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お茶会

「いらっしゃい、ノウ、よくきてくれたわね」

 ──二日後、ノウはエリジャの屋敷にいた。

 急いで手紙を書いて出したおかげで、その日の午後には、エリジャからお茶会への誘いがきてくれた。

 使用人たちのおかげで、今は自分のもとへくる手紙を問題なく読めるが、以前は両親に検分された。

 そのため、エリジャは手紙には迂闊なことはなにも書かない。

 両親も公爵令嬢である彼女には媚びを売っておきたいところなので、お茶会に行くことは咎められずにすむ。

「すみません、エリジャ様、無理なお願いを聞いていただいて……」

 深々と頭を下げると、いいのよ、と即座に言われる。

「お兄様のこともあるし、ちょうどよかったから、気にしないで」

 彼女の兄は、エリジャと仲のいい令嬢と恋仲になっている。

 けれど娘の父親とは、派閥が異なるため、すぐに結婚とはいかない事情があるのだ。

 そのため、お茶会に彼女を呼び、兄との逢瀬の時間をつくってやっている。

「でも、あなたからお茶会に呼んでほしいなんて、珍しいわね、なにがあったの?」

 天気もいいしということで、外の東屋でのお茶会だ。

 エリジャみずからあれこれ世話を焼きながら、心配げに見つめられる。

「ええと……クレーモンス伯の話を、聞きたくて」

 両親となにかあったのではないかと気にする令嬢たちに、慌てて伝える。

 なにせ、自分一人では情報が足りない。

 それにあのあと噂になっていないかも気がかりだ。

 だから、両親に知られぬよう、自分から茶会に誘ってほしい、と手紙をしたためたのだ。

「クレーモンス伯?」

 意外だったのだろう、皆一様に首をかしげてみせた。

 先日の夜会でノウは興味ない様子だったのだから、当然だろう。

 そのあとに起きたできごとは、また伝えていないのだし。

「伯爵と言えば……そうそう、あの夜会の日、しばらく姿が見えなくなったのよね」

 口を開いたのは、特にゴシップ好きな令嬢だ。

 その話に、他の令嬢も顔を近づけ、意味もなく声をひそめていく。

「どうも、庭で凄い美人と話しこんでいたらしいの! 誰だったのかはわかっていないのだけど……」

「私も聞きましたわ、お相手はよく見えなかったとか……どなたなんでしょう?」

 ノウは、ひぇ、と喉元まで出た悲鳴をどうにか飲みこんだ。

 それはどう考えても自分のことだ、いや、まったく美人ではないのだが、暗がりで見えなかったからだろう。

 近づいてくる者はいなかったから、遠目に見て、美人だと勝手に判断したと思われる。

 ノウのせいでどうこうはないようで安心したものの、これはこれで事実が知れたら恐ろしい。

 伯爵を狙っている女性も出てきているだろう、それが父と懇意にしている貴族であれば、厄介なことこの上ない。

 ただ、お茶会にきている令嬢は多くないし、皆ノウの味方で信用のおける者ばかりだ。

 だからノウは、深呼吸をしてから、実は……と先日の顛末を話すことにした。

「──それでわたくしの控え室にいなかったのね」

 給仕の者から聞いて心配していたとエリジャに言われ、そこは申しわけなく思う。

 他の令嬢たちは、実際の彼の中味を聞いて興味津々といった様子だ。

「今後も変な噂が立たないよう、気をつけようとは思うのですが……」

 歯切れ悪く呟いたからか、気遣わしげに見つめられる。

「なにか無理強いをされましたの?」

「あ、いいえ、違うんです、むしろ……逆で」

 令嬢の言葉に慌てて首をふり、吐息に混ぜるように小さく告白する。

 ──そう、正直に言えば、嬉しかったのだ。

 傷のことを気にせず、身分も違うのに、対等に接してくれたことが。

 自分の言葉にきちんと耳を傾けてくれたことが。

 おかげで、今までいかに、そういうことに飢えていたかを実感してしまった。

 エリジャたちもノウの話を聞いてくれるし、対等に扱ってくれる存在だ。

 彼女たちと比べるつもりは微塵もないし、それを低く見ているわけでもない。

 だが、ノウが知る貴族の男性は、皆彼女への扱いは素っ気ないもので、まるで自分がいないもののように感じられることもあった。

 エリジャたちの兄弟は紳士だが、それは彼女たちとの友情という土台が存在するからだ。

 まっさらの自分に対して、偏見なく、というのははじめてだった。

 どう喋っていいか悩むのも、また会って今度こそ自分と一緒だったと知れて、評判が落ちたらという不安もあるけれど。

「それでも……また、お話できたらと、望んでしまう自分もいて」

 懺悔のようにか細く語られる言葉に、エリジャたちはしばらく声をかけられなかった。

 うつむくノウに知られないよう、そっと目配せをかわしあう。

「わたくしたちは応援するわ。話したいなら、そうできるなら、そうすべきよ」

「ええ、私たちも、もちろん応援しますわ!」

 力強い言葉に、ノウは思わず涙ぐむ。

 なんとか泣かないように耐えながら、ありがとうございます、と礼を口にした。

 ──エリジャたちは、ノウがよい娘だとよく知っている。

 たしかに傷跡はあるが、そのほかの部分を見れば、結婚相手として不足がないとも思っている。

 しかし同時に、それだけではどうしようもないことも、同じ立場であるから理解している。

 わかっていても手を伸ばすことはできなくて、歯がゆい思いをしているのだ。

 ノウは学園に通っていなかったために、同世代の男性と親しくする機会がないまますぎてしまった。

 気立てのよい青年たちは、ほとんどが学園で良縁を見つけてしまっている。

 おまけに、彼女が社交界にデビューしたのは一般的な年齢より大分遅かった。

 両親は体調のためだと口にしていたが、かかる費用を削ろうとしたのだと、彼女たちは知っている。

 それと、わざと遅くして、ちょうどいい相手がすべて婚約してしまうのを待っていたのだろうとも。

 彼らの企みは的中し、ノウが社交界デビューした時には、年の合う者はほとんどが婚約ずみという状態になってしまった。

 パーティー会場で行われる少しの会話だけで、彼女のひととなりを知ることは難しい。

 普通は見合いとなるのだが、それは両親がうまく断ってしまう。

 しかも、未婚の彼女は両親の許可なく会話するのもままならないし、体調のこともあってなおさらだ。

 結果、彼女は両親の目論見どおり、結婚相手を見つけられないまま今に至っている。

 ここで少し応援しようとも、彼女に対して直接できることはほとんどない。

 それでも、なにも望まなかったノウが願いを言ったのだから、できるだけ叶えたかった。

 エリジャたちは次の夜会での助力を約束し、しかしそれ以上は彼女が萎縮するからと、あとは再び娘らしい会話にもどるのだった。

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