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卿からの手紙

 寝室へ入ると、ノウは上着を羽織った状態で椅子に腰かけていた。

 寒くはなさそうだが、どうしても心配になってしまう。

 だが、あまり言うと過保護にすぎるので、とりあえず黙っておく。

「アルフラッド様」

 立ちあがろうとするのを制して、ベッドへ行くようすすめかけたが、手になにか持っていることに気がついた。

 どうやら、それに関して話をしたいらしい。

 まだ遅い時間でもないので、少しならいいかと、むかいの椅子に腰を落ちつける。

「少し、お話があって……あ、お酒を召しあがりながらでも」

 べつに飲まなくてもいいので最近は飲んでいなかったのだが、ノウが自分のせいだと落ちこんでも困る。

 そんな気配を感じたので、なら少しだけ、と棚からとりだした。

 ノウが手にしていたのは綺麗な装飾のされた封筒で、印章には見覚えがある。

「今日の午後、お義母様から、オーヘン卿のお手紙を受けとったんです」

「……卿……ああ、なるほど」

 つまりオーヘン翁からというわけか。

 ジェレミアが当主たちからの手紙をすんなり渡すわけはないし、そもそも送ってくることもないだろう。

 手紙自体はアルフラッドが邸を出てほどなくにとどいていたらしい。

 宛先はジェレミアとアルフラッドの両名の名があったので、ジェレミアが封を切った。

 中には封筒が二通。片方は宛名がノウになっていて、もう一方はジェレミアとアルフラッド宛てだった。

「お義母様が見たほうは読んでいないのですけれど」

 中を改めたジェレミアが言うには、先日の詫びと、ノウへの手紙も息子たちの迷惑に関する詫び状だが、彼女の体調がよくなるまでは急いで読ませなくていいとあったらしい。

 アルフラッドになにも告げてこなかったことからして、本当にそれ以上の意味はない手紙だったのだろう。

 だから彼女は、体調が回復したところで手渡したというわけだ。

 特に秘密にする気もないらしく、ノウはごく自然に手紙を見せてくる。

 そこには達筆な文章で、ノウへの気遣いと謝罪、ささやかな見舞いの品を……と続いていた。

 ざっと見たところなにか隠している文章もないし、本当に単純な手紙のようだ。

「とても心配してくださって……申しわけないくらいです」

 困ったように、けれど少しはにかんだ姿は愛らしいが、その理由が卿の手紙なのは少々面白くない。

 代替わりしたとはいえ息子と孫の不始末だ、親として手紙を送っても不思議はない。

 だが、本人たちがノウに対して気遣いの欠片も見せていない状況では、いっそ滑稽なほどだ。

 彼らは見舞いにかこつけてアルフラッドにすり寄ることしか考えていないが。オーヘン翁は純粋に身体を案じている。

「しかもお詫びだといって、これをくださったんです」

 机の上に置かれている本は、大分古いものに見えた。

 表紙の題名には見覚えがあるが、この邸にあるものとは見た目が違う。

 ノウの説明によると、好きなシリーズの初版本で、以後は改訂が何度か加えられたためコレクターの中では有名な本らしい。

 シリーズのファンなら持っておきたい一冊だそうで、なるほど、と納得した。

 いくらなんでももらいすぎではと恐縮するが、オーヘン家なら本の一冊や二冊でどうこうはないだろう。

 当主たちからの見舞いは断ったが、これをとりあげるのはノウがかわいそうだし、その必要もなさそうだ。

「あのひととのやりとりは楽しいんだろう?」

「はい、それはもう。だからこそ、ここまで気にしていただかなくても……と思うのです」

 対等とは年齢的にも言えなくても、友情に近いものを感じているのだろう。

 だから過度な贈りものはいらないと思っているらしい。

 それでは、こちらがもらいすぎになってしまう。

 ノウの考えかたは、アルフラッドにはとても好感が持てるものだ。

 逆に、もう少し欲張りになってくれてもいいくらいだが。

「だったら元気になってから、訪ねていけばいいさ」

 おそらく本を返せはしないだろうが、訪問する理由にはなる。

 顔を見せれば安心もするだろうし、なによりノウも楽しめるだろう。

 翁の邸は敷地内にあるわけではないから、顔を合わせる心配もない。

 なによりあの御仁なら、そんなヘマはしないはずだ。

 それまでにもう少しオーヘン家をどうにかしておけば、危害が及ぶこともないだろう。

 折角できた話し相手だ、遠慮なく行き来できるようにしてやりたい。

「そうですね、そうします」

 大切そうに本をしまって、ノウが淡く微笑む。

 それから、小さく欠伸をしてしまい、真っ赤になって謝ったきた。

 かわいかったので問題はないが、眠気があるなら寝たほうがいいだろう。

 まだ深夜ではないが、疲れが残っているのだろう。病み上がりでもあるし、休ませてやるべきだ。

「ところで……ノウさえよければ、また一緒に眠りたいんだが」

 ベッドへむかいながら声をかけると、白い頬に先ほどより濃い赤みがさす。

 困ったように視線が左右に動くが、そこに拒絶の色は見えなくて安心する。

 ここで引く気はないので、さらに言葉を重ねた。

「心配……も勿論あるが、単純に一緒に眠りたい。好きな相手だからな」

 腕の中で体温を感じながら眠るというのが、こんなに安らぐものだとは知らなかった。

 誰でもいいわけではなく、ノウだから──なのだろうが。

 傷が痛むという様子もなかったので、これを機になし崩しに共寝に持っていきたい。

 断られてもしかたないと思っていたのだが、やがてノウはおずおずと──けれどアルフラッドのベッドへむかう。

 言葉にできない代わりの行動なのだろうが、ある意味口にするより積極的だ。

 しまりのない顔にならないよう気にしながら、心変わりされないうちにとさっさとベッドにもぐりこんだ。

 躊躇いがちに白い腕が伸びて、懐に自分ではない体温が感じられた。

「熱がある時は、嫌な夢を見たり、傷が痛むような気がするのですけれど……」

 ──それは当然だろう、心が参っていると、忘れていたいことの蓋も開きやすくなる。

 いまだ残る傷跡は、寒さなどでもぶり返すというから、この先の冬対策も必要だな、とふと思いついた。

「でも、フラッド様がそばにいると思うと、安心できて。あんなによく眠ったのは、はじめてかもしれません」

「…………そうか。なら、よかった」

 勢いに任せて抱きしめなかった自分は偉いと思う。

 恥ずかしそうにとんでもない発言をしたノウは、その破壊力に無自覚だ。

 全幅の信頼を置かれて嬉しい反面、ここまで無垢に身体を預けられると、どうしたってある下心の対処に困ってしまう。

 だが、彼女の嫌がることをする気はない。我慢した分は朝の鍛錬で発散すればなんとかなるだろう。

「明日は機能訓練をしてもいいですか?」

 葛藤を知らないノウは、アルフラッドを見上げて問うてくる。

 まだあきらめていないらしい。駄目だ、と強く言えなくて、朝の調子次第、と妥協案を出した。

「はじめは大変でしたけれど……最近、綺麗に歩けていると褒められて」

 どうやら、新しいドレスを仕立てにきた時に言われたらしい。

 他人からの評価は、なによりの自信になる。

「だから、ちゃんと頑張りたいんです」

 うつむきがちだったころに比べて、よく目が合うようになった。

 ノウの髪の毛の色は火口湖に似ているが、瞳は普通の淡水湖に近い。

 暗く沈んでいたころより明るく見えるようになって、とても綺麗だと思う。

 そういう容姿だというのに、彼女にとって水が鬼門なのはなかなか皮肉な話だ。

 クレーモンスの領地には、美しい湖もある、川も有名だ。

 案内したい場所は他にもあるから、今は水辺に近づけなくても、いつか、楽しめるようになればいい。

 そんな未来を描きながら、アルフラッドはそっと腕に力を込めた。

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