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添い寝の夜

 どちらのベッドで眠るか悩んだ末に、アルフラッドのほうに邪魔をすることにした。

 それなら、もし嫌でも自分のベッドにもどればいいだけだから、と言われたためだ。

 先に横になったアルフラッドがカバーをめくってくれているので、おそるおそる入っていく。

 拳ふたつぶんくらい空けた隣にもぐりこむと、毛布がかけられ、慣れた香りが強くなった。

「……手は添えてもいいか?」

 置き所に困るらしく、中空をさまよっているのが、少しだけ面白い。

「大丈夫ですよ、さわられても痛いわけではないですから」

 日常生活ではほとんど平気なのだ、そもそも嫌なら抱きしめられてもいない。

 ほっとしたらしいアルフラッドは片手をノウの肩あたりに回して、拳ひとつまで距離を詰めた。

「眠れそうか?」

 間近で、しかも高さもほとんど変わらない状態というのはあまりないことなので、ちょっと緊張してしまう。

 アルフラッドの整った顔ならなおさらだ。

 けれど、それより気遣われていることが嬉しくて、どうにか大丈夫そうです、と答えることができた。

「ただ……あまり、眠気がなくて」

 身体は疲れているはずなのだが、眠い感じがしてくれない。

 色々あったせいだろう、とアルフラッドが言うので、そうかもしれないと思う。

 いつもより時間も早いせいもあるだろうし。

「眠くなるまで……あの、聞いてみたいことがあるのですけれど」

「うん、なんだ?」

 少し落ちついた時に、ふと疑問に感じたことがあったのだ。

 ちょうどいいから話してしまおうと決めて、口を開く。

「どうやってあの庭までいらしたんですか?」

 気づいた時には抱えられていたが、その場にいたのはアルフラッドだけだった。

 遅れてナディがストールを持ってきたが、それだけで。

 オーヘン家の者は誰もいなかったから、案内してもらったわけではないのだろう。

 それにしては駆けつける時間は落ちてからさほど間がなかった。

 ノウの疑問に、アルフラッドはあっさり簡単だと教えてくれる。

「庭の様子は遠くから部下が監視していたからな」

 アルフラッドは勿論、無策でオーヘン家を訪れたわけではない。

 物々しくするわけにはいかないので護衛はつけられなかったから、邸の中ではノウの側を離れなかった。

 庭へ行くにあたって離れる時に許可したのは、敷地の外から様子を見ている者を配置してあったからだ。

 探せば身を隠しながら様子を窺う場所はいくつかある。

 そこへ部下を配置し、庭に出た場合は場所を追うように指示しておいた。

 だから、ノウが令嬢と外へ出てからどこへ行ったかは、しっかり部下が把握していたのだ。

「そしてなにかあった時には知らせる手はずになっていた。……鳥のような声を聞かなかったか?」

 ……そういえば、落ちる時に甲高い音がしていたような気がする。

 あれは鳥に似せた伝令の笛で、音や長さで状況を伝えるのだという。

 さらに方向や距離も知らせることができ、アルフラッドは音がした瞬間外へ飛びだし、誘導に従って最短距離で駆けつけたわけだ。

 なるほど、だからあっさり庭に出ることを了承したのかと納得する。

「それでも、離れるべきじゃなかった」

 秀麗な眉をひそめて、気遣わしげに肩に添えられた手が動く。

 そっと背をさすられて、アルフラッドがひどく悔いていることがわかった。

「怪我はほとんどしてないですし、大丈夫ですよ」

「……だが、恐い思いをしただろう」

「それは……どちらかというと、事故のことを思い出したせいですから」

 そこまで言って、あ、と声をあげた。

「川に落ちた時のこと、お話ししておかなければいけませんね」

 途端、心配げに身じろぐアルフラッドに、身体は問題ないからと続ける。

「それは聞きたいが……あとでいいんだぞ」

 遠くから見ていたが細部はわからなかったそうで、具体的になにが起きたかは知らないという。

 あの場にいたのは二人だけだから、状況を説明しておくべきだろう。

 本来ならすぐに報告すべきだったのに、アルフラッドらはノウの身体を優先してくれた。

 だが、記憶が鮮明なうちに話すほうがいいだろう。

 メモもなにもしていないので、朝起きたら忘れている可能性がある。

 いつもなら書き記しているのだが、それができていないので、逆に不安なのだ。

「いつもよりまとまらない言葉になるかもしれませんけれど……」

 前置きしてから、とりあえず、時間軸に沿って伝えていくことにする。

 令嬢と庭へ行ったこと、傷を見せてほしいと迫られ、断っていたらカメオが外れてしまい、取ろうとして川に落ちたこと。

「……突き飛ばされたわけではないんだな?」

 確認するように低い声で問いかけられて、それはない、と否定する。

 あくまで落ちたのはノウ自身の失態だ。

 傷を見ようと追いかけられたのは嫌だったが、そのあとの衝撃が大きすぎて、今では些細なことに感じてしまう。

 大きな怪我もないのだから、騒ぎたてることもないだろう。

 おおごとにしないでほしいと告げると、いくらかの沈黙があったが、とりあえずうなずいてくれた。

「それで……そのせいか、事故の時のことを、思い出したんです」

「怪我の原因になった時の、か?」

「はい、あの……聞いて、もらえますか?」

 今回のこととは直接は関係ないし、聞いても楽しい話ではない。

 だが、自分しか知らないというのはなんだか落ちつかないし、もっと言うなら恐いのだ。

 道連れにする行為は褒められたものでないが、一人で抱える勇気は持てそうにない。

 恐縮するノウを、アルフラッドはそっと引き寄せて抱きしめる。

 そこには、咎める空気は感じられない。

「話して楽になるなら、いくらでも」

 きっぱりと告げてくれて、ほっと息をつく。

 温かい腕の中は安心できて、これなら話すことができそうだ。

 ノウはたどたどしくではあったが、あの時のことを語っていく。

 あらかた喋ったところで、ふむ、とアルフラッドが口を開いた。

「つまり、貴族の令嬢と使用人の男が恋仲で、密会しているところを見たわけか」

「多分……そういうことですよね」

「顔は思い出せそうか?」

「……流石に無理そうです」

 首をふると、そうだろうな、となだめるように頭をなでられた。

 顔は見たはずだが、川に沈められた時の化け物のような顔が焼きついてしまい、それ以外が出てこないのだ。

 あれから十年以上が経過しているので、再会しても判断は難しいだろう。

 公爵の領地にきてまで密会とは、と言いたいところだが、そういう場所のほうが家族の目は欺ける。

 あの時大怪我をしたのはノウだけだから、当事者たちはこちらの身分はわかったはずだ。

 だが、それらしい話は聞いたことがないので、名乗り出てはこなかったのだろう。

 もしそうしていれば、欲深い父が逃すはずはないのだから。

「とりあえず、この件はあのひと以外には他言無用だな」

 アルフラッドの言葉に、そうですね、とうなずいた。

 今さら蒸し返してもしかたのないことだし、そもそも相手もわからない。

 恐い思いもぶり返したが、思い出せたことで少し胸のつかえがとれた気もした。

 ずっと、ぽっかりと抜けた部分が気になっていたのは事実だからだ。

 それを一番信頼できるアルフラッドに話せたというのも、ノウを安心させた。

 そのせいか、温かい腕の中だからか、急に眠気が襲ってきた。

 寝ないようにと身じろぐと、察したらしいアルフラッドが無理をするなとやんわり抑えこんでしまう。

 一定のリズムで子供にするように背中をさすられて、どんどん瞼が重たくなる。

「──お休み、ノウ」

「……フラッド、さま……」

 もう少し──と思ったのに、挨拶も返せず意識は途切れてしまう。

 かくんと寝落ちしたノウの頭をしばらくなでていたアルフラッドだが、起きる気配がなさそうだと手を離した。

 だが、抱きこんだ華奢な身体を離すつもりはない。

 ひとまず穏やかな様子に、ほっと息をつき、さて、どうしたものかと小さく頭をふった。

 ここは辺境だから、少しくらいノウが事故のことを口にしても都までとどくことはないだろう。

 だが、幼いノウを川に落とした犯人たちは彼女を知っている。

 使用人との恋、しかも未婚の時であったなら、相当なスキャンダルになってしまう。

 今その令嬢が結婚していて、相手が高い身分なら大変な事態だ。

 秘密が知られることを恐れて、隠密行動ができる誰かを寄越している可能性は十分にある。

 今のところ怪しい者の情報はないが、油断するわけにはいかない。

 一瞬でそこまで考えたアルフラッドだが、ノウには細かい部分は知らせずにおこうと決めた。

 命を狙われるかもしれないなど、ただでさえ怯えている今の彼女に伝えるべきではない。

 はっきりしてきたら言わなければならないが、現状では逆効果だろう。

 彼女が外出する際は十二分に気をつけているが、今後はさらに警備を強化すれば、まず危険はない。

 幸い、邸の中の人員は徹底的に調べてあるから、ここにいる分には安全だ。

 今後はさらに注意して、ノウの結婚後にクレーモンスに入ってきた者の場合は念入りに調べるほうがいいだろう。

 ジェレミアにもそのあたりを伝えておけば、適当な理由をつけてうまく采配してくれるはずだ。

 懸念材料があるとすれば別館のほうだが、あちらの人間が本館にくれば、嫌でも目立つ。

 おかしな行動をとれば即座に気づかれるから、最悪の事態にはならないだろう。

 とはいえ、なにごとにも絶対はない。

 今日のように、みすみす危ない目にあわせるなんてことは、二度とする気はない。

 アルフラッドは再度強い決意をして、悪夢を見ないようにと、そっとノウの額に口づけを落とした。

 大好物の添い寝シーンなのに、

 シリアスばかりで甘さがないなんて……と書いた本人がへこたれています。

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