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夜の時間

 ひとしきり泣いて落ちつくと、ジェレミアが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

 おかげで、赤くなった目の腫れも少しは引いてくれた。

 どうにかまともな顔になったころ、控えめなノックが響いた。

「失礼します、そろそろ夕食のお時間です」

 はっと気づいて時刻を見れば、たしかにそんな時間だ。

 そもそもオーヘン家を訪問したのも遅い時間だったから、当然といえばそうだ。

 ノウはあまり食欲もないし、そもそも服装が寝間着にガウンだ。

 何度も着替えては負担だろうと、入浴後すぐ着替えたのがこの格好だった。

 これでは流石に、食堂へ降りるわけにはいかない。

 だが、アルフラッドたちはきちんと食事をとるべきだ。

 そうなると、一人残されてしまうのだろうか、と少し寂しくなってくる。

 昔はそれが当然だったのに、すっかり甘えるようになってしまった。

「じゃあ、準備をお願い」

 ジェレミアが頼むと、かしこまりましたとメイド長が下がる。

 そのまま二人ともいなくなるのかと思ったが、動く気配はない。

 不思議に思っていると、すぐまた扉が開き、何人もの使用人が入ってきた。

 かれらによってすでにある小さなテーブルが移動し、代わりに大きめのものがベッド横に運ばれる。

 椅子は三脚置かれ、次には料理が運ばれてきた。

 あっというまに、普段は食堂で見かける光景ができあがってしまう。

「今日は特別よ」

 なんてことなく言うジェレミアだが、ノウを除いて食事をしないという意思表示だ。

 落ちついていた涙腺がまた緩みそうになり、慌てて力を入れる。

 抱えて運ぶ勢いのアルフラッドを丁重に断って席についた。

 二人の食事は普通のものだが、ノウは品数も極端に少なく、別の献立になっていた。

 メインに据えられていたスープを口にして──顔に出さないようにしながら、驚く。

 その味つけは実家の懐かしいものではなく、この邸のものだったからだ。

 味に文句はなく、使用しているかつて体調を崩した時に食べていた野菜とは異なったが、驚くほど食欲が出た。

 デザートにとついてきたプリンは、ノウの好きな少し固め。

 ほろ苦いキャラメルも絶妙で、ぺろりと平らげてしまった。

「それだけ食べられるなら一安心だな」

 茶化すこともなく二人にそう言われ、はい、とうなずいた。

 大きな怪我をしたわけではなく、心理的な理由から食べる気がしなかったが、おかげで大分落ちついた。

 また今度、料理長にお礼と、皮剥きの手伝いをしようと心に決める。

 使用人によって部屋は再びもとどおりになり、寝る支度をするために、まずアルフラッドが席を外した。

 その間はジェレミアがそばにいてくれたので、不安を感じることもなかった。

「──貴族は子供を見ないものだけど、実家はそうでもなかったの」

 領地が田舎だったこともあり、ジェレミアの生家は邸自体もさほど大きくなかったらしい。

 彼女の母はみずから台所に立つこともあったというから、ずいぶん砕けた家だったのだろう。

 だから、乳母にまかせきりなんてこともなく、母は弟を背におぶって果樹の収穫をしたこともあったという。

 そんな姿を見ていたジェレミアにとっては、子供の面倒を見ることは、当然だった。

「でも、この邸では、それは異質だったから」

 貴族であることに重きを置く前領主は、庶民のような子育てに猛反対した。

 ただ、遊び歩いて留守がちだったために、徐々に使用人を味方につけたあとは、少しくらい勝手をしても気づかれずにすむようになった。

 そのころには息子はそれなりに大きくなっていて、大きな病気もしなくなっていたけれど。

 少しの寂しさと、元気ならそれが一番と思っていたのに──運命とは残酷なものだ。

 だからジェレミアにとって、体調の悪い人間の世話を焼くことは、ごく自然なのだろう。

 実際手つきに迷いはないし、気配りも万全だ。

 アルフラッドも的確なのだが──彼のほうは軍仕込みということで、少々、いや、かなり荒っぽいらしい。

「まあ、それでもあなたに対して同じようにはしないと思うけど、なにかあったらいつでも呼びなさいね」

「はい、ありがとうございます」

 実際なにかあって呼ぶ場合は、ヒセラかナディになるわけだが、ジェレミアの言葉は嬉しかった。

 そうこうしているうちにアルフラッドがもどってきたので、ジェレミアは心配しつつも部屋を出ることになる。

 一緒に眠るほど容態が悪いわけではないし、急変の恐れも少ない。

 それでもどこか不安げなのは、彼女の息子のことだとか、ノウの過去のことだとかがあるからだろう。

「すぐ俺が知らせますから」

「……わかっているわ」

 アルフラッドの言葉に、渋々うなずいたジェレミアが自室へもどっていった。

「はやく元気にならないといけませんね」

 でなければもっと不安にさせてしまう。

 勢いこんだノウに、ほどほどにな、とアルフラッドが注意した。

 今日は流石に寝酒はしないと言って、早々に大きな灯りは落としてしまう。

 まだいつもより早い時間だが、起きてなにかをする、という元気もない。

 風邪を引かないためにも、眠るべきなのだが──アルフラッドはなにか悩んでいるらしく、ベッドに入ろうとしない。

 し残したことでもあるのだろうか、ノウはここにいるだけだから、席を外して用事をすませてもいいのに──と声をかけようとする。

「その……ノウ、ちょっと相談があるんだが」

 だがその前に、言い淀みながらアルフラッドが話しかけてきた。

 ベッドの間にやってきて、迷うことなく屈み、ノウと視線を合わせてくる。

 なんだろうと首をかしげながら次の言葉を待つと、しばらく悩んで、そして一息に口にする。

「今夜は一緒に寝ないか?」

「……いつも一緒ではありませんか?」

 鬼気迫った顔だからなにごとかと思ったのだが。

 首をかしげたままのノウに、アルフラッドは小さく唸り、がしがしと頭の後ろを掻いた。

「…………そうじゃなくてだな、同じベッドで、という意味だ」

「おなじ、……あ」

 かなりの間を空けてからの言葉を繰り返し呟いて、ようやく意味がつかめてくる。

 つまり別々のベッドではなく、ということだ。

「もし夜中に、ノウが嫌な夢を見たとか、調子が悪くなった時、側にいればすぐに気づける。というのは建前で……俺が、心配で近くにいたいんだ」

 苦しくても我慢してしまいそうだから、と重ねて言われて、そのとおりだとうなずいてしまう。

 公爵家の使用人や夫人がいた時は、苦しいと喘いだら気にしてくれた。

 だが父の場合は疎ましげに舌打ちされて罵倒されて、だから苦しいと言えなくなってしまった。

「ただ、寝相は悪くないと思うが、保証できないからな。ノウが嫌なら今までどおりでいい」

 同じベッドとなると、どうしてもふれることになるだろう。

 端と端で寝るという方法もあるが、それでは別々に眠ることと大差ない。

 アルフラッドは傷痕を見る気は毛頭ないが、眠っている間の動きまでは流石に制御できない。

 決定権を委ねられたノウは、正直とても困ってしまった。

 誰かと眠った経験は当然ないし、書類上は夫婦といえ、二人の関係は恋人同士……のようなもの、といった状態だ。

 今さら節度だなんだと叫ぶつもりはなくても、そばで眠るとなると、なにかしらの線を越える感じはする。

「首に賭けて誓うが、ノウが嫌がることは一切しない」

 なんなら側に剣を置いてもいいと言われてしまう。

「それはそれで、わたしが気が気でなくなるので……」

「……たしかにそうだな、じゃあ鈍器にでもするか」

 文鎮ならノウでも持てるし殴れば痛いぞ、と真顔で解説してくれる。

 このあたりを狙えば、と教えてくれるのはある意味役立ちそうだが、今は置いておいて。

「ええと……とりあえず、試してみていいですか?」

 眠れるかどうかはわからないが、やってみなくては嫌かどうかもわからない。

 抱きしめられることも少なくないこのごろだから、そばにいるだけなら問題はないだろう。

 となれば実践あるのみだと申し出た。

 題名が浮かばなかったのであとで変えるかもしれません。

 センスが来い。

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