信じられない告白
意外な言葉に驚きすぎて、硬直したまま動けなくなってしまう。
ついには心配したアルフラッドが近づいてきたところで、ようやく我に返る。
思わず後ずさりしてしまい、棚が背中に当たったが、それどころではない。
「あ、の……」
冗談ですよね──と口にしかけたが、今まで彼が自分に偽りを告げたことはない。
だのにそう言ってしまうのは、とても失礼なことではないだろうか。
なんとか動きだした頭を回転させて、言葉を反芻する。
──彼はたしかに好き、と言った。
それで混乱してしまったが、よく考えてみれば、好きの意味にも色々ある。
恋愛感情だけではなく、親愛や敬愛や──
「……多分、誤解しそうだから念を押しておくぞ」
家族愛かなにかだと閃く前に、目の前の彼が口を開く。
「恋愛の意味で、俺が、ノウを好きだという話だ」
「────」
また言葉が出なくなってしまった。
しかも、ノウが内容をとりちがえないようにと、しっかり説明までついてきた。
こうなると、聞き間違えでも、勘違いでもないらしい。
アルフラッドは、自分を──恋愛的な意味で、好き。
ようやくできたフレーズは、しかし、とてもはいそうですか、と納得できるものではない。
「……とりあえず、立ったままでは駄目だな、すわらないか?」
そういえば服を見せてからずっとそのままだ。
気が回らず、それすら自覚していなかった。
促されてすわろうとすると、今夜はソファを薦められた。
アルフラッドはというと、ちょっと待っていてくれと言い置いて彼の自室へ消え、すぐにもどってきた。
手にはなにか、小さなものを抱えている。
そして、いつも酒を置いている机の前に椅子を持ってきて腰かけた。
「気付けの酒……はよくないかもしれないから、こんなものだが」
隣から持ってきたのはグラスだったらしい。注いでくれたのは炭酸水のようだ。
近くでとれる水らしく、時折食卓にも出ているので覚えがある。
酒と割って飲む者もいるからと、炭酸水も水も用意してあるらしい。
いつのまにか喉がカラカラだったので、ありがたくいただくことにした。
一息で空っぽにして、ふと、グラスに模様がついているのが目に入った。
そこには、綺麗な花がいくつか彫られていた。
普段彼が飲む時は、飾り気のないロックグラスだった。
わざわざ自室にもどり、これを選んできてくれたのだ。
いつか一緒に飲む時にと、あらかじめ見繕っていたことまではノウには気づけないが、こんな時でもさりげなく、けれど嬉しくなることをしてくれる。
やっぱり好きだと自覚するが、今は自身の気持ちではなく、アルフラッドのほうだ。
「……あの、どうしても……信じられないです」
アルフラッドの言葉を嘘だと断じたくはないので、あくまでノウの心境を訴える。
悩んだ末に絞りだしたが、アルフラッドは怒ることなくそうだろうな、とうなずいた。
「まだ言うつもりはなかった。だが、それではノウが遠慮してばかりだからな」
今まで苦労した分、ノウにはのびのびしてほしい、と常々言っているし思っているのに、そうできないのでは意味がない。
なら、受け入れていい理由を明示したほうがいいだろう、と判断したわけだ。
あまりにも己を卑下するノウを見ていられなくて、というアルフラッドの勝手な感情もあるのだが。
「予想どおり信じてもらえないのは……少々堪えるが」
苦笑いをされて、咄嗟に謝りかけるがふみとどまる。
「だって……わたしがフラッド様を好きになるのは当然でも、逆なんて……」
見た目もよくて、優しくて、強くて。
いや、先に容姿に惹かれたわけではないが、今となってはその外見もとても好きになったから、外すわけにもいかない。
自分を救ってくれたアルフラッドのことは、日に日に好きになるばかりだ。
だが、自分はといえば、気遣ってもらっているとはいえ、まったく役に立っていない。
よくしてくれるのに、なんの得にもなっていないのだ。
家族からも役立たずと罵られ、引き合わされた結婚相手からは傷などを理由に拒絶された。
ノウにはどうしたって、自身に価値があるとは思えない。
そんなノウを好きになったと告げられても、信じられるはずがない。
「都ではそんなこと、仰っていませんでしたし」
あくまで守りたいからだと理由を述べていたはずだ。
「たしかに最初はそうだったが、気持ちは変わるものだろう?」
それは、ノウも同じだが、ここでうなずくわけにはいかない。
書類上とはいえノウを救うために結婚までしたのだ、はじめから好感情であったことは間違いない。
「大変な旅にも弱音を吐かず、テムたちにも丁寧に接して……まず、そういうのが段々積み重なっていった」
「それは……どれも当然のことでは」
ノウにとっては不思議でもなんでもないが、アルフラッドには十分な好印象だったらしい。
彼だけではなく、旅をした面々も同意見だったという。
たしかに両親であれば、カーツたちにもっと高圧的だっただろうが、その程度で? という思いは消えない。
「俺の話もよく聞いてくれて、領地についてからは、毎日見送りと出迎えをしてくれる。惚れるのも無理はないと思わないか?」
惚れる、かどうかはわからないが、好意を持つのは理解できる。
自分だって同じようなものなのだから。
「でも……それは、誰でもできることです」
なんら特別なことはしていない、ごく普通の行動だ。
ノウでなくたって、アルフラッドが相手なら、できるだけ顔を合わせたいと考えるに違いない。
それによって親愛の情が湧くと言われれば、まだ信じられるが、恋愛感情は納得できない。
「たしかに、やっていることは誰でもできるな」
あっさりと頷かれて、少しだけ傷つくも、そうでしょう、と同意する。
「──だが、実際そうなったのは、ノウ、君だけだ」
金色の瞳にまっすぐ見つめられて、息が詰まる。
「都で俺はずいぶん声をかけられたが……どれもろくなものじゃなかった」
滅多に都に上がってこない、辺境の伯爵。
しかも爵位を継いだばかりの若い青年で、半分は庶民。
軍に所属していて施政者としてはまだまだ──
そんな情報から、アルフラッドに挨拶しにきた者は、興味半分がほとんどだったという。
近くの領地の貴族たち数人は、面識もあり友好な関係を築いていたが、それ以外はほぼ初対面。
前領主を知っている者たちは面白がって見物にやってきた。
ある者は、うまくとりこめないかと話しかけてきた。
未婚の娘を持つ者は、娘をあてがいあわよくば……という魂胆が透けて見えた。
当の娘はアルフラッドの見た目は気に入ったことが多かったが、会話をすると長続きしない。
なぜなら、ほとんどの貴族は自分のことを「下」に見ていたからだ。
それは出自もあったし、彼自身が軍に所属していたからだろう。
貴族にとって彼らは使役する存在であって、決して同列にはならない。
貴族の息子が所属する騎士団なら別だが、彼が所属していたのは一般人も多く在籍していた場所だ。
パーティーで会った時、動物園の見世物気分だと愚痴っていた。
だがノウは、そこまで低く見られていたとは知らなかった。
「令嬢のほうも、自分が結婚してあげるんだからありがたく思え、とか、そんな調子だったな」
実はずいぶん苦労していたらしい、道理で毎回ノウと一緒に抜けだしていたわけだ。
喋る内容は宝石だのなんだののことばかり。合わないのも無理はない。
「──俺は、運命なんてものは信じない」
きっぱりとアルフラッドは言う。
それは彼自身の生まれや、母のことを考えれば当然だろう。
「だが、なるべくしてなることはある。ノウに会って、それから過ごした日々は、他の誰かとでもできた──だが、実際そうなったのはノウだけだ。それは十分、理由になるだろう?」
たとえば最初の夜会で会わなければ。
そのあと会話を続けなければ。
どこかひとつでも起きなければ、今には至らなかった。
そうやって積み重なったからの感情なのだと説明されると、誰でもよかったとはもう言えない。
けれど、自分がその対象になっているとは、やはりすぐには信じられない。
「でも──それでも、この先、もっといいかたと出会えるかもしれませんし……」
我ながら胸に痛いが、偽らざる本心でもある。
都ではさんざんだったようだが、長くつきあっていけば、アルフラッドが好人物であることはすぐにわかる。
クレーモンスの土地だって、遠いことはどうしようもないが、街は整備されているし、決して田舎なだけではない。
「今、俺が好きなのはノウであることは変わらない」
何度も言われると、とても恥ずかしいのでやめてほしい。
だが、嬉しくもあるので、口には出せずに黙りこくってしまう。
一体どうすればこの会話を終わらせられるのか、ノウにはさっぱりわからない。
いや、眠いとか疲れたとか言えばいったんは解散になるだろうが、事態の解決には至らない。
アルフラッドはノウが告白を受けいれられないだろうこともわかっていたようだから、八方ふさがりだ。
どうしたものかとうろたえていると、しかし、とアルフラッドが呟いた。
様子を窺うと、なぜか彼は妙に嬉しそうな顔をしていて。
「早まったと思ったが、両思いだったんだな」
本日二度目のとんでもない発言が飛びだした。