村を散歩
アルフラッドと手をつないで、宿から出て道なりに進んでいく。
「まあ、あまり広くない村だから、昼食も選ぶほどないんだが……」
ひとのいない時を見計らってすまなそうに呟かれたので、いいえ、と首をふる。
「そもそも、外で食べたことがないので……楽しみですよ」
友人の令嬢たちは、貴族御用達のカフェでお茶をしたりしていたが、ノウには許されなかった。
流石に使用人も、万一があってはと町歩きに連れて行ってくれなかったし、両親に気づかれれば優しい彼らが叱責される。
だから外出はあきらめていたので、こうして自由に歩けるだけでもとてもわくわくする。
旅の間と違って、時間もさほど気にしなくていいというのは、気楽なものだ。
「……もどったら、カフェにも行くか」
ノウに無理をさせないためにと短い時間の外出で、目的地も本屋だの史跡だのを優先していた。
今さらながら、デートというにはあまりに色気がなかったと気づいてしまう。
勿論彼女が望んだからだが、もともと選択肢に上げにくいことを察しておくべきだった。
かつては母につきあって、少々居心地の悪い思いをしつつもお茶を飲んだこともあるというのに。
「素敵ですね。……あ、でも、その前にラーネ村のことをもっと知りたいので、歴史書が読みたいです」
反省しつつの言葉だったが、きまじめなノウは喜びつつも知識欲を優先させる。
アルフラッドは苦笑いをするしかない。
村の中をぐるりと歩いて、大まかな店の場所を把握しておく。
湯治客以外は、当たり前だが日常を送っているので、生活用品を売る店が大半だ。
いくつか収穫できる野菜もあるようで、新鮮なものも置いてある。
近くには中規模の牧場も存在するそうだから、魚は無理だが、比較的食材は豊富らしい。
ただ、これぞというほどの名産はないというのがアルフラッドの説明だった。
「宿でも料理できるらしいが、俺もあまり得意じゃないしな」
頼めば厨房も使用可能で、もっと安価な宿は自炊が当たり前らしい。
しかし、いくら野営で叩きこまれたといっても、本人にやる気がなかったため、彼の料理の腕は並程度。
おいしいに越したことはないが、火が通っていればいいだろう、という認識だ。
ノウも下ごしらえは手伝っていたが、火の扱いはさせてもらえなかった。
「折角のお休みなのに、ヒセラさんに聞くわけにもいきませんしね」
ゆっくりしてもらいたいと言った矢先に迷惑をかけるわけにもいかない。
アルフラッドもそうだな、とうなずいて、とりあえず滞在中は外食ですませることにした。
「でも、実家のみんながくれたレシピに挑戦したい気持ちはあるんです」
食堂などがある通りを進みながら、前から考えていたことを呟く。
邸の料理人に文句はないが、実家の料理をわざわざ書き記してくれたのだ。
頼んでつくってもらうほうが簡単だが、どうせなら自分でやってみたい。
貴族らしくないのは承知の上だが、アルフラッドたちなら反対はしないはずだ。
「いいんじゃないか? 料理長に悪いと思うなら、他の者に教わればいい」
予想どおり、彼はあっさりと許可を出してくれる。
「母も帰るたびに色々つくってくれたな。俺はよく食べるから、大変だと笑っていた」
育ち盛りの少年なら、当然だろう。今だって結構な量を平らげてしまう。
いつかふるまいたいと思うが、きちんとおいしくできてからにしたい。
ジェレミアに頼めば、こっそり練習もできるだろう。
そんな決意をするうちに、アルフラッドが目星をつけたらしい。
村に数軒しかない食事処の中でも、比較的よさそうだという判断らしい。
二人とも好き嫌いはさほどないので、問題なく食事を終えることができた。
店の雰囲気も悪くないし、料理もまずますで、アルフラッドの見る目に感心する。
「そんなにたいしたことじゃないぞ」
笑って否定するが、経験値の差というものだろう。
出歩いたことのないノウは、そもそもどこに着目すべきかもわからない。
「お兄さんよく食べたねぇ、湯治客だろ?」
皿を運ぶと、店員に感心されてしまう。
一人前を平らげたあと、足りないからと追加したからだろう。
「街では警備もしているので」
にこりと如才なく答えるあたりは流石といえる。
たしかに警備もしているが、主軸はあくまで領主のはずだ。
湯治客に慣れているというのは本当らしく、見慣れない二人組だというのに、視線もほとんど感じない。
話しかけてくる者もいないし、かといって部外者だと睨まれることもない。
適度に流してくれる空気感はとても心地いいものだった。
「派遣先でも俺は大体、外で食事をしていたから、慣れているんだ」
店を出て、散歩を再開しながら話をしてくれる。
大抵の場所では宿舎住まいで、食事の用意もあるが、可能なかぎり外食していたらしい。
自腹になってしまうし時間も使うのだが、彼はなるべく実行していた。
「特に臨時で赴いた時なんかは、どうしても俺たちに警戒される」
緊急時の派遣は状況もよくないので、市民も神経を尖らせている。
すぐにいなくなるのだからと、無茶をする者もいるらしい。
自分がそうではないとアピールするためにも、外を歩くことが重要だった。
ついでに足で道を知れるし、通りすがりに困っている者がいれば手も貸せる。
ひとつひとつの小さな積み重ねが信頼を呼ぶものだ。
考えかたは領主になっても変わらないから、アルフラッドは率先して自分が表に出る。
部下の苦労を思うと手放しで歓迎はできないが、民のためにはよいことだろう。
今も、道ゆく地元男性に道を訊ねている。
ノウにはとても、緊張してできそうにないが、彼は至って砕けた調子だ。
散歩がてらに目指しているのは、村の端のほうだ。
開けた場所があるというので、行ってみようと決めたのだ。
温泉が流れこんでいる河原が散歩の候補としては一番なのだが、アルフラッドは速攻却下し、ノウの耳にも入らないよう注意している。
しかし、そこ以外となるとほとんどなにもないので、妥協案として見晴らしのいい場所を探したのだ。
村の建物がなくなって、教わったとおりなにもない場所に到着する。
別の方向へ行けば農地や牧場もあるので、明日以降はそちらも散策してみたいところだ。
「このあたりまでくると、大分においも薄れますね」
「そうだな」
微かに感じるものの、村にいる時に比べればわずかなものだ。
風向きにもよるだろうが、このあたりなら貴族でも気にせず宿泊できるだろう。
村の中にはあまり土地が残っていないので、貴族のための大きな建物を入れる余裕はない。
「それに、村の中だと反対意見も多いだろうしな……」
村長によって治められている、身内ばかりの小さな村だ。
部外者に大きな顔をされるのは気に入らない──田舎によくある話ではある。
娯楽もないしにおいも気にするだろう上流階級の人間なら、なおさら嫌がられるだろう。
「建てるとしたら、もう少し離れるのも手かもな」
しかしそうなると、一から集落をつくることになる。
予算の問題を考えると、それはそれで難しそうだ。
「……だったら昔のように、運ぶほうが手軽だな」
「運ぶ?」
「ああ、記述が残っているんだ。……今度見せるな」
言葉の途中で期待する目線を送ってしまったのがわかったらしい。
アルフラッドの説明によると、かなり昔、国の重鎮が大きな傷を負った。
しかしラーネ村で湯治をする時間も惜しいということになり、桶に入れた温泉を都まで運んだのだという。
とんでもない手間と資金がかかっただろう、流石権力者だ。
「実際湯ごと持っていかなくてもいいとわかってきたから、労力は減らせるしな」
時折見かけた白くこびりついた粉のようなもの、あれが効果の元らしい。
お湯によって溶けたように見えるが、実際は混じっているだけだと判明したのはつい最近だ。
だから理屈では、粉だけ運び、湯に混ぜればある程度の効果が見込める。
「……でも、信じにくいかもしれませんね」
たとえ実証されていても、視覚的な効果は薄くなる。
上流階級の面々がそれで納得するかは疑わしい。
アルフラッドも同じ意見らしく、そうだなとうなずいてからぐっと伸びをした。
「まあ、あと数日村の様子を見てみよう、あくまでついでにな」
仕事の顔から、私室で見せてくれる柔らかい表情にもどって、手をさしのべてくる。
ノウははい、とうなずいて、再び自分の手を乗せた。