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失言と温もり

「な、なんのこと、でしょうか」

 両思い、というのは、双方が同じ感情を持っているという意味だ。

 つまりアルフラッドと、自分が、ということで。

 問いかけるノウに、彼は不思議そうにしたあと、なるほど、と呟いた。

「気づいていなかったんだな? さっき自分で言っただろう」

「わたしが?」

 順番に記憶をたどり、アルフラッドとの会話を思い出す。

 ──ひとつずつもどっていって、ぴたりと硬直した。

 その様子に、思い出したみたいだな、という声が響いてくる。

 たしかに、あまりにも驚いて咄嗟に口走っていた。

『わたしがフラッド様を好きになるのは当然でも』──と。

 挙動不審になったこともばれているので、今さら忘れたふりもできそうにない。

「気を許してくれているのはわかっていたが、そう想っていてくれたのは嬉しいな」

 にこにこと笑うアルフラッドに、ノウは観念して、だって、と呟いた。

「好きにならないほうが……難しいと思います」

「そうか? わりと気が利かない自覚はあるんだが」

「そんなこと……ないです」

 物語の王子様ではないかもしれないが、ノウには十二分に魅力的だ。

 誰だって彼ときちんとむきあえば、そう思うに違いない。

「優しいですし、盗賊に襲われて守ってくれた時は、とても強くて格好よかったですし、苦手だと仰っていても、仕事を真面目にされていますし……」

「大分照れくさいから、そのへんでやめてくれ。……だが、それなら遠慮なく、俺と恋人同士になってほしいな」

 必死に言いつのったら困る提案が出されてしまう。

 お互いのことを想っているのであれば、ごく自然ななりゆきではあるのだが、とてもうなずくことはできない。

「む……無理、です」

 だからぶんぶん首をふると、あからさまに落胆されて、先ほどとは別の意味で胸が痛む。

「だって、やっぱり信じられませんし、それに……」

 いったん言葉を切って、次の言葉を考える。

 アルフラッドの言葉は嬉しい、──けれど。

「書類上ならともかく、本当の夫婦になるとなったら……子供を産まなければ、なりませんよね」

 見せかけの関係なら必要ないと言われたから、条件を呑んだのだ。

 だが、正式な夫婦になるなら、跡継ぎを産むという、貴族にとって当たり前の義務が発生する。

 しかしノウは、アルフラッドに肌を晒す気にはなれない。

「わたしは……こんな醜い姿を、見せられません……」

 無意識に左側をかばいながら、視線を落として呻くように呟いた。

「──軍にいたころ『北の大崩落』の援軍に行ったことがある」

 ややあってアルフラッドが突然喋りはじめたのは、ノウも記憶している大事故の名前だ。

 北部にある有名な炭鉱で起きた、大規模な崩落事故。

 何十人もの作業員が閉じこめられてしまい、救助にあちこちから人員が派遣された。

 大きな坑道で、中には緊急用の食料もあったので、助かる可能性があるということでとにかく人出を、となったのだ。

 その結果、かなりの人数を救うことに成功し、大きな災害にしては被害者の数は少なかった。

「だが、怪我人がいなかったわけでも、死者がなかったわけでもない」

 近場にいた彼は、早い段階で現地入りし、救助活動に専念していた。

 だから、被害者を何人も見ることになった。

「それ以外の仕事でも……少ないとはいえ、まあ、色々と」

 言葉を濁して具体的なことは言わなかったが、沈んだ声の調子から、惨状を予想するのは容易だった。

 時折耳にする事件でも、残虐なものはあった。

 別世界の話だと聞いていたが、アルフラッドはその現場にいたのだろう。

 隣国との小競り合いにも参加しただろうし、噂の熊退治だって、無傷ですんだとは考えにくい。

「だからノウの傷を見て、それを理由に遠ざけることはしない」

「……それも、信じられません。だって……気味が悪いと、言われました、から」

 かつての記憶が蘇って、細い声で訴えると、ふっとアルフラッドの顔が上がった。

 じっと金色の瞳で見つめられて、どういうことだ? と問いかけられる。

 ──あれは、ノウが社交界にデビューしてすぐのころだった。

 父親に連れて行かれた邸は、結婚相手の家だった。

 そのころはまだ世間体を気にしていたので、相手は年上ではあったが、親子までは離れていなかった。

 親と本人たちが同意しているので、という建前で、婚約していないが訪れたのだ。

 拒否権などなかったので、その場に至るまで相手のことも知らなかったし、なにを言っても無駄なので、ひたすらおとなしくしていた。

 しばらくして適当な理由のもとに二人きりにさせられて、相手の男が急に襲いかかってきた。

 結婚するのだから「味見」してもいいだろう、と笑いながら。

 力で敵うはずもなく、助けを呼ぼうにも相手の邸だし、恐怖で声も出なかった。

 ソファに押し倒されてドレスを脱がされて──直後、相手が飛び退いた。

 ──「なんて気持ちの悪い傷痕だ!」と叫んで。

 こんなに酷いなんて聞いていない、と男は憤慨し、縁談はなかったことにされた。

 その当時は父にひどく罵倒されたものだ。毎日呼びだされて同じことを繰り返し責められた。

 結婚する前に手を出すことを許したのは、他ならぬ父だというのにだ。

 その後二人ほど同じようなことがあり、二度ともノウの傷を見て破談になった。

 父としても傷が見える行為はさせたくなかったようだが、相手は格上だったし、結婚前に確認したいと言われれば、断りにくい。

 その後は痕を結婚まで晒さずにすむよう老人を探したり、特殊な性癖を探したり──していたところでアルフラッドに出会ったわけだ。

「……ですから、信じたくても信じられません……」

 傷を見せた相手は全員、同じように眉をひそめて疎んだのだ。

 アルフラッドの言葉を疑いたくはないが、信用することもできない。

 かといって、見せる勇気も出てはこない。

 アルフラッドが今までの者のように拒絶するとは思いたくないが、もしそうなったら立ち直れる気がしないからだ。

 だが、見せないままでは本当の夫婦にはならないだろう。

 結局どうしようもなくて、ただノウが確実に示せるのは、自分が妻に相応しくないということだけだ。

「そんな目に遭っていたなんて……恐い思いをしただろう」

 だが、うつむくノウの耳にまず入ってきたのは、予想と違ういたわりだった。

 そっと伸びてきた手が、いつものように頭をなでてくる。

 それから、少し強引に身体を引かれて、気づけば抱きしめられていた。

 突然のことに驚いたものの、嫌だとは思えない。

 旅の後半はずっと膝を借りていたこともあり、嗅ぎ慣れた香水の匂いに安心すらしてしまう。

 そこにわずかに混じるラベンダーの香りは、彼がノウの渡した匂い袋をまだ使っているなによりの証拠だ。

「やっておいてなんだが……その、嫌じゃないか?」

 なんのことかと一瞬首をかしげたが、許可も得ずに抱きしめたことだと思い至る。

 だからすぐに、いいえ、と首をふった。

「フラッド様は、無理強いはしないと……それは、信じていますから」

 今までだって、何度も機会はあったが、彼は決して必要以上に踏みこまなかった。

 万一にも傷を見ないように、最大限配慮もしてくれた。

 彼の誠意に応えたいが、小心な自分はそれができない。

 けれど腕の中から出たくないとも願ってしまう。

 なんて都合がいいんだろうと、自嘲したくなってくる。

 アルフラッドはほっと息を吐くと、なだめるように背をなでた。

「前にも言ったが、俺は子供はいなくてもいいと考えてる。あの男の血なんて絶えてもいい、と」

「はい、覚えています」

 血筋を残さないことが復讐だと、かつてのパーティーを思い出す。

 遠縁の者はいるから、完全になくすことは不可能だが、それでも。

「だから、そういうことをしなくても、夫婦と名乗っていいと思うんだが……納得はできないか?」

「……傷を見せずに夫婦と名乗るのはおこがましいですし、でも、見せることは……」

 どうにもならない問題に、じわりを涙が浮かびかけて、慌てて力を入れる。

 自分勝手なことを述べているのに泣くなんて、都合がよすぎて自分でも嫌だった。

「だが俺は、君を手放すつもりはない。お互いに憎からず想っているなら、絶対に」

 きっぱりと宣言するアルフラッドに、同じように返せればどれだけいいだろう。

 うじうじと悩む己が情けなくて、我慢した涙があふれそうになる。

 た、多分あと一話で夜は終わるはずです……

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