初デート
折角天候もいいしとバルコニーで昼食をとり、十分な食休みをとってから、街へ行くことになった。
わくわくしながら用意された普通の服を着ると、ヒセラが髪を結うと言ってくれた。
あまり派手なものにしてもと思いつつ、アルフラッドと歩くなら少しでもかわいくしたい思いもあったので、おまかせすることにする。
編み込みをして小さな飾りをつけてくれて、ささやかだが愛らしくて満足する。
機能訓練の時にも使っている履きやすい靴にしてアルフラッドと落ちあうと、地味な馬車が用意されていた。
「馬車なんですね」
乗りこんでから呟くと、怪訝そうな顔が返ってきた。
「馬に乗ってみたかったので……」
だから少し残念で、と続けると、ああ、と得心した表情になる。
結局、一度もアルフラッドの馬に乗れていないのだ。
「街までなら大丈夫だとは思うが、慣れていないと結構大変なんだ」
あれも全身運動だからな、と言われて、そうなのかと驚いてしまう。
生き物相手だから、ただすわっていればいい、とはいかないだろうことは想像できたが。
「揺れるし、高いから……そうだな、今度庭で乗せよう」
尻の皮が剥ける、と説明しかけて、流石に女性に話す内容ではないと言い換える。
ノウは気づかず、楽しみですと嬉しそうなのでよしとした。
馬車はいったん仕事先に置いて、そこから歩いて散策するらしい。
御者を待たせるのは申しわけない気がしたが、あらかじめ時間を決めておいて、その間は彼も自由に過ごすらしい。
気にしないで楽しんできてください、と微笑まれたので、丁寧に礼を言っておいた。
そこから少し歩けば、一番の大通りだ。
夕食前の買い物時間ということで、人通りは多い。
はぐれないように、としっかり腕を組むように促され、恥ずかしいが言うとおりにする。
歩いていく人々の表情は生き生きとしていて、ここがよい街であるなによりの証拠に見えた。
アルフラッドの案内に従って進んで行くと、立派な店の前に到着する。
手紙を送る相手は貴族だから、普段使いの品というわけにはいかない。
そんなわけで、使用人たちが主に頼まれて購入に訪れる文房具店を選んだ。
外観も気を遣ったものになっているので、ノウはしばらく見とれてしまう。
その間も、アルフラッドは急かすことなく見守ってくれたので、気づいて恥ずかしくなってしまった。
いよいよ中へ入ると、木目の美しい飾り棚に、たくさんの文房具が整然と並べられている。
目的の便箋を探しながら歩いていくと、ほどなく一角を見つけた。
「俺も見ていていいか?」
興味津々といった様子のアルフラッドに、はい、とうなずく。
「こんなにあるなんて、知らなかったから、面白いな」
しげしげ見ながら、自分でもあれこれ手にとっている。
そんな様子はどこか子供っぽさがあって微笑ましい。
「報告書ばかりだから、特徴もないし……前の時はこんなにいい紙じゃなかったしな」
そもそも紙で伝達できる状況でもなかった、と苦笑いしている。
作戦立案の時はさておき、現場へ行けば、口頭で伝令を走らせなければ遅くなる。
正確さという点では文書が望ましいが、難しいところだろう。
アルフラッドの話を聞きながら、ノウも自分の目的を果たすべく便箋を探していく。
「エリジャ様は花が好きなんです。公爵夫人は鳥の置物を集めていて……」
だから、エリジャへは薔薇の花がデザインされたもの、夫人へは小さな鳥が集まっている柄にする。
今までは自分で手紙を出すことも難しかったし、使用人がこっそりとどけてくれても、便箋にこだわる余裕はなかった。
ノウには小遣いというものは与えられなかったし、なにか必要なものがある時は、都度父に頼まなくてはならなかった。
人目につくものだけは相応の品を与えられたが、あとは却下されるか、粗末なものしか許されなかった。
なんの変哲もない便箋に比べれば明らかに値が張るのだが、相手が相手だし、遠慮するなと言われている。
なにより、はじめて好きに選べる高揚感から、ノウにしては珍しく、高額なものながら躊躇なく選んでいった。
先の二人に送るものと、日々のことを綴るための日記帳も購入する。
黒字に金色の装丁を選ぶと、アルフラッドは隣の華やかなほうを示す。
「こっちのがよくないか?」
「でも……その、フラッド様の色ですから……」
日記に使うのだから、あまり派手でもという思いと、書くことは彼のことばかりだから、ちょうどいいと考えたのだ。
小さく呟くと、アルフラッドはびっくりしたように固まってから、あー、と呻く。
「…………ならこれにしよう、ありがとう」
わずかに照れた顔をするものだから、こちらまでうつってしまう。
「今はこれくらいで……でも、またきたいです」
友人数名分の便箋を選んで、ひとまず今日の分はやめておく。
だが、ゆくゆくは社交もすることになる。
今はまだ情報としてしか知らない有力者の女性たちとも、やりとりをするようになるはずだ。
その時にも、同じように相手によって便箋を変えていきたい。
いちいち異なるものを用意するのは無駄遣いにも思えるが、もらった時の効果を考えれば、決して損ではない。
「ああ、勿論」
熱心なノウの様子に、アルフラッドも快諾する。
こんな手間暇をかけるなんて、とても彼にはできないが、無駄ではないことは理解できる。
それに、社交のためだからでも、ノウが金額を気にせず、自分から色々選んだことが嬉しかった。
こういった場所から練習していけば、いずれ本人の好きなものも選べるようになるだろう。
そのためなら、何度足を運んでも苦にはならない。
店を出ると、次は街ができた時のものという石畳を見に行くことにする。
といっても、人通りがあれば劣化していくものなので、現存するのはごくわずかだ。
大通りから外れた場所のほんの少し、道を整備して通り道ではなくした小さな隙間のような場所。
入りこめないよう柵で囲われた場所に、他とは異なる石でつくられた道があった。
「領主権限で中に入れてもいいんだが」
「いいえ、見ているだけで十分です」
迂闊に踏みつけて壊すのも申しわけない。
決して綺麗に揃っていくわけでも、美しい石を使っているわけでもない。
だが、それが逆に長い歴史を感じさせる。
近くには簡単な説明書きもしてあるが、観光地と言うには見栄えがないからだろう、見物客はいなかった。
それを幸いにして、ノウはじっくり石畳を観察した。
ためつすがめつ眺めて、ようやく踵を返す。
「ありがとうございます、とても楽しかったです」
「そうか、じゃあまたこういうところへ連れて行こう」
「はい!」
今も残るものは少ないが、当時から補修している建物もあるし、変わらない景色もある。
それらを順番に見ていこうと誘えば、嬉しそうに、珍しくはっきりした声でうなずいた。
そうして早々と帰宅した二人だったが、ジェレミアはというと、かなり遅い帰宅になった。
ようやく帰宅の知らせを受けて出迎えに行くと、あからさまに不機嫌そうな顔をしている。
「お帰りなさい、お義母様……大丈夫ですか?」
おろおろと問いかけるノウに、表情がほどけていく。
「久しぶりだったから、面倒な連中に話しこまれただけよ」
ジェレミアの言葉に、ノウは前領主の部屋へむかう面々を思い出し、納得する。
アルフラッドに直接申し立てられない者が、前領主やジェレミアのもとへ行くのだろう。
無碍にもできずにつきあっていたら遅くなったというわけだ。
「じきに夕食でしょう? 支度してくるわ」
遅くなってはノウにも、料理人にも悪いとすぐ着替えようとしたのだが、急がなくていいです、と首をふられる。
「一休みなさってください、それと……お土産です」
手渡されたのは小さく包まれた袋で、見覚えのあるものだ。
街にある店で売られている、甘くて少し変わった形の菓子。
「お義母様が好きだと聞いたので、フラッド様に案内してもらいました」
「……わざわざ?」
行くと言っていた文房具店からは少し距離がある。
歩いて問題ない範囲だが、ついでに寄る場所ではなかったはずだ。
短時間の外出だったことを考えると、他を回る余裕もなかっただろう。
「はい、お義母様にはよくしていただいているので……」
なにかお返しをしたい、と思っていたのだ。
勿論このあと、刺繍した袋物もつくるつもりだが、はじめての外出でなにか選んで渡したかった。
メイド長とのお茶でヒントをもらい、アルフラッドに頼んで赴いた店は、お菓子だらけで、事前に聞いておかなければ迷って買えなかっただろう。
「支払ったのはフラッド様ですけれど……」
「決めたのはあなたなんでしょ?──ありがとう、嬉しいわ」
少ない時間を割いて、考えて買ってきた。
そんなことをはにかみながら告げられて、喜ばないわけがない。
「わたしの分もあるので、それはお義母様が召し上がってください」
ほら、と見せてきたのは、同じ包み。
「……なら、明日のお茶の時に、感想を聞かせてちょうだい」
ジェレミアの提案に、ノウは控えめながらも微笑んで、はい、とうなずいた。
ちゃんとデートになっている……はず……