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続く日々の話

 小話ふたつです。

・ノウ、目撃する



「ヒセラさん、お義母様がどこか知りませんか?」

 クレーモンスでのはじめての夏ということか、このところノウの体調は波がある。

 暑さに負けてしまい、食欲が落ちているのが最たるものだ。


 そんなわけでアルフラッドとジェレミアの二人から、いつにも増して無理を禁止されている。

 ノウ自身も頑張ろうとしたのだが、暑い時間は動けなくて、やむなく従っている状態だ。

 今日もきょうとてそんな有様だったのだが、昼から雲がかかり、大分過ごしやすくなった。

 そこでジェレミアとお茶でもと思って、ヒセラに聞いてみたわけだ。

「邸の中にはいないようなので、庭だと思います~」

 ノウが支度している間に誰かに聞いておいてくれたのだろう、返答には淀みがない。

 見た目が若く……というより幼く見えるほどだし言葉遣いものんびりしているが、よく気がつくし話しやすくもある。

 既婚者ということもあって、ちょっとした相談もできるありがたい相手だ。

「じゃあ、ちょっと行ってきますね」

 そして、庭くらいなら一人で行くことを咎めない。

 ただ、帽子なり日傘なりを持ってくるし、くれぐれも気をつけてと言うことは忘れないが、わりと好きにさせてくれる。

 けれど一人で歩いていても、手がほしくなるとどこからともなくナディかどちらかが現れる。

 この邸の使用人は大体そんな具合なので、ノウはのびのびすごさせてもらっている。

 はい、と手渡された麦わら帽子はジェレミアとおそろいで、目印代わりのかわいいリボンが結んである。

 外へ出てジェレミアの植えた果樹のほうへ歩いていくと、高級そうな馬車が遠くに見えた。

 ここからでは家名は視認できないが、間違いなく、前領主への訪問だろう。

 どこの家か確認したいところだが、ノウがせずとも館の防衛を担っている者が見ているはずだ。

 使用人たちと大差ない、町娘の服を着て、麦わら帽子をかぶって。

 彼らがもし自分を見たら、領主夫人だとは気づかないだろう。

 それが少しだけ愉快で、小さく笑いながら歩いていく。

 途中で庭師に声をかけてみると、やはりジェレミアは奥の果樹園にいるようだった。

 礼を告げ、慣れてきた道を進んで行く。

 ほどなく到着したが、あたりを見回してもジェレミアの姿はない。

 いくつもの果樹が植えられているといっても、本格的な果樹園にはほど遠い。

 あくまで趣味の一環だから、見通しが悪いほどではないのだ。

 それなのに、どこにも人影がないというのはおかしなことだ。

 入れ違いになったのか、それとも別の場所にいるのか、木々の中を少し探してみることにする。

「──あ」

 すると、ジェレミアの声が微かに聞こえた。

「お義母様?」

 きょろきょろと周囲を窺ってみるが、やはりどこにもいない。

 幻聴のわけもないし、と不安になったところで、再び声がした。

「ちょっと待って」

 その声は、気のせいでなければ上からしていた。

 もしかして……と視線を上に移動させると、木の枝に足をかけているジェレミアと、ばっちり目が合った。

 そこから彼女はするすると器用に幹を降りてくる。

 いくらも経たずに無事着地して、ぱたぱたと服についた葉やらをはたき落とした。

 ちらりと見えたスカートの下には乗馬用のズボンを穿いているらしい。

 つまり、木登りするつもりでいたのだろう。

「もしかしてお義母様……普段からよく登るんですか?」

 とても昨日今日の動きではなかったし、そもそも素人では登っていい樹とそれ以外の見分けもつかない。

 ノウの問いに、ジェレミアは珍しくばつの悪そうな表情を浮かべた。

「……内緒にしておいて頂戴」

 まあ、メイド長あたりが知れば怒るだろう。

 いくら慣れていても、万一ということもある。

 脚立なども側に置いていないことからして、危険な行為であることに変わりはない。

 そもそも貴族の女性がすることでもないのだが……

「子供のころからよくやっていたのよ。だからつい」

 なかなかやんちゃな少女時代を送っていたようだ。

 ノウは傷のこともあり、運動は敬遠していたので、そんな経験はない。

 高いところから景色を眺めた経験も、特に思い当たらない。

 ほとんど都で過ごしていたし、外に出ていなかったから当然だろう。

「……そんなことより、あなた、体調は? 外にいていいの?」

 やや話題そらしの様子もあるが、気遣う心は本物なのだろう。

 日差しにいるんじゃない、と陰になる場所に移動して、じっと顔色を確認される。

「よくなってきたので、一緒にお茶でも、と思ったのです」

 本当は果樹の手入れを共にしたいところだが、無理をして調子を崩してはどうしようもない。

 それくらいなら、完全に元気になってからのほうがいいだろう。

 ノウの言葉に、そうね、とうなずいたジェレミアは、最後にもう一度口止めをしてから、邸へともどっていった。

 隣を歩きながら、今度アルフラッドに頼んでみようと決めるノウだった。

 彼に担いでもらえたら、低めの幹には腰かけられる気がする。

 ジェレミアから昔の話を聞いて、と言っておけば、彼女が怒られることもないだろう。

 義母との秘密の共有と、ちょっとしたイタズラ心に、最近塞ぎがちだった気分が少し晴れたようだった。




・ノウ、お手伝いをする


 庭師とともに庭のつくりについて話をしたノウは、充実感のまま邸へもどる。

 花壇の手入れも手伝わせてもらえたのだが、これがなかなか楽しかったのだ。

 果樹に打ちこむジェレミアの気持ちもわかった気がして、今後も経験させてもらおうと決める。

 いくらか土もついてしまったので、表からではなく、裏側の使用人たちが使う出入口を使用した。

 汚れを中へ持ちこむわけにはいかないので、こちらからヒセラを呼ぼうと思ったのだ。

「あら?」

 到着した場所には、大きな木箱がいくつか重なっていた。

 隙間から見えるのはジャガイモや玉ねぎなどの野菜類。

 買いつけた荷物の搬入もここで行っているので、それ自体は不思議なことではない。

 だが、邸の使用人はマメで、長時間放置するとは考えにくい。

 なにかあったのかと首をかしげていると、ヒセラがやってきた。

「この荷物、なにかあったんですか?」

 泥を落としながら問いかけると、ああ、と眉を下げる。

 このところ、通いの使用人が辞めたり休んでいたりして、人数が減っているのだという。

 すぐに補充とはいかないのは、領主という役職ゆえだ。

 通いの者ならまだ軽いが、それでも身辺調査を行わなくてはならない。

 そのため今はこういう部分で手が足りず、後回しの状態なわけだ。

「ナディさんに運んでもらっては……駄目かしら」

「お安いご用ですよ」

 職務外で申しわけないと悩んだが、回り回って自分の食事にもなるのだ。

 むしろノウが頼んでくれたおかげで遠慮なく手伝える、といそいそととりかかってくれた。

 流石に力があるので、木箱はあっという間に食料庫へ運ばれた。

「ノウ様に気を遣わせてしまって申し訳ないです……」

 気づいた料理長が慌てて出てきて頭を下げる。

「いいえ、いつもおいしい料理をいただいているんですから、これくらいしないと」

 軽いものを運んだだけなので、手伝えた感覚はほとんどない。

 ちらりと台所の中を見ると、今日の料理に使うだろう野菜が置いてある。

 だが、人参は皮もそのままで机の上に並んでいて、誰も手をつけた様子がない。

 料理長は木箱からジャガイモをとりだして、さらに机の上が埋まっていく。

「……あの……皮むき、してもいいかしら」

「は? ノウ様が?」

「実家ではよくやっていたから、皮むきは得意なんです」

 使用人たちとのお喋りをしようと思ったら、彼らと作業するしかなかった。

 雑談相手など両親は用意してくれなかったし、無駄話をするなと怒られるばかり。

 両親はノウが下働きのようなことをしていても、やめろとは言わなかった。

 傷のこともあったから、一通り自分でできるようにするのは、無駄にならなかったし。

「はい、ノウ様、どうぞ~」

 料理長が困惑している間に、ヒセラがどこからかエプロンを持ってきてくれた。

 今のノウの所持品にはなかったはずだから、ヒセラのものか他の使用人のだろう。

 ありがたく身につけさせてもらい、失礼します、と中へ入る。

「ためしにひとつむいてみせるので、それで判断してくださいませんか?」

 実家では褒められたが、身内だからという可能性もある。

 下手だという結果ならおとなしく諦めるほうが、相手にとってもいいだろう。

 怪我をしたって自己責任だし、アルフラッドもそれで料理長らを責めることはないだろうが、気にすることは間違いない。

 料理長はいくらか渋い顔をしていたが、じゃあ、とテストさせてくれることになった。

 適当な椅子に腰かけると、ノウは慣れた手つきでジャガイモの皮を剥き、芽の部分も綺麗にとり除く。

 しばらく間が空いていたのでちょっと遅くなったが、自分としてはまあまあだろう。

「……確かに、ちゃんとしてますね」

 すぐさまボウルの水に入れるところまで確認した料理長は、恐縮しながらも手伝いを許可してくれた。

 本人は仕込みがあるからと、急いで厨房の中へもどっていく。

 人数が足りないのは本当なのだと思いながら、机の上の野菜にとりかかることにした。

「なら、私も一緒に」

「はーい~」

 ナディとヒセラも加わり、もともといた者を交えて、賑やかに作業していく。

 実家での時を思い出してノウも楽しく笑うことができた。


「──そんなわけで、今日の料理をお手伝いしました」

 食事の時に報告すると、アルフラッドはそうか、と微笑んでくれた。

 ジェレミアは怪我がなかったか心配したが、なにもないと告げると安心したらしい。

「俺も皮剥きは得意だぞ、なにせ人数が多かったからな、剥いたジャガイモの数は邸の中で一番じゃないか?」

 休みの日にどちらが綺麗に剥けるか競おうか、などという話になり、俄然やる気が出てくる。

 なにせアルフラッドに適う部分は少ないのだ、裁縫は凄いと褒められるが、そもそも彼が未経験なので誇れない。

 それまでに料理長にお願いして、練習させてもらいます、と意気込むノウに、くれぐれも無理はしないようにと忠告するアルフラッド。

 すっかり打ち解けた二人の様子に、ジェレミアは満足げに目を細めて、

「……皮剥き、ね」

「ジェレミア様は駄目ですよ」

 ぽつりと呟いたのだが、即座にメイド長から却下される。

「分かってるわ、やろうとは思わない」

 かつて収穫した果物の皮を剥いた結果、食べる部分をほとんどなくした過去のある彼女は、今度ノウに飾り切りを頼んでもいいかな、とこっそり考えたのだった。

 小話なので火曜更新にしましたが、仕事如何では金曜日お休みかもしれません。

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