表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/99

落ちる

 解説を挟みつつ一行は館の中を歩き、ぐるりと一周した。

「地下には倉庫と別に、武器防具を陳列しているんです」

 一見するとわからない入口を教えるということは、敵対しないという表現か、とアルフラッドは考える。

 しかしそこで、今までわりとおとなしかった娘が口を開いた。

「私、あんなおそろしいところ、行きたくないです」

 甘ったるい声を出して、あからさまに嫌そうな顔をする。

 どうやら本心からのようだ、それも無理はないだろう。

 昔の使われかたからしても、女子供に見せたい場所ではない。

 いくら改築して綺麗になったといっても、いわれを知っていれば敬遠する。

「ね、ノウ様もそう思いますよね?」

「え? ええと……」

 同意を求められたノウは、少々返答に困ってしまう。

 地下の部屋、となれば、牢獄か拷問部屋かというところだろう。

 血なまぐさいものは見たくないが、今は展示するための部屋のようだし、客人を招くのなら、綺麗にしてあるはずだ。

 昔の武器などには興味があるので、ついていくつもりだったのだが、そう答えづらくなってしまった。

「外に行きましょう、秘密の庭をつくってもらったんです。男性は立ち入り禁止なので、お父様も中を知らないんですよ」

 腕をとられて、ね? と誘いを受ける。

 娘のためだけの庭とは、流石大きな敷地を持っているだけある。

 正直、興味はあるが、そうなるとアルフラッドと離れることになる。

 どうしたものかと悩んだが、ここであまり断るのも場の雰囲気を悪くしてしまうだろう。

 敷地から出るわけでもないし、娘と一緒なら問題が起きることもないはずだ。

「アルフラッド様、行ってきてもよろしいですか?」

 長身を見上げて問いかけると、予想以上にすぐさまうなずいてくれた。

「あまり歩くようなら、程々にな」

 口にする気遣いは疲労に対してのものだけだ。

 ダントたちの手前ということもあるだろうが、表情からはそれ以上の心配は見てとれない。

 ということは、彼も大きな懸念はないと判断しているのだろうと判断できた。

 娘──シャールに案内を頼むと、彼女はいそいそと歩きはじめる。

 いくつもある出口のひとつから外へ出て、右へ左へと曲がりくねる道を行く。

 直線距離にすればたいしたことはないのだろうが、生け垣や植樹によって目を誤魔化しているのだろう。

 かと思うと開けた場所に花壇をしつらえていたりと、庭にもかなりの手がかけられている。

 もう少し邸にもこういうしかけが必要だろうか、と眺めながら歩くと、ほどなく背の高い生け垣で覆われた一角にたどりついた。

 入口には瀟洒だがしっかりしたつくりで、きちんと鍵もかかっている。

 これはたしかに、入りこむのは難しそうだ。

 シャールは得意げな顔で花の飾りがついた鍵をとりだすと、入口の施錠を解く。

「さあ、どうぞ!」

 自信満々といった様子で示され、中へ入ってみると、思った以上に広かった。

 庭のあちこちから水音がしていたが、どうやら各所に人工的な川をつくっているらしい。

 ここにもその一部が流れてきているらしく、奥からはせせらぎが聞こえている。

 薔薇などが植えられた庭園内には小さいながらもガゼポがあり、白いガーデンテーブルとチェアも置いてある。

 数が少ないことからして、本当にかぎられた人数だけを招くのだろう。

 そのためだけというにはかなり大袈裟なつくりだが、エリジャのところも娘には甘いと聞いたので、一般的な父親の姿としては正しいのかもしれない。

 今は秋なのでいくつかの花は見られないが、盛りの時期はさぞかし豪華に映ることだろう。

「この川もね、魚もいるのよ!」

 こっちよと誘われて嫌とも言えず、近づいてみる。

 それなりの深さがあるのだろう、綺麗な水の流れの中に、小魚が泳いでいるのが確認できた。

 心地いい場所だと思うべきなのだろうが、過去の事故のことがあるため、あまり長時間いたくない。

 だが、令嬢は知らないのか、お気に入りなのか、動く気配はなかった。

「ところでノウ様、私、聞いてみたいことがあるんです」

「──あ、はい?」

 どうしても川が気になってしまい、返答に遅れが出てしまった。

 慌てて声を出したのだが、それを令嬢は許可ととったらしい。

「ノウ様には傷があるんですよね? 見せてくれませんか?」

「────え」

 今、彼女はなんと言っただろうか。

 正確に聞いたつもりだったが、ほとんど初対面の人間にしていい問いかけではないので、間違いかと疑ってしまう。

「あのアルフラッド様を射止めた傷なのでしょう? どんなものか見てみたくって」

 さらに言葉を重ねる少女はいっそ無邪気なほどで、驚く自分がおかしいのかと迷うほど。

 しかも、傷があったから結婚できたのだろうと言われたわけで、それも事実の一部ではあるが、流石に失礼ではないか。

 少女は答えないノウの態度をどう感じたのか、当然のように腕を伸ばしてきた。

 すぐに距離をとると、あからさまに不愉快そうな表情になる。

「女同士ですし、他にだれもいないんだから、いいじゃないですか」

 ちょっとくらい、と拗ねる姿にぞっとする。

 彼女はノウの傷についてどれだけ知っているのだろうか。

 いや、知っていてもいなくても、常識的に考えれば、こんな頼みごとはマナー違反にすぎる。

「……お目にかけるようなものではありませんから」

 きつい言葉で断るべきなのだろうが、どうしても躊躇われてしまう。

 結局やんわりとした言葉になってしまったが、少女は引く気もないらしい。

 根負けしたのはノウで、渋々ドレスの袖口をめくっていく。

 緩めのつくりになっているので、そうすれば上腕にいくらか走っている傷痕が見えるからだ。

「まあ、本当に傷があるのね」

 それを見た令嬢の発言に、疑われていたことを知る。

 アルフラッドと結婚したいがために、傷を偽造したと思われているのだろうか。

 都から離れているために、ノウの噂を知らないのなら、無理もないことではあるが、気分のいいものではない。

「……でも、たいしたことないじゃないですか」

「腕は……幸い、この程度ですみましたから」

 すぐに袖を直して呟くと、令嬢の目が輝いた。

 失言に気づいた時にはもう遅く、彼女は再びノウに近づいてくる。

「ということは、もっと酷い部分があるのね? 見せて!」

 この少女は、どうしてそんなことを言うのだろう。

 執拗に見たがる理由がわからなくて、恐怖とともに混乱する。

 エリジャたちだってそんなことはしなかった。

 腕の傷を見せてしまった時には、全員から謝られて、逆に恐縮したくらいだ。

 だのに目の前の娘は、まるで絶好の玩具を見つけたように、楽しそうにノウを追い詰めていく。

「どうして、そんなに……」

 気づけば川の近くまで移動しており、逃げ道がなくなってしまう。

 前には令嬢、後ろは水──たいした大きさではないが、ノウの中に存在する恐怖心は、川と令嬢によって最高潮に達していた。

「だって私は婚約者になれなかったのよ」

 忌々しげに呟く彼女は、じとりとノウを睨んでくる。

「家柄も、見た目だって文句なしのはずよ、それなのに──なら、理由を知りたいじゃない?」

 みずからが婚約者候補から落とされたわけが欲しいという。

 だがそんなもの、なにを聞いても本人が納得しなければ無意味なことだ。

 彼女はそれを、ノウの傷に見いだそうとしている。

 だからこそ、逆に「些細な傷」では認められないのだろう。

 同情されるようなひどいなにかがあるから、自分ではなくノウが選ばれた──そう思わせるなにかが欲しいと。

 ようやく彼女の感情は理解できたが、ではどうすればおさめられるのかはわからない。

「いいから、見せなさいよ──!」

 伸びてきた手をなんとかかわしたが、その衝撃で胸に留めていたカメオが外れてしまった。

 貴重品な上に壊れやすいものだ、落下したらまず割れてしまうだろう。

 いけない、とほとんど無意識に足を動かし、どうにか手にとるまではよかったのだが──

「あ──」

 ずるり、と靴が滑った。

 川の近くには小石が敷いてあり、水に濡れていたのだろう。

 遠くに甲高い鳥の声を聞きつつ、ノウは呆気ないほどあっさり、川の中に落ちていった。

 案の定な展開ですがお約束ですよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
 設置してみました。押していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
[一言] これで苛烈に動かない男性だったら、主人公はお金をもって他国に逃げて一人で暮らした方が幸せかなと思えました。読者としては、あまあまな貴族は、身内を不幸にするだけで、そばにいてはダメなので、話は…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ