選んだドレス
「今日はなにがあったんだ? たしか、デザイナーがくるとか言っていたが」
夜、眠る前、すっかり恒例になった時間。
来客がある時はアルフラッドにも知らされるので、ユニがきたことは知っている。
だが、具体的になにをしていたかまでは聞いていない。
問われたノウは、自室から持ってきた紙をさしだした。
「ドレスのデザイン画を持ってきてくださいました」
はじめは普段着だけのつもりだったが、夜会服の画も持ってきたので、なんだかんだのうちに仕立てることになった。
ノウは遠慮しようとしたが、ジェレミアが乗り気だったので断り切れなかったのだ。
とはいえ、はじめから何枚もつくってもということで、数は少ないのだが。
仕立てることになったデザイン画だけ、アルフラッドに見せるためにもらっておいた。
「よしあしはよくわからないが、ずいぶんいろんな色だな」
ぱらぱらと最初の数枚をめくったアルフラッドの感想は、そんなものだった。
ここで細部の装飾やらについて言われれば、逆に驚いてしまうのだが、ともかく。
「好きな色で、と言われても浮かばなかったので……」
ノウの説明に、なるほど、と返ってくる。
そこで思い切って言葉を続けた。
「フラッド様の意見を聞かずに進めてしまって、その、」
「ああ、構わないぞ」
すみません、と口にする前に遮られた。
夫婦同伴で公的な場に出る時は、お互いの衣装の色やデザインを合わせる必要がある。
そうでなければ失笑を買うし、不仲だと噂されたりといいことがないからだ。
だからノウとしては、アルフラッドに相談してからと思ったのだが、二人とも必要ないと切り捨ててしまった。
「こういう時は女性を優先すべきだろう?」
笑ってそう言う姿は、気を悪くした様子もない。
「男の服なんて大差ないし、着られれば俺はなんでもいいからな。どうせさんざん俺の文句を言ってただろう?」
断定的に問いかけられて、困惑しつつ事実なのでうなずいてしまう。
──というのも、アルフラッドは必要最低限の礼服しか持っていないという。
都に出る時にしょうがなくあつらえた程度で、絶対数が少ない状態だ。
ちなみに、伯爵位を継いだ際に身につけた礼服は、父親の意向が盛りこまれたもので、つまりアルフラッドには大変不服だったらしい。
仕立てたのはユニではなく、父お抱えのデザイナーだった。
採寸をした後、あんなのは嫌だ、と言われたユニは、彼の要求どおりの礼服を仕立てた。
派手な装飾はいらない、色も地味で、有事の際に動きやすいもの、というのが彼からの注文でした、とユニは苦笑いしていた。
ノウとは別の意味で、デザイナー泣かせの発言だ。
たしかに、都で会った時も黒っぽい色ばかりだったと思い出す。
装飾もごてごてしたものはなかったが、代わりに刺繍などにこだわっていて、本人の見た目と相まって、質実剛健なよさがあった。
そのまま全力疾走もできるらしく、できばえには満足しているそうだが、たくさん仕立てる必要はない、と断っていたらしい。
ということで、ノウの夜会服に合わせて、何枚か勝手に仕立てることになったわけだ。
「今後、ノウがいいと思ったら、気にせず仕立てていいからな」
掛け値なしの本音なのだろうが、こちらがなにを着ても関心がないと宣言されているように聞こえてしまう。
いや、仮の夫婦なのだし実際そうなのだろうが、恋心を自覚した今となっては、できれば彼の好みに合わせて、少しでも好印象を持ってほしくなる。
こんな自分がなにを着ても、ドレスに負けてしまうだろうが、それでも少しは似合うとか、感じてほしいと願ってしまうのだ。
だが、正直に告げることなどできるはずもなく、ノウは曖昧に返事をすることしかできなかった。
アルフラッドにしてみれば、デザイナーの腕は信用しているので、ノウに合ったものを第一にと考えての言葉だったのだが、ノウにはそこまで伝わらない。
言葉をなくしたノウに気づかず、アルフラッドは紙をめくっていたのだが、最後の一枚が引っかかった。
「……このドレスもつくるのか?」
そこに描かれたドレスは、いわゆる夜会服の仕様にのっとったもので、首周りが空いたものになっている。
──つまり、ノウなら絶対に選ばないデザインだ。
まさか強要されたわけはないだろうが、と心配になり様子を窺うと、ノウは恥ずかしそうに視線をさまよわせた。
「はい、色も、つくりも、とても素敵で……目が離せなくて」
色はエメラルドグリーンを基調にしたもので、派手な装飾はないが、共布でレースやピンタックをつけてある。
ノウの年齢を考えてだろう、フリルの多いものだが、甘すぎず幼すぎない印象になっているあたりは流石だった。
事前に首の空いたものは着たくないと聞いていたユニだったが、傷があるわけではないなら、と、一応何枚かデザインしたものを持ってきたのだ。
無理強いするつもりはないと再三言って、見るだけでも、と広げられたその一枚に、一目惚れしてしまった。
だが、実際に着る勇気が出るか、と問われれば、自信はなく、見るだけで終わらせようとした。
ところがユニもジェレミアも、それなら仕立てよう、となり、説得むなしく決定してしまったのだ。
「べつにいいんじゃないか? 目の保養も必要だろう」
どう考えても無駄遣いだと恐縮しているノウに対し、アルフラッドはあっけらかんとしている。
「無理はしてほしくないが、前向きに考えられるのはいいことだしな」
そのドレスがクローゼットにあれば、着てみようという気になるかもしれない。
ジェレミアたちもそう諭してきたし、一理あると思ったのと、実際のドレスを見たい欲に負けてうなずいてしまった。
「ただ、練習用にと吊るしの普段着も何枚か追加で注文して……」
人前では無理でも、一人の室内で練習すればいいと、いつのまにか決まっていた。
早速明日持ってくることになっていて、勿論仕立てるドレスよりは安価だが、こんなに一度に買ったことのないノウにとっては、大分キャパオーバーだ。
それでも一般的な貴族令嬢に比べれば少ないし、半数以上が既製品だからささやかなほうだが、身の丈以上な気がして恐縮しきりになってしまう。
だが、アルフラッドは服に興味がなく、ジェレミアは喪服ばかり。
使用人たちがノウのドレスを見て嬉しそうにしているので、彼らの顔を見ると、なんとも言えなくなってしまう。
「お義母様も、とりあえずこんなところね、と仰っていたので、しばらく次はないと安心しているところです」
着るのはノウ一人だし、ジェレミアも際限なく買うわけではない。
ほっとしている彼女にそうだな、とうなずくものの、もう少ししたら冬服を、となるのだろうなと思う。
言えば全力で回避しにかかるだろうから、あとでジェレミアに少しだけ控えるよう頼んでおくことにする。
個人的には都で見たノウのドレスは質こそ悪くなかったが、同情を引くためと費用を削りたかったのだろう、色やデザインは地味なものばかりだった。
傷のために派手なものを嫌がるので、ともっともらしく説明していたが、ノウの意思など一切入っていなかったことは、好きな色すらない様子から明らかだ。
だから様々な色やデザインで仕立てることには賛成だし、数が多くても気にしないのだが、贈りすぎても恐がらせてしまうので、さじ加減が難しい。
純粋にドレスに喜んでほしいのだが、気後れのほうが大きそうだ。
そんな中でこのエメラルドグリーンのドレスだけは、気に入ってくれるようでほっとする。
「わたし、この色はぼんやりしていると思っていましたし、母に嫌われていたので、好きになれなかったのですけれど……」
ぽつぽつと話しながら、ノウはたくさんのデザイン画を大切そうに指でなぞる。
「フラッド様が火口湖の色と同じだと仰ってくれて、少し好きになれそうです」
「……そうか、なら、よかった」
あの湖を美しいと感じたのは本当だし、ノウが自分を卑下しないのはなによりなのだが。
こうして言われると、ジェレミアにあとで嘆かれたとおり、少々情緒には欠けたかもしれない。
アルフラッドは少しだけ反省しつつも、嬉しそうな彼女の姿に、まあいいかと思うのだった。