
池岡 ・・・生活委員長
宇治福・・・副書記
竹中 ・・・教師
生徒会の冬朝は過酷である。今日も変わらぬ寒さが、またひとつ、吐息を白く染める。小川に面し、吹き抜けとなった通学路を冬の北風がさっそうと駆け抜ける。身に染みる。骨の芯まで深く染みる。いくら着込もうが身体は冷え切り、朝の横陽が身を焦がす。
普段は饒舌で、軽快で、温厚な彼等でさえ、寒さにはどこまでも脆い。
インフルエンザの流行る時だ。触れ合うことは許されない。気候的寒冷と、精神的極寒が、じわじわと人を蝕む。
10分が経ち、深白の溜息をつきながら歩き出す。希望も後悔も何もない。在るのは寒さから逃れたいという生物的欲求、唯一つだ。
くだらない。実にくだらない。遅刻する奴は遅刻する奴だ。俺には関係ない。要するに馬鹿なのだ。遅刻をしたら叱られる。叱られたら時間が無駄になる。その時間を使って遊んだり、勉強したりできるのに、「眠い」という一時の感情に流されて時間をドブに捨てる非合理主義のアホなのだ。それに奴らは俺の時間までも奪っていく社会の癌だ。全くもって相手にできない。
そう心の中で毒づくのは、生活委員長の池岡である。そして、実に不機嫌である。強く言われないのをいいことに好き放題遅刻する3年生の先輩と、どうすることもできない自分と、何故か自分が先生に怒られるという理不尽に彼はキレかけていた。憧れだった先輩達の卒業を心待ちにする程である。
「あと3分でーす!急いでくださぁい!」
一個下の副書記、宇治福が叫ぶ。まったく理想に燃ゆる若人はいいものだなと、冷めた目で見つめ、形だけの声掛けをする。
どうせ走りはしない。急ぎはしない。もし仮に俺がその立場だったとしても、決して走ったりしないだろう。時間を守らせるには強権発動が最適解だ。恐怖を操れれば人を動かすなんぞ簡単なことだ。
だが残念な事にそのような権力は与えられていない。アニメや漫画で見られるような憧れの生徒会など実在せず、半ば雑用に近いお仕事を、奴隷の如く程々に楽しむ。それがリアルな生徒会である。
定刻まで残り30秒を切ったところで、一瞬の静けさが訪れる。だが、誰もが次の混沌を理解していた。まだ数ヶ月の経験しかなくとも、次のアクションを予想するのは容易だ。
馬鹿の塊が波打ちながら押し寄せてくる。
残念ながらこの塊は遅刻確定である。人生諦めが大事だと言わんばかりの表情で男子役員が校門に集結する。
例によって、馬鹿の塊は遅れて学校にやって来る。形式上、生活委員長である池岡が学年組を遅刻者から丁寧に聞き取り、それを名前を伏せて放送して頂くという実に意味不明な行為をする必要があるのだが、なんせ数十人の大集団だ。呼び留めたところで逃げられてしまうのは必至である。
そこで、力のある()男子役員が協力して塊を食い止めるという、学校のリーダーらしからぬ脳筋作戦に打って出ることにしたのだ。
とはいえ、いかんせん人数不足だ。男子役員はたったの6人しかいない。算数を勉強した人ならわかると思うが、6人より20人のほうが数が多い。数が多けりゃ力が強い。残念ながら勝負はもう決していた。
役員が力なく立ち尽くす中、生徒指導の竹中先生だけがひとり、声を荒げていた。だが無駄だったようだ。誰一人校門には残らなかった。表情は険しい。またもや次のアクションを容易に予想できた。
竹中が怒鳴る。
「おめえら生徒会役員がちゃんとやらんけんがこげんなろうもん!」
安心安定、佐賀訛りの博多弁が寒空に響き渡る。
役員一同、この理不尽に耐えかねていたが、ここは一つ、ぐっとこらえるしかなかった。
竹中は右手に握っていた電波時計を池岡に投げつけた。
「なんで俺やねんー」
そう思いながら、染み付いた野球の感覚で時計をキャッチする。
竹中は憤怒しながら職員室へ歩き出した。
重たい空気が流れ出した。
一時間目が体育なのを思い出し、池岡はひとり、憂鬱を重ねる。
始業の鐘が、定刻を知らせた。
すごく眠いです。誰か助けてください。