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隙間時間

 それからものんびりとした日が続いた。

 アルフラッドの言うとおり、一日三度温泉に入るので、合間に食事をするような、逆転した感じに笑ってしまう。

 そうそう簡単に傷が消えるわけはないが、肌の調子は明らかによくなった。

 効能のおかげだろう、朝夕の冷えもあまり感じなくて、生活している村の人々が羨ましくなったくらいだ。

 散歩する時は念のためとアルフラッドと一緒で、一日のほとんどを共に過ごしている。

 旅の間も似たようなものだったが、当時とは自分の気持ちが違う。

 毎日代わり映えしなくてとすまなそうに言われるが、そんなことはない。

 立派なデートであることは変わりないし、基本的に手を繋いで歩くので、照れくさいが嬉しくて落ちつかないことばかりだ。

「ノウ様~お茶にしましょう~」

 そして、一日に一度は、ヒセラがひょっこり顔を出して、益体ない話をする。

 いつもアルフラッドと一緒では、と気にしてくれているらしい。

 鬱陶しいだとか思うことはないものの、ヒセラにしか話せないこともあるので、喜んで誘いに乗った。

 基本的には放っておいてくれているが、折々に声をかけてくるし、宿での食事も一緒にすることが多い。

 はじめの日、洗濯物を出す時にどうしようと困っていたら、しっかり察して一緒に出してくれたりもした。

 自分のものとアルフラッドのものをまとめて、というのが恥ずかしかったので、大いに感謝したものだ。

 押しつけがましくないが見守ってくれていることがわかり、つくづく恵まれていると思う。

「のんびりできて~ついつい昼寝しちゃって~」

 仕事中なら絶対にしないだろう欠伸をしそうになっているが、それだけ気を抜いているのだろう。

 意図的にだろうが普段より砕けた雰囲気で、ノウのほうも大分敬語が抜けてきていた。

「わかります、暖かくてつい……」

 かつては昼寝などしたことはなかったが、ここでは誰も咎めない。

 日の当たる場所でうとうとするのは、とてつもなく心地いい。

 まして、隣に好きな相手がいればなおさらだ。

「傷に効いているかは、実感がないのだけれど……」

 折角の気遣いが無駄になっているようで、どうにも心苦しい。

 だがヒセラは、そんなことないですよ、とすぐ否定してくれた。

「時間が経っていますから~目に見えてはっきりは、むずかしいと思います~」

 怪我をした直後から入浴していると、傷の痛みが軽減されたりするが、年数が経ち傷口が癒着している状況では、劇的な改善はしづらいものだ。

「でも~夫がいうには、痛むことが減ったらしいので~」

 寒い時期や無理をしたあとは、彼もやはり古傷が痛むという。

 けれど湯治にくるようになってからは、いくらか軽くなったらしい。

 数値化できるものではないし、他の要因もあるだろうが、本当にそうなら嬉しいことだ。

「それに~ある意味これは~我々の勝手ですから~」

「……勝手?」

 予想していない言葉に首をかしげると、うなずきが返ってくる。

「過去にはもどれないから、なかったことにはできません~でも、なにかしたい、そういう勝手なんですよ~」

 傷は傷として存在しているから、綺麗に治療することはできない。

 本人も長年つきあってきたものだ、痛む時の対処法も知っている。

 他人にできることは、痛みを訴えた時にさしいれをするとか、そっと寄り添うとか、その程度しかない。

 しかたないことだと頭では理解できても、無力感が強いのだろう。

 だから少しでも、と可能性に賭けて、湯治に通っている。

「まあ~いまはふつうに温泉が好きで通ってますけどね~」

 にこにこ笑うヒセラは、サクタスときちんと話し合いをしたという。

 本人に聞いてはいないが、アルフラッドの心境も似ているのかもしれない。

「……でも、それでも、わたしは嬉しいです」

 自分勝手だと彼が言うなら、否定するまでのことだ。

 アルフラッドやヒセラがそう感じることはわかるが、自分は、……そしてきっとサクタスも、後ろ暗く思ってほしくはない。

 心遣いは嬉しいし、効果があろうがなかろうが、二人で過ごせるなら、休暇のすごしかたとしてもいいものだ。

 ノウがきっぱりと告げると、ヒセラは嬉しそうに笑ってみせた。

「ところで……フラッド様たちは今なにをしているのかしら」

 こうしてヒセラと二人で過ごす時、男性陣は完全に姿を消している。

 いくら宿の中とはいえ、心配性のきらいがある二人なのに、少し意外なほどだ。

「ああ~、みにいきます?」

 どうやら彼女はなにをしているか知っているらしい。

 興味があるのでぜひ、と答えると、むかった先は宿の庭だった。

 洗濯物がはためく場所から少し先で、アルフラッドとサクタスが組み手をしているのが見えた。

 あまり近づくと気づかれるというので、離れた場所から眺めることにする。

 アルフラッドが戦う姿を見るのは、盗賊騒ぎのあとではほとんどない。

 町歩きの時にぶつかりそうになって庇ってくれた程度だ。

 襲撃の時は混乱していたし恐かったが、今は模擬戦だと理解している。だから冷静に様子をうかがえた。

 二人とも武器は所持せずに、自分の身体だけで格闘している。

 アルフラッドがサクタスの懐に入ろうと突っこんでいくが、彼はそれを難なく受けとめ、くるりと腕を回す。

 すると、驚くほどあっさりと、アルフラッドの身体が浮きあがる。

 だが予測していたのだろう、彼は抵抗することなく身体を流し、横から攻撃をしかける。

 しかしそれは最低限の動きで避けられてしまい、代わりにサクタスの拳が顔面をめがけて飛んでくる。

 そんなやりとりがめまぐるしく続き──最終的にはアルフラッドが降参だと両手を挙げた。

「ノウにいいところを見せたかったんだがな」

 苦笑いして呟くと、視線はまっすぐこちらへむいた。

 どうやら、ここにいることは知られていたようだ。

 ヒセラと二人で近くに歩み寄ると、自然と興奮した口調になってしまう。

「とてもすごくて、びっくりしました」

 まるで子供のような感想だが、技術などわからないからしかたがない。

 それでも、二人が並外れていることはわかった。

「サクタスさんは、とてもお強いんですね」

 アルフラッドに勝ったわけだから、相当なのだろう。

 感心して口にすると、彼は小さく首をふった。

 そうでもない、と言いたげだが、反論したのはアルフラッドだ。

「否定されたら俺の立場がない。剣術なら負けないが、格闘だと俺は負けっ放しなんだ」

 得手不得手、というわけだろう。

 街の警備を担うサクタスは、帯剣してはいるが、日ごろの業務で使用することはないらしい。

 酔っ払いの仲裁や小競り合いなどで刃を持ちだすのは過剰だから、拳でやりあうことが多いのだという。

 反対に過去のアルフラッドは、紛争地帯などに行くことが多かったから、武器の使用が当然だった。

 そう考えると殺伐としたものがあり、素直に強いと喜べないわけだが、ともかく。

 よって得意とする攻撃方法も異なるわけだ。

 宿での鍛錬に刃のついたものを出せば、いくら仕事で使っていると言ってもいい顔はされない。

 硫黄によって痛むこともあるから、ここでの鍛錬は格闘ばかりだという。

 汗をかいてもすぐ温泉に入れるので、遠慮なくできて楽しいらしい。

「一度くらい勝ちたいんだがな」

 難しそうだ、と笑うアルフラッドは悔しさを滲ませている。

 子供っぽく見えてしまい、なんだか微笑ましい。

「ヒセラとのお茶はもうよかったのか?」

「はい、楽しかったです」

 いつもなら二人が訪ねてくるまで喋ったり洗濯物を片づけたりしているのだ。

 だから早めに切りあげたのでは心配しているのだろう。

 たしかにいつもより時間が短かったが、もともと明確に決めているわけではない。

「……それに、格好いいフラッド様が見られましたし」

 朝の機能訓練のあとにも見ることはできるが、大抵彼は教える側にいるため、派手に動くことは少ない。

 それに、邸では主として、という意識もあるのだろう。

 さっきの姿は領主になる前を想像させる、見たことのない印象だった。

「格好いい、か。勝っていたら素直に喜べるんだがな」

「あ……そ、そうですね、わたしったら」

 困ったように笑うアルフラッドに、喉元まで謝罪の言葉が出かけたが、踏みとどまる。

「でも、本当に格好いいと思ったので」

 たしかに勝負は負けていたので、彼にしてみれば不本意だろう。

 だが、十分に見応えのあるものだったし、遠慮なさそうに動く姿も見られて、ノウとしては満足だ。

 いつも自分につきあわせているので、運動量が足りないのでは、と気になっていたからなおさら。

 ノウのきまじめな言葉に、アルフラッドは照れくさそうに笑いながら、ぽんぽんと頭をなでてきた。

「となると、滞在中に一度は勝ちたいな」

 やる気を出すアルフラッドと応援するノウを、ヒセラ夫妻は微笑ましく見つめていた。

 あと五話もせずに本編は終わる予定です。……のはず。

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