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番外編その2

 休日のある日、訓練をすませたアルフラッドが、部屋でお茶を飲んでいるノウのところへ行くと、彼女はたしかに茶を飲んでいた。……のだが。

「……どうしたんだ?」

 彼女はとても渋い顔をしていた。

 気に入ったと愛用しているティーカップのセットに割れた様子はない。

 テーブルの上に嫌な新聞記事が広がっているわけでも、面倒な計算式があるでもない。

 だが、表情は苦々しげで、一体なにが彼女にそうさせているのか、見当もつかなかった。

「あ、フラッド様……変なところを見せてしまって」

「いや、それはいいんだが、なにがあった?」

 アルフラッドの問いに、ノウは「これです」と傍らの瓶を示してみせた。

 中には、細かくされた茶葉がぎっしり詰めこまれている。

 よくよく見れば何種類か混じっているようで、薬湯のたぐいなのだろう。

「公爵夫人から定期的にいただくのですけれど……その、味が、独特で」

 彼女らしい持って回った言い回しは、要約すると不味いということだ。

 夫人への配慮から正直に言えないのだろう。

 本人はこの場にいないのだから、構わないと思うのだが。

「俺も飲んでみていいか?」

 逆に興味が湧いてしまい、頼んでみると、本当に微妙な味ですよと念を押してから渡された。

 心遣いなのだろう、量もほんのわずかになっている。

 椅子に腰かけて飲んでみると、なるほど、たしかにひどい味だ。

 ここまで苦いと、健康にいいのか悪いのかわからなくなりそうなほど。

 だからだろう、もうひとつポットがあり、ノウは素早くそちらを入れて薦めてくれた。

 甘い味のそれは、普段のアルフラッドならあまり好まないが、口直しには最適だ。

 テーブルに置いてあった菓子もいくつかつまむと、ようやく落ちついてきた。

「これは、飲むだけでも一苦労だな」

 正直な感想を述べると、ノウも苦笑いをしてうなずいた。

「おかげで、どんどんたまってしまって……」

 視線の動きを追うと、棚の一角には同じような瓶が並んでいた。

 こちらにくる時に持ってきたにしては、あまりにも量が多い。

 二月にひとつくらいの頻度で贈られてくるのだろう。

 だが、この味では一日一杯飲む気にもなれないから、自然と増えていくわけだ。

「流石に処分するのは申し訳なくて、でも……」

 今では医師から、ほとんど健康体だと太鼓判を押してもらっている。

 心身に負担のない暮らしがよかったのだろうと言われて、ノウにとって快適な場所になれたとほっとしたものだ。

 だから薬湯に頼らなくても、今ならなんの問題もない。

「──ノウさえよければ、俺がまとめて引き取るが」

「飲むんですか!?」

 珍しく驚いた声を上げて、すぐさま恥ずかしそうに声をひそめる。

 愛らしさが先に立って頭をなでてしまった。

「訓練の時に使えばいいんじゃないかと思ってな」

 時折、模擬戦のようなことも行うので、順位をつけることがある。

 最下位だからといって、ペナルティはたいしたものではない。

 実力や素行に問題のある者は、そもそも在籍していないからだ。

 だから、罰ゲームも「ちょっとした」程度が望ましい。

 その点ではこのお茶なら、ぴったりだと言える。

 アルフラッドの説明に、ノウも納得したらしい。

 相当飲むのに苦心していたのだろう、あっさりと渡してくれることになった。

 幼いころからずっとなら、十年以上だ、嫌になるもの当然だろう。

「……その模擬戦は、フラッド様も参加するのですか?」

「ああ、優勝者と戦うことが多いな」

 本来守られるべき存在なので、トーナメントから出るのは止められたのだ。

 万一負けても格好がつかないと言われたが、今のところ負けなしで通っている。

 サクタスたち警備隊が出てくるとそうもいかないが、ルールに則った剣術なら、まず負ける気がしない。

「次に行われる時は、見てみたいです」

 最近のノウは、頼みごともすなおに口にするようになった。

 躊躇いの間も減ったし、言い淀むこともない。

 本人は控えめにしようとしているらしいが、どれもささやかなものばかりなので、個人的には大歓迎だ。

「ああ、わりと大規模だから、楽しめると思うぞ」

 半ばお祭りごとになっているので、仕事の一環にもなるだろう。

 なにより、格好いいところを見せたくなるものだし。

 楽しみです、と微笑むノウがあまりにかわいくて、アルフラッドは彼女をひょいと抱きあげてソファへと移動すると、恋人同士らしい午後を存分に堪能することにした。



 ──その数日後。

 ノウから瓶を受けとったアルフラッドは、そのうちのひとつを手にして、警備隊の詰め所を訪れていた。

 今日の目的地は訓練所ではなく、医療隊の作業部屋だ。

「仕事を増やして悪いんだが、これの成分を調べられないか?」

 瓶を手渡しすと、彼らは一様に怪訝そうな顔をした。

 どうしてそんなことを、という彼らの疑問はもっともだ。

「もらい物なんだが……飲んだ時に、ちょっと違和感があってな」

 かつて野営をした時、気をつけろと注意されたのが、食材の毒についてだった。

 保存の利く食材を持って行っても、可能であれば現地調達が望ましい。

 しかしものによっては毒を持っているので、その見分けができるようになることと、随分叩きこまれた。

 逆に、時には味を覚えておけと、影響がひどくない程度に有毒なものを口にする訓練もした。

 食事に毒を盛られていても、気がつけるようにという意味だ。

 ──味見した茶を飲んだ時、微かに感じた痺れるような感触は、以前の訓練と似たものだった。

 ただ、量が少なかったし、その後、自分にもノウにも影響は見られなかったので、不安がらせてもと話題には出さずにいた。

 とはいえ、放置するわけにはいかない。念のため瓶は全て回収したから、現段階ではノウがこれ以上口にすることはないが、数ヶ月のうちに新しいものがとどいてしまう。

 それまでに安全かどうかを確認しておきたかった。

 詳細は伏せつつ調べたいと熱心に訴えると、研究欲が勝ったのだろう、最終的には了承してくれた。

「とはいえ、大分細かくなっていますから……見た目からでは調べられそうにないですね」

 毒草には特徴的なものも多いが、細かくすりつぶされているので、あまり参考にならない。

 だが、そこは専門職、茶葉をいくらかとって煮出すと、少しずつ小分けにしていった。

 そこに、鍵をかけて収納している棚から薬品をとりだし、あれこれ組み合わせたりしてから、数滴ずつ垂らしていく。

 ──と、いくつかの液体は、あからさまに色が変化した。

「……大当たりですね、領主様」

 結果を見た職員たちの様子ががらりと変化する。

 真剣な眼差しに、嫌な予感が当たっていたことを感じた。

「毒入りか」

「はい。特定は難しいですが、数種類のうちのどれかなのは確定ですね」

 色の変化によってわかるのだと簡単に説明されて、予想される毒の種類も聞いておく。

 どれも、さほど入手は難しくないものばかりだ。

 勿論、法的に栽培は禁止されているし、見つかれば罪に問われるが、自生している場所もある。

 それなりの伝手か資金があれば、手にすることは簡単だろう。

 代わりに毒性は低いものばかりで、余程大量に摂取しないかぎり、大人ならば激しい体調の変化はないはずだ。

「大人なら、な」

 逆を言えば子供であれば、重篤な状態になる可能性があったということだ。

「一体どこから送られてきたものなんですか」

 見過ごせないと息巻く研究者たちに誤魔化すわけにもいかないので、妻への贈りものに紛れていた、と告げることにした。

 彼らは都のことをあまり知らないので、ノウへのタチの悪い意地悪があるのだと言えば、簡単に信じてくれたし、口止めも了承してくれた。

 警備隊も領内にあるものだが、彼らの仕事はあくまで領民を守ること。

 ここからノウへ伝わる可能性は低いし、たとえ知られても、それまで時間がかかるはずだ。

 研究院に礼を告げて、アルフラッドは帰路をとる。

 残りの中味も似たようなものだから、調べずにすべて廃棄することにして、残る問題は「誰がこれを送ったか」だ。

 公爵夫人本人なのか、他の誰かか。

 とりあえず、公爵自身の可能性は低いだろう。

 ノウの口封じが目的なら、大怪我をした彼女が生死の境をさまよっていた時に、いくらでも行動できたはずだ。

 それに、やりかたがお粗末すぎる。

 子供のころならともかく、今のノウは、これを毎日飲んでも死ぬようなことはないだろう。

 であるならば、公爵夫人に気遣われているノウを妬んでの犯行か──しかし夫人直筆の手紙と共に送られてくるというから、そうなると犯人は夫人に近しい人間になる。

 だが、気にかけられてると言っても、遺産がもらえるだとかいうわけではない。

 周囲の人間が行動を起こすほどの原動力とは、どうにも思えないのだ。

「……まあ、どちらにせよ、公爵夫人に直接当たるしかないか」

 彼女が知らないのなら、公爵家の周囲が勝手にしでかしたことで、監督責任になるし、夫人自身なら、……その際のうまい立ち回りは、正直アルフラッドには思いつかないのだが。

 だが、ノウの平穏を脅かすものは、例え相手が格上でも、立ちむかうつもりだ。

 彼女の友人たちにも会わせてやりたいし、社交の重要性は一応理解しているので、次のシーズンも都へ行くつもりで予定を立てている。

 その際、公爵夫人と会う予定をとりつけるくらいなら、おそらく可能だろう。

 小細工は苦手なのだ、正面から堂々とぶつかっていくしかない。

 自分一人なら、最悪囲まれたって抜けることができる。

「できれば、なにかの間違いで終わってほしいがな」

 実の親に冷遇されていたノウが、親代わりに慕っていた女性だ。

 かつての仕事でも貴族間の泥沼を見てきたから、嫌な予感は拭えない。

 考えながら歩いているうちに、邸まではもうすぐのところまできてしまっていた。

 朝も元気そうに送りだしてくれたから、きっと扉を開ければいつものような笑顔で出迎えてくれるだろう。

 ふう、と息をつき、ノウの前でいつもどおりの顔を見せられるようにと気合いを入れ直した。

 今後、番外編を書いた場合は、その1かその2に追記して、

 新規投稿はしない形をとると思います。

 その際は活動報告と小説情報で更新のお知らせをします。


 事故の犯人については不明なまま終わっていますが、

 アルフラッドが思った以上にそこに重きを置かなかったので、

 本文中で問題に出すことがなくなりました。

 最初に考えていた中ではもうちょっと出ていたのですが、

 書き進めていくうちに「このキャラは起きたことにこだわらないな」

 という判断になり……

 前しか見ないというのは問題もありますが、

 そこはノウがフォローできるので、なんだかんだお似合いなのでしょう。


 ついでにアレな話で、我慢生活はいつまで続くのかという件ですが、

 一ヶ月以上はかかりそうです(笑

 今回はムーン投稿を考えていなかったので、

 脳内でなんとなーくのステップアップは考えましたが、

 まあ、封印でいいかなと……彼にはごめんねって感じですが。

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[良い点]  素敵なお話を読ませていただいて幸せです!  ありがとうございました!  ん? なんだか変わったお名前ー と思っていたらウイスキーかー! 気が付かなくて少し悔しいのとすごくすっきりした気…
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