今日は本屋へ
「──さて、今日は本屋だったか?」
数日後、再びのアルフラッドとの外出日。
前回と同じような時間からの出発なので、今回もあちこちは回れない。
ということでノウが希望したのは本屋だった。
勿論、邸にいても注文はできる。
具体的でなくても、こういうもの、と望めば近いものを何冊か持ってくるので、そこから選べばいい。
だが、ノウとしては自分で買いに行きたいと思ったのだ。
アルフラッドが否を唱えるわけもなく、案内された大きな本屋は、紙を扱う独特な匂いがする。
店員に場所を聞いたおかげで、すぐに目的の場所へ到着できた。
「ああ、たくさんあります……!」
棚に背表紙を見て、覚えず声が弾んでしまう。
街でも人気なのだろう、シリーズものの古いものから新しいものまで綺麗に揃っていた。
わくわくしながら題名を確認し、まだ邸にないものを抜きとっていく。
「……あ……でも、こんなに買ったら多すぎます……?」
二冊、三冊まではよかったが、どうやらかなりの数が出ているらしく、予想以上の冊数だ。
なかなかの厚さがあるので、重量もかなりのものになる。
装丁もきちんとしている分金額も大きくなってしまうだろう。
あらゆる意味で申しわけなくなり、隣のアルフラッドを見上げる。
「配達を頼むから、気にせず選んでいいぞ」
だが彼ははなんてことない調子で言い、ひょいと本を手にしてしまう。
ノウでは一度に持つなんて無理な話だが、彼には軽いようだ。
店員のもとへとりあえずと持っていき、慣れた調子でクレーモンスの邸に勤める書庫の管理人の名前を告げた。
すると店員は畏まりました、とうなずいて、本を奥へと置いていく。
使用人たちが書庫に置く本を買う時も、よくこうしているのだという。
彼らの場合は限度額を定められているが、ノウの場合はアルフラッドが許可するかぎり何冊でも構わない。
そして現状彼は、ノウが買いたいと思うだけ買えばいいと思っている。
つまり、この場合止めるものはなにもない。
持ち帰る大変さを気にしなくていいと知って、ノウはなら、ともう何冊か追加することにした。
気になっていたシリーズをすべて、さらに自分用に持っておきたい果樹の本を探したりしていると、かなりの数になってしまった。
だが、アルフラッドはまったく気にしていないので、申しわけないと思いつつ、読みたいという欲が優先されてしまう。
配達は明日だというので、すぐに読みたい本を三冊だけ吟味して、あとはまかせることにした。
その場で会計しないことと、気になった本はすぐアルフラッドが持っていってしまうため、金額を気にする暇もなかったからか、ノウにしては遠慮のない買い物になった。
「もう少し歩けるようになったら、早い時間から植物園なんかもいいな」
店を冷やかしながらの提案に、いいですね、と賛同する。
庭の参考にはならないかもしれないが、単純に興味がある。
観劇や音楽会はよく連れて行ってもらったが、いわゆる子供が喜びそうな施設はほとんど記憶にない。
両親はそんな手間暇をノウにかけたくなかったから当然だし、そんなことを知らない公爵夫人は、場所が重なってもと遠慮したのだろう。
結果的に、娯楽めいたものには無縁のまま生きてきてしまった。
「たまにサーカスもくるから、その時は一緒に行こう」
「はい、楽しみです」
その話をすると、じゃあ、と今後の提案をされる。
サーカスの巡業は具体的な日にちが決まっているわけではないというが、寒い時期が多いらしい。
数ヶ月後の楽しみができたわけで、わくわくしてしまう。
「話に聞いたことはありますけれど……どういう感じですか?」
この街によくくる一団の説明を聞きながら、のんびりと通りを歩いていく。
次にむかったのはヒセラたちに教えてもらった衣料品店。
お忍びでの外出が増えるなら服も増やしたほうが、と思ってのことだ。
流石に毎回使用人に頼むのは気が引けてしまう。
ヒセラのおすすめなので、お忍び用として通用しつつも、品質はそれなりの店らしい。
店構えもちゃんとしているし、店内の衣類もよくできたものばかりだ。
ノウでも着られそうなものを何着か見繕ってから、どれにするか選ぶことにした。
「俺はこれかな」
アルフラッドが選んだのは、白い清楚感あふれるものだった。
夏場にむけて、たしかにちょうどよさそうだ。
綺麗で気後れする気持ちはあるが、ノウ自身もいいと思ったのでそれにする。
「だが、俺だけ選んでもな……ノウも一枚選んでくれ」
「え……わ、わかりました」
いくつかある中から選ぶというのはノウには難易度が高かったが、それでもどうにか一枚選ぶ。
けれどかなりの時間がかかってしまったので、あとは少しだけ街を見て帰ろうということになった。
「こっちの通りから先へ行くと、植物園のある公園へ続いてる。次はこっちだな」
アルフラッドの案内を聞きながら、暮れていく街をゆっくり進んで行く。
まるで話の中で読んだ普通の恋人同士みたいだ。
いや、アルフラッドはさんざんデートだと宣言しているから、みたい、ではないのだが。
それでもノウのほうは、まだ自分の立場を認められない気持ちがある。
隣を歩くことへの抵抗は減ってきたものの、楽しそうに笑う他の二人組を見ると、傷のある自分が、と後ろへ下がりたくなる。
だからといって、隣を誰かに渡したいわけでもなくて、己をふるいたたせて歩いていく。
「──ところで買っていた本は、シリーズだって?」
片手で荷物を持つアルフラッドは、空いている手でノウの手をにぎっている。
「はい、事件もので……面白いですよ」
今日買いこんだ作品は、同一人物が主人公になっている連作だ。
毎回色々な事件が起きて、それを解決していくという内容になっている。
「子供のころ、連れて行ってもらった舞台の原作なんです」
毎回色々な場所が舞台になることや、派手な演出が加えやすいという理由だろう。
都ではわりとよく見る演目だったと記憶している。
子供のころは内容がはっきりわからなかったが、豪華なセットは印象に残っていた。
邸の書庫で原作を発見して読んだところ、純粋に面白いと思ってはまってしまったのだ。
「こんなことなら、あの時ちゃんと観ておけばよかったです」
「それは難しいだろう……ずいぶん分厚いし」
ちらりと抱えた荷物を見て、軽く眉をひそめる。
たしかに、舞台用に縮めていたはずだが、それでも長かった覚えがある。
しかし途中で飽きた姿勢を見せれば、公爵夫人が気にしてしまうので、両親から最後までしっかり観ろと厳命されていた。
寝そうになると、見えないところで身体をつねられたりしたので、内容が頭に入ってこなかったのもある。
「こちらでもそういう上演はありますか?」
大きな劇場があることは、地図を見て知っている。
ノウの問いに、多分、と少々覚束ない返答が落ちてくる。
「なにせ俺はそういうのに興味がなくてな……招待状は来ていたと思うが」
なんとか交響楽団とか、と呟く様子からして本当に覚えていないのだろう。
「寝る自信しかないんだが……行かないのもまずいと叱られてるんだよな」
「まあ……そうでしょうね」
「領主として援助はしてるんだがな」
「援助だけで観ないとなると、なおさらでは……?」
金銭的な援助だけで実際見に行かないとなると、形だけと悪評が立ちかねない。
ただでさえ軍上がりということで、穿った見方をする者もいるだろう。
芸術を解さないと笑われている可能性は大いにある。
実際寝そうと言っているので、あながち間違いでもないわけだが……悪い評判は野放しにできない。
「でしたら、次に招待があった時は、わたしが行ってもよろしいですか?」
自分では楽器もなにもしたことがないが、エリジャのもとで聞いた小さな演奏会はとても素晴らしかった。
演劇も、自分の好きな演目があれば一番だが、それ以外も興味はある。
見に行くものがわかれば、事前に情報を得ておけばそこまで失敗もしないだろう。
ただ、書類上結婚したとはいえ、まだ大々的に妻として紹介されたわけではない。
その状態で目立つ場所に赴いていいかどうかは、アルフラッドたちの判断に委ねるしかない。
観劇の場も社交場のひとつなので、領主の妻としてのふるまいが求められるから、やりきれるか不安ではある。
だが、アルフラッドやジェレミアの役に立てるかもしれないのだ。
自分も行ってみたいのだし、双方に損はないだろう。
「そうだな、今招待状があったかは覚えていないが……あのひとと話してみよう」
しばらく考えこんだアルフラッドだったが、前むきな返答をしてくれた。