観劇の誘い
アルフラッドと外出するようになって一ヶ月ほど経過した。
盛夏のころは出る時間をさらにずらしたりしたため、見に行けた場所は多くない。
けれど、その分は邸でのんびりしたので、二人きりですごす時間が減ることはなかった。
旅の間に多少慣れたせいもあるのだろう、喋らなくてはとあせることもあまりなく、同じ部屋にいながらめいめいに好きなことをしたりできるようになった。
仕事でいない時は自主的に勉強をしたり、頼まれた庭にも着手しはじめた。
といっても実際の作業はほとんど庭師が行うわけだが、植える花などはノウが決める。
図鑑と、彼らの助言を参考にしつつ、大きな庭に手を入れていく。
あまりに広々としているので、東屋も欲しいと呟いた結果、盛りあがって決定して青くなったりもしたが、ジェレミアがあっさり認めたので問題はなかった。
春からは綺麗な花壇ができるだろう、というところまで決まり、少し手が空いてしまう。
その時間をどう使おうか悩んだ結果、ノウが考えたのは閑散とした邸を飾ることだった。
たまたま書庫で見つけた目録には、数多くの収蔵品があり、由来も記されていた。
貴重なものをただしまいっぱなしというのは、流石にもったいないし、作品に対しても申しわけないだろう。
ジェレミアに許可をとり、閑散としていた邸の中に装飾品を配置していくことにした。
それでも一般的な貴族の屋敷に比べればかなり少ないが、よく言えば掃除のしやすかった邸が、少しずつ華やかになっていく。
涼しげな色合いの絵画を壁にかけ、飾り棚には職人の手によるカップや絵皿を規則的に並べる。
大きめの彫刻はほんの少し、代わりに要所要所には花を生けて。
使用人たちの掃除の負担が増えすぎないように配慮しつつ、かれらの意見もとりいれながら、かつて訪ねた邸のよかった部分をとりいれていく。
来年には形式上の喪は明けるので、来客も増えるかもしれない。だから今からやっておいて損はない。
装飾にこだわらない二人だが、それによって相手から低く見られるのは納得がいかないのだ。
見た目で判断するならそれまでとも言うが、先によい印象を与えるほうが有利になることも多い。
ジェレミアから時折勉強も教わりつつ、穏やかに日々を送っていた、ある日のこと。
「ノウ、舞台を観に行かないか?」
最近は食後のお茶を三人ですごすことも増えてきた。
そこでアルフラッドとジェレミアが仕事の話をすることも多い。
信頼されて情報を共有させてくれるようで、嬉しく思ったのは記憶に新しい。
たしかに以前、舞台の話をした。
領主という肩書き上、その手の情報は、その気になればかなり早くに入手できる。
「好きだと言ってたやつ……だと思う、題名は『男爵殺し』だとか」
「! 本当ですか!」
アルフラッドの言葉に、思わず食いついてしまう。
最近購入した中にあった一冊で、初期の傑作と名高いものだ。
「物騒な題名ね」
ジェレミアの感想に、たしかに、と苦笑してしまう。
事件ものなので当然ではあるものの、知らない者が聞けば驚くだろう。
内容について語っては無粋なので言えないことがもどかしくもある。
「行けるならぜひ観たいです」
勢いこんで懇願すると、じゃあ決まりだな、と微笑まれた。
いくつか仕立ててもらったドレスを着るいい機会だし、なにより好きな作品の舞台だ。
「とりあえず俺が一緒に行くつもりだが……いいですか?」
後半はジェレミアにむけて問うと、ええ、と頷かれる。
はじめから一人で行くのは流石に緊張するのでありがたいが、アルフラッドに観劇の趣味はない。
無理強いさせてしまうのは申しわけないのだが、それはそれで立派なデートになる。
「日にちは俺の都合のいい日で構わないか?」
もらってきたというチラシを見せてもらうが、役者はよくわからない。
ただ、各地を巡業しているというから、内容は期待が持てそうだ。
ノウはいつでもいいし、楽日にこだわるつもりもない。
だからお任せしますと返答すると、後日、アルフラッドは公演後半の夜の部を確保してきた。
領主夫妻がくるのなら初日に華々しくという要望もあったらしいが、目立ちたくないと断ったらしい。
同様の理由で楽日も断り、半ばすぎという日にちになったようだ。
「楽しみです、ありがとうございます、フラッド様」
手に入ったチケットを渡してやると、嬉しそうに笑って礼を告げてくる。
先日渡したチラシと一緒に、大切そうに文机にしまう姿は微笑ましい。
「つきあわせてしまうのは、悪い気がしますけれど……」
「別に気にしなくていい、興味はあるしな」
事件ものということなら、眠くなる可能性は低いだろう。
少なくとも警備で出ていた時よりはなんとかなると思いたい。
ただ、仕事の時は警戒するふりであちこち歩き回って眠気を飛ばせたが、今回はそうもいかない。
しかも、用意された席はボックス席で、舞台がよく見える席だが、逆に見られやすくもある。
上演中に客席を盗み見る者は大抵ろくでもないから捨て置けるが、うっかり居眠りでもして、演者に気づかれたら大変なことになる。
「……もし寝そうになったら起こしてくれ」
警備は断るつもりだから、席の周囲にはアルフラッドとノウしかいない。
となると、頼みの綱は彼女だけだ。
アルフラッドの懇願に、彼女はきまじめにわかりました、とうなずく。
けれど数秒後、あ、と声をあげる。
目線だけで続きを促すと、気恥ずかしげに目を伏せた。
「でも、夢中になってしまって忘れていたら……すみません」
あまり日焼けしていない肌が羞恥に赤く染まる姿は愛らしくて、内容と相まってつい笑ってしまう。
観劇させてやりたいのは本音だが、面倒な連中に挨拶しなくてはならないのは、正直嫌なものだ。
ノウはきちんと果たさなくてはと考えるだろうから、余計に。
けれどジェレミアにも、少しは公の場に出ておかないとと言われている。
ちゃんとした披露目を行う目処は立っておらず、話を詰めたくても前領主はすぐどこが悪いのとこぼしはじめる。
そのくせ数日後にはとりまきを呼んでいるのだから苛立ちが増す。
もうこうなったら、領民の前で挨拶する時に多めに時間をとってしまえばいいか、とすら思いはじめている。
民衆としては結婚自体はめでたいことだが、それが誰かだとかはたいした問題ではない。
結婚によって税が安くなるとかそういうおまけのほうが重大事項なものだ。
面倒なのはやはり力を持つ有力者たちで、彼らにはちゃんとノウの存在を認めさせなくてはならない。
今のところ、観劇にくる人数は多くないし、場所が場所だ、会話も長くは続かない。
そういう状況を選んで、ゆっくりと進めていけばいいだろう。
「じゃあ今のうちにドレスを決めましょうか~」
観劇が数日後に迫った日、ヒセラの提案で当日の服を決めることにした。
パーティーではないのでそこまで派手にしなくてもいいというのは気が楽だ。
ヒセラは、てきぱきとジェレミアに押し切られるようにして仕立てたドレスを並べていく。
……こうして見ると、多い。いや、貴族令嬢としては少ないが、ノウの感覚では十分だ。
一週間以上別のドレスを着られる状況なんて、経験したことがない。
「アルフラッド様の装いはノウ様に合わせさせますから、お好きに選べますよ~」
なかなかの言いように苦笑しつつ、どれにしようか悩んでしまう。
どれも綺麗なドレスだし、肌の露出も少ない。
好みで選べというのがノウにとっては一番難しいので、困ってしまう。
「観に行くのは男爵殺しでしたっけ、おもしろいですよね~」
「ヒセラさんも読んだんですか?」
「はい~ノウ様が書庫に置いてくださったので~」
上演が決まったあと、部屋に置いておいたのを書庫に移したのだ。
折角ならこれを機会に布教しようと思ってのことだが、成功したようで嬉しくなる。
「……あ、そうだわ、なら、これはどうでしょう?」
ヒセラと感想で盛りあがっていたところで、ふと思いつく。
吊してある中からひとつを選ぶと、意図に気づいたヒセラがいいですね~と同意してくれた。
「じゃあ~せっかくですから、装飾品もすこし合わせましょう~」
「それは……でも、今からだとまにあわないんじゃないでしょうか」
「やるだけやってみましょう~」
権力の乱用じみてしまうのは本意ではないが、たしかにここまできたら、という思いもある。
けれど、そんなふうにあれこれ考えて準備するなんて、はじめてでわくわくするのも事実だった。
今までは外出する時の服装は、すべて両親に決められていた。
装飾品もその時だけ渡されて、帰宅すればすぐ返却するよう求められる。
少しでも遅くなれば、盗む気かと罵倒されるから、なにより先に外していた。
「……楽しみ、です、本当に」
噛みしめるように呟いてしまい、気を遣わせてしまうと慌てたが、ヒセラはにこにこといつもどおりに微笑んで、そうですね~と返すだけだった。
ころころ視点変更しちゃって申しわけないです。
一応、あまり読みづらくはないようにした……つもりですが。