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新しい宝物

「午後は領地の収支を見せてもらったりしました」

 すっかり恒例の報告だが、ノウの声は少し明るい。

 やっと手伝いができたので嬉しくなったのだ。

 まだ練習ということで、過去の収支だが、それでも勉強になる。

 実家とは桁違いの規模だから、少しでも計算を間違えれば大変なことになる。

 緊張するが、ちゃんとできれば役に立てる。

 恩返しができると思うと、やる気が出るというものだ。

 そうすれば少しは、ここにいても許される気がしてくるし、アルフラッドのためにも、なにかしら便利な存在でありたい。

 夢中で喋っていたノウは、アルフラッドが複雑な表情をしていたのに気づかなかった。

「それと、庭をつくるって?」

 意図的な話題そらしだったが、ノウは素直にはい、とうなずく。

 ジェレミアは興味がないが、領主の館が殺風景というのもよろしくない。

 ノウが庭をつくるならちょうどいいだろう、とあっさり決まってしまったのだ。

 庭師は熟練者がたくさんいるので、こんな感じ、と大雑把な希望を伝えるだけでもいいと言われたので、いくらか気は楽だが、なにせ未経験だ。

 ただ、あちこちで庭は見ているので、なんとなくの雰囲気はわかると思う。

 過去に邸でつくられた東屋や、花壇の図などもいくらか残っているというので、明日以降それを見たりして、決めていくつもりだ。

「乾燥させることを考えると、白い花より色のあるほうがいいので、そういうのをたくさん植えられたらと思うのですけれど……」

 見た目重視でなくなるので、反対されないか不安ではある。

 だが、アルフラッドはいいんじゃないか、と賛成してくれた。

「希望を言うだけでも庭師は喜ぶと思うぞ」

 あきらめた表情で、草むしりばかりです、とぼやいていたからと告げられた。

 申しわけないので一角は好きにさせているが、それでも不満らしい。

 丹精を込めて喜んでもらってこそと力説されたのだという。

 ノウ自身もこれという庭があるわけではないが、できるなら本で見たような、綺麗なものをつくってみたい。

 資料を見つけたら一緒に見ようと誘われて、俄然やる気が出てきた。

 だが、今日はそれ以外にも言っておかなければならないことがある。

「それと……あの、またドレスが増えてしまって……」

 申しわけなさそうに身を縮めて申告したのだが、アルフラッドはそんなことか、と気にしなくていいと断言した。

 とはいうものの、今回のドレスはものがものだ。

 今日持ってきたドレスは、すべて首周りが空いたもので、先日言っていた練習用だ。

 従って、人前で着ることは今のところない。

 それなのに何枚も買ってしまったので、勿体ないという気持ちが消えないのだ。

 迂闊な失言のせいで、と反省しきりのノウの前に、不意に小さな箱が現れた。

「これを」

 アルフラッドの大きな手の上だと、とても小さく見えてしまう。

 おずおずと受けとると、綺麗に包装されたそれは見た目どおり軽かった。

 開けていいか問えば勿論と返されたので、かわいらしい青いリボンをほどき、注意深く紙を開けていく。

 その様子に、アルフラッドは丁寧だなと感心していた。

 中には紙箱が入っていて、それを開くと、入っていたのはネックレスだった。

 美しい青い石のまわりを、透明な小粒の石が囲っている。

 だがぐるりと囲うのではなく、花びらのように絡む感じになっていてかわいらしい。

「昼間デザイナーの店に行って、とどけたドレスに合いそうなのを選んだんだ」

「フラッド様が、ですか?」

 驚いた声を出してしまい、すみません、と謝る。いくらなんでも失礼だった。

 だが、礼服にも興味がないと断言していたのに、まさかアクセサリーを選んでくれるとは思わなかったのだ。

 アルフラッドは苦笑して、妻帯者の先達のおかげだ、と種明かしをしてくれた。

 後押しを受けて店に行き、いくつか候補を出された中からこれを選んだのだという。

「少しは着る時に気が楽になるだろうと言われたんだが……どうだろう?」

 ……そんなふうに言われたら、ますます好きになってしまう。

 どころか、彼のほうも少しはなんて、身の程知らずにも考えてしまいそうだ。

 決して安くはないものだし、申しわけない心もある。

 だが、アルフラッドが自分のためにわざわざ選んでくれたという事実は、飛びあがるほど嬉しいものだ。

「あの……時間は遅いですけれど、着替えてきてもいいですか」

 もう寝る支度を整えてしまったが、どうしてもこれを身につけたかった。

「ああ、勿論。無理強いはしないが、見せてくれると嬉しい」

 快諾されたので、ノウは小走りに自室へもどり、衣装棚を開ける。

 今日持ってきてもらった練習用のドレスは、どれも薄い色で、白や青が多かった。

 だからこそ、ネックレスも青を薦めてきたのだろう。

 夏らしく、襟などが一部透けたドレスを抜きだすと、急いで着替えていく。

 鏡の前に立つと、首を晒す自分の姿が写っている。

 こんな格好を見ることは滅多にないから、傷痕は見えていないものの、やはり心細い。

 だが、そこにアルフラッドからもらったネックレスをつけると、少しだけ息ができる気がした。

 心臓はうるさいほど鳴っているし、てのひらにじんわりと汗もかいている。

 扉に近づけばちかづくほど、その症状はひどくなったが、彼は見たいと言ってくれた。

 お世辞でも社交辞令でも、請われたからには応えたい。

 できれば薄く化粧をして髪もどうかしたかったが、ノウ一人で短時間にはできないので、あきらめる。

 深呼吸をしてから、おそるおそるドアを開けると、アルフラッドが立ちあがって近づいてきた。

「ど……どう、でしょうか……」

 とても顔を直視できず、うつむきがちになってしまう。

 なにか言われたらすぐ取って返せるようにと、ドアから半歩も動かないままだ。

 ぎゅ、とドアの縁を握る手に力が入ってしまう。

 ──と、ふわりと頭をなでられた。

 躊躇しながら顔を上げると、穏やかに微笑む姿が視界に広がって、かっと頬が熱くなる。

「うん、似合ってると思うぞ」

 おまけにそんなことまで言われてしまって。

 赤面しているのは隠しようもないだろうが、幸いアルフラッドはからかうこともせず、どころか嬉しそうだ。

「あ、ありがとうございます……」

 か細い声で礼を告げるのが精一杯だ。

 動悸もおさまらないが、緊張なのか恥ずかしさなのか、もはやよくわからない。

 だが、アルフラッドはそんなノウの様子を別の意味にとらえたらしい。

 金色の目が心配げに細められ、熱でも計ろうというのか、身をかがめて顔を近づけてきた。

 整った顔が目前に迫り、もともと赤面していたのが、さらに赤くなる気がした。

「俺が見たいと無理を言ったせいだな、すまない」

「い、いえ、緊張しているだけなので……」

「そうか? だが……」

「だ、大丈夫です、けれど、着替えてきます!」

 謝らせたいわけではないが、誤解を解くには恋心を打ち明けねばならない。

 そんなことはできないから、とにかく慣れない格好で恥ずかしいからだと押し通す。

 逃げるように自室にもどると、置いておいた夜着を再び身につけていく。

 ネックレスは少し悩んだが、とりあえず外しておく。

 シャツの下なら隠れてしまうが、価格的に傷でもつけたら大変なことになる。

 着替えているうちに気持ちも落ちついたので、寝室にもどったノウは、改めてアルフラッドに礼を述べた。

「本当にありがとうございます、練習……頑張りますね」

 人前に出るのは難しそうだが、ネックレスがあれば少しは早まりそうな気がする。

 何度も礼を口にするノウに、アルフラッドは苦笑しながら、そのたび無理しない程度に、と告げてきた。

 ひとまず箱に入れ直すと、ベッドのそばに大切に置く。

 身につけることはしなくても、できるだけ近くに持っていたい。

 そこには、旅の間にもらったスカーフも飾ってある。

 大切な宝物が増えて、恐縮に思う気持ちは捨てきれないが、それ以上に嬉しくて。

 明日からも仕事を教えてもらって恩返ししようと何度目かの決意をしながら、眠りについた。

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