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恋人予定

 しばらくの間、アルフラッドはあまり言葉を発することもなく、静かにノウを抱きしめていた。

 少しだけ泣いているのが気配でわかったのかどうかは判断がつきかねたが、おかげで落ちつくことができた。

「……とりあえず」

 ノウが身じろぎしたところで、頭上から穏やかな声が降ってくる。

 おずおずと見上げると、特に気分を害したようにも見えないアルフラッドの顔が近くて、恥ずかしくてまた顔を伏せた。

「恋人予定くらいなら、手を打ってもらえるか?」

 お互いに好意は持っていて、けれど納得できないというのなら──ということらしい。

 本当ならここで首をふるべきだが、腕の中におさまっている時点で説得力はない。

 ノウだって、できるなら堂々と恋人を名乗りたい。

「手を打つもなにも……もったいないくらいです」

「君以外とそうなるつもりはないから、勿体なくはないぞ。……じゃあ、いいんだな」

 律儀に訂正してから、小さくうなずくノウを見て、よし、と満足げに笑った。

「色々飛ばして夫婦になってしまったからな、改めて恋人らしいことを色々するとしよう」

 最初に結婚の書類を出したので、たしかに順序は逆だが、貴族であればおかしなこともない。

 むしろ、恋人同士から結婚するほうがまれだろう。

 だが、アルフラッドにしてみれば、恋愛結婚のほうが当然という価値観なのだろうし、母親の件からしても、想いの通じあわない関係は嫌に違いない。

「面倒をかけて、申しわけ……」

「全然そんなことはないぞ。好きな相手と一緒に過ごしたいと思うのは当然だろう?」

 謝罪の言葉は途中で打ち切られてしまう。

 恋人らしく、二人で過ごす──まさか自分にそんな日がくるなんて、家にいたころは考えもしなかった。

 エリジャの友人には愛を育んでいる者もいたが、それはごく珍しい場合だ。

 身分がつりあえば、両方の家から歓迎されることもあるが、大抵そこには打算が混じる。

 さらに派閥などが絡んでくれば、爵位が同列でも結婚しづらくなることすらある。

「……とはいえ、口説き文句なんて知らないし、女性が喜ぶこともよくわからないが」

 一転、困ったように眉を下げる姿に、つい笑ってしまいそうになる。

「慣れていたら、それはそれで……ちょっと、複雑ですし」

 さぞもてていただろうに、アルフラッドには浮ついた様子がない。

 言葉は誠実だし、物慣れた行動は、女性経験というより職務上だろう。

 きっと、美しい女性がたくさん彼を狙っていただろう。

 副隊長にまでのぼりつめたのだから、言葉は悪いが優良物件というやつだ。

 なんの遠慮もなく、きっと傷もなく──彼に近づいた顔も知らない彼女たちが羨ましく感じてしまう。

「わたしも、そういうのはよくわからないので……」

 婚約者もいなかったので、デートというものをしたことはない。

 子供のころにあちこち連れて行ってもらったが、それともまた違うだろう。

 話の中での知識だけだが、それが現実でもできることなのか、よくわからない。

「……あ、でも、招待などもきているんですよね?」

 玉蜀黍の収穫が盛んな時期になっており、その後は酒造りに進んで行くが、最中でも社交は存在する。

 ジェレミアの息子が亡くなってまだ喪中なことと、前領主の体調が悪いことを理由に派手なものは控えているが、市民の祭りまでは止めていない。

 それに伴い領主として参加するものもあるはずだし、他の有力者たちも動いているはずだ。

 小さな茶会などの誘いの手紙は、ちょくちょくきているとジェレミアから聞いている。

 いずれその手紙の采配もするようになるだろうと、有力者の名前と一緒に見せてもらっているところだ。

「それに一緒に行けば……」

「いや、それじゃただの仕事だろう」

 名案だと思ったのだが、却下されてしまった。

 領主の妻がどんな人物か、気にしている者は多いという。

 市民にはまだ前述の理由もあって、表だって知らせていないが、有力者にはそうもいかない。

 そのため、一時的に誘いの手紙が増えているらしい。

 共に行くのだからデートのようなものだし、社交もできるしと考えたが、アルフラッドは渋面だ。

「勿論、行かなきゃならないものも出てくるだろうが、さしあたっては二人きりで、街を歩いてみないか?」

 まだノウは街を歩いていない。体調を心配されたこともあるし、外出を許されない生活だったために、自分から行きたいという気持ちが欠如しているからだ。

 歴史あるクレーモンスの街がどんな感じなのかは、とても興味がある。

「旅の時みたいな服で歩けば気楽に過ごせるし、俺と一緒なら護衛もいらないからな」

 それは、とても魅力的な誘いだった。

 貴族の男女らしからぬことだが、二人ともそういうものと縁遠かったので、逆に気が乗らない。

 アルフラッドの強さは身をもって知っているから、安心もできる。

 ノウは市井の様子に慣れていないが、彼と一緒なら教えてもらえるだろう。

「まだ街を案内していないからな。そろそろ休みも取れそうだし」

「フラッド様に無理がないなら……見てみたいです」

 旅の時の散歩もとても楽しいものだったから、自然と声が弾んでしまう。

 本で得た知識しかないが、二人で散策して、食事をする──のだろうか。

 どれもやったことがないので不安はあるが、アルフラッドと一緒なら大丈夫だとも信じられる。

「決まりだな、流石に明日とはいかないが……早めになんとかしよう」

 領地にもどってから毎日仕事をしているので、部下からそろそろ休めと圧をかけられているらしい。

 副官になったのがカーツだというので驚いたが、彼ならアルフラッドに注意するのもうなずける。

 ジェレミアからも適度に休ませろと頼まれていたことだし、休日をもうけるのはいいことだ。

 話がまとまってきたところで、アルフラッドに指摘され、急いで隣室へ行き寝間着に着替える。

 あまりに色々ありすぎて、服どころか、首の違和感も忘れていた。

 思い出すと途端に心もとなくなるが、多分、いい傾向なのだろう。

 着替えをすませて寝室にもどれば、アルフラッドも片づけをすませていた。

 いつものように大きな寝台にもぐりこむと、彼も同じようにする。

「明日、あのひとに休みの話をしよう。あちらの都合もあるからな」

 アルフラッドが休む時は、ジェレミアが代わりに仕事をする。

 両者が休んでも問題ないくらいに回るようにはなっているが、念のためらしい。

「あの……あと、そろそろ先の領主様にご挨拶も……」

 言うのも憚られて口をつぐんでいたが、流石に黙ったままでもいられない。

 思い切って前領主のことを話題に出すと、ああ、と低い声が漏れた。

 やはり、あまり出したいものではないらしい。

 とはいえ、同じ敷地内で生活しているのだから、いつまでも無視してはいられない。

 失礼な嫁だと、悪い印象を持たれて、アルフラッドに責がいくのは嫌だった。

「向こうは何も言ってこないから、もう少し放置したかったが……まあ、仕方ないな……」

 物凄く不本意そうだが、このまま挨拶をしないままではよくないという自覚はあるらしい。

 ジェレミアも話してこないから、二人とも消極的なのだろうが、義理の父になるのだ。

 公の場に出てから一度も顔を見ていません、とはいかないだろう。

「そうだな……俺が休みの日にしよう、一人で行かせたくない」

 挨拶くらい一人でできるのだが、アルフラッドに譲るつもりはないらしい。

「あの男のことだ、どんな暴言を吐くかわからないからな」

「傷のことなら……言われても当然だと思いますけれど」

「当然だなんて思わなくていい」

 きっぱり断言されて、他にも色々言いそうだからとつけ加えられる。

 ブーカ男爵家は、それなりに歴史はある家だが、クレーモンス伯爵家には及ばないし、爵位も上がっていない。

 みずからの血筋に自負のある前領主は、きっとそのあたりに文句をつけるとアルフラッドの判断だ。

「きっとノウは、罵倒されるのに慣れているから、と思っているんだろうが、そんなのは慣れていいものじゃない」

 まさに考えていたことを当てられて、謝りかけるが踏みとどまる。

「ノウをけなされるなんて許せない。絶対に一緒に行くからな」

「……はい、ありがとうございます」

 父親に対してそこまで、と窘めるべきかもしれないが、それより嬉しさが勝ってしまった。

「……ああ、話しすぎたな、ノウの訓練も毎日の予定だから、もう眠るといい」

 眠そうにまばたきを繰り返していたのを気づかれたらしく、申しわけなさそうに告げられた。

 正直、一晩でたくさんのことがありすぎて、処理が追いつかなくなりそうだ。

 できるなら紙にでも書いてまとめたいところだが、心地よい寝台から抜ける元気は出そうにない。

 なにより、穏やかに見つめてくれるアルフラッドを見ていると、どんどん眠気が強くなってしまって──

「お休み…なさい、ませ……」

「ああ、お休み」

 それでもなんとか、と挨拶を口にして、今はこのまま眠ることにした。

 来週は忙しくなるので、多分また一回更新です……申しわけないです。

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