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出迎えから、夕食へ

 玄関にはジェレミアもいた、あとは使用人が数名ほど。

 くぁ、と欠伸をしているところからして、ノウへの気遣いだけでなく、本当に休んでいたらしい。

 ……そもそも目の前でしていい行動ではないのだが、この邸ではいいのかな、と思ってしまう。

 ほどなくして扉が開き、アルフラッドが姿を現した。

 目の前にいるノウを認めて、少し目を見張り、それから笑ってみせる。

 表情の変化に、胸がどきりと上下する。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「お帰りなさいませ」

 芽生えた狼狽は、二人の挨拶の間に静めることができた。

 アルフラッドはノウに視線を移すと、ごく自然に近づいてくる。

「体調はどうだ?」

 ここで少しでも口ごもれば、きっととても心配するのだろう。

 わかっているからこそ、ノウは苦手な笑顔をつくろうとしながら答えをまとめる。

「大丈夫です、お医者様も問題ないと仰っていましたから」

 そうか、とほっとした顔になったのを見て、こちらも安心する。

「あなたも出迎えてくれるとは、珍しい」

 ジェレミアに対しての言葉に、そうなのか、と胸中で呟く。

 仕事の話もあるし、夕食は前から一緒にとっているのだという。

 だから、わざわざ出迎えなくても顔を合わせる、ということらしい。

「特に暑くなってくると、これくらいの時間に果樹園に行っているしな」

 アルフラッドも毎日出迎えてほしいわけでもないので、このくらいがちょうどいいようだ。

「だからノウも、無理しなくていいぞ」

「はい、でも……お帰りなさいを言うのは、してみたかったので」

 両親はノウに出迎えられることを望んでいなかった。

 むしろ、出てくるなと厳命されていたほどだ。

 使用人が買物などで外出し、帰ってきた時に挨拶することはあったが、その程度で。

 だから、穏やかに行われる挨拶にあこがれがあったのだ。

 アルフラッドはそのあたりを察したのか、そうか、と呟いて頭をなでてきた。

「今日はなにをしていたんだ?」

 夕食までまだ時間があるというので、着替えたアルフラッドに呼ばれ、部屋へお邪魔する。

 構わず入っていいと言われたが、流石にそれは気が引ける。

 一日のできごとを聞かれたので、簡単に説明した。

 勿論、ジェレミアが彼をバカと表現していた部分は伏せながら。

「……そういうわけで、お茶を飲んでのんびりしていたばかりで……」

 仕事をしていたアルフラッドに比べると、恥ずかしくなってしまう。

 けれどそれを聞いた彼は、むしろ嬉しそうだった。

「あのひとはあまり社交をしないんだ、いや、それは俺もなんだが……」

 本当なら領主の妻として、お茶会やらなにやらに出るものだが、ジェレミアは最低限しか行わない。

 子を亡くしてからほとんど参加していないのは理解できるのだが、その前からだったという。

 アルフラッドも、腹の探り合いだけの場など出る気はないが、遠慮なく話せる相手はいるべきだと思っている。

 しかしジェレミアには、友人があまりいないように見える。

 訊ねてくる客人も少ないし、出かけることもあまりない。

 だが、彼自身もここにきて年数が経っていないし、踏みこむのも躊躇っているという。

 たしかに繊細な問題だから、気持ちはよくわかる。

「……あ、でも、デザイナーのかたとは楽しそうに喋っていましたよ」

 思い出して報告すると、少し表情がやわらいだものの、そもそも彼女が来訪したのも久しぶりらしい。

 喪服ばかりを着ているジェレミアは、新しいドレスを注文する機会が極端に少ないからだ。

「ノウがいれば、彼女も呼びやすくなるな」

「それは……でも、ドレスをそんなに仕立てても……」

 ジェレミアのために彼女を呼ぶことに異論はないが、そのためには理由がいる。

「はじめのうちは、嫌でも何度もくるだろう?」

 採寸は終わって、次はデザイン画を持ってくるはずだ。

 そこから色や細部を決めて、仮縫いをして……と、アルフラッドの言うとおり、結構な時間がかかる。

 手の込んだドレスは数枚しかつくらないつもりだし、ノウとしては自分のためにつくってくれたものに、文句を言う気は微塵もないけれど、それではデザイナーも納得しないだろう。

「その合間に、用がなくても呼びたいと頼めばいい」

 いくら軽快なやりとりのできる間柄でも、デザイナーのほうから訪問を希望するのは難しい。

 用件があれば別だが、そうでなければ、身分というものが邪魔をする。

「やってみます……けれど、どちらかが嫌がった時は、そこでやめますね」

「ああ、それで十分だ、ありがとう」

 ジェレミアからもアルフラッドからも頼まれてしまって、なかなか責任重大だ。

 二人とも相手を慮っているのに、直接口には出さないのが少しもどかしい。

 けれど自分がその間に立てるのなら、少しは役に立てる気がする。

 せめて伝書鳩になろうと決めて、夕食の席に臨んだ。


「……そういえば、ノウ、あなた、趣味は?」

 食事がほどほどに進んだところで、ジェレミアに問われた。

「ええと……自分でこれ、というものはないです」

 まわりくどい言い回しになったのはしかたないと思いたい。

「両親はわたしに無駄遣いをさせたくなかったので……」

 かれらによって、対外的にノウの趣味はないことになっていた。

 体調がよくないから、身体で迷惑をかけているから、とそれらしい理由をつけていたのだ。

 ノウの説明に、二人とも一瞬手が止まり無表情になった。

「領主の妻が無趣味というのもだから、なにかあるといいわね」

「そのへんは俺はどうでもいいが、趣味はあったほうがいいと思うぞ」

 余暇を楽しむというのも、貴族にとっては重要なことだ。

 仕事ばかりするのでは、つまらない人間だと評価されてしまう。

 だから両親も、上位貴族にとりいるためとはいえ、造園に力を入れたり、評判になっている店で買物をしたりしていた。

 それらも付け焼き刃ではすぐ悟られるから、きちんと情報を入手する徹底ぶりだった。

 用がなくなった情報は物置に放られていたため、ノウも見ることができた。

 だから、流行している時には知らなくても、知識としてはそれなりにあるはずだ。

「なにか興味のあるものはあるかしら?」

 ジェレミアに問われても、咄嗟には出てこない。

 なにせ、自分から要求することを禁じられていたのだ。

「ちなみに、お義母様の趣味は……?」

 半ば想像できつつ聞いてみると、そうね、と考えこまれる。

「……品種改良かしら」

 出てきた答えは納得のものだったが、一般的とは言いがたい。

 だが、すぐに口をついてくるほど、彼女にとっては大事なことなのだろう。

 参考にはなりづらいが、やはり一度じっくり話を聞いてみたい。

「アルフラッド様は?」

 性別の違いもあるのでさらに参考になりそうにないが、興味が出たので問うてみる。

「鍛錬だろうな」

 こちらも予想しやすいものだった。

 単純な運動から、水泳や乗馬、様々らしい。

「あと、俺のは趣味じゃなく実用だったが、狩りと言っておくこともあるな」

「……ああ……なるほど」

 貴族の狩りはスポーツ感覚で、狙うのも小さな動物ばかりだ。

 狩る場所も人間の手が入った場所であったりするので、危険は少ない。

 アルフラッドがクマを追った状況とは、あまりにも違いすぎるが、狩りという点は一応同じだろう。

 場所によっては害獣の始末も領主の仕事だが、このあたりはそこまで危険な動物はいないらしい。

 山のほうへ行けばいるが、わざわざ入ることが少ないから、大きな問題にはなっていない。

 どちらも知的好奇心は刺激されるが、自分がやろうという気は少ない。

 やってみたいこと、となるとなかなか難しくて、しばらく悩んで──はたと気づいた。

「趣味、とは少し違うかもしれませんけれど……裁縫道具が欲しいです」

 貴族の娘は大抵刺繍を嗜むが、ノウは最低限しか教わっていない。

 基本だけはマナーの時に教わったが、それきりだ。

 きちんとした道具箱もなかったので、いつも使用人のものを使わせてもらっていた。

 だから当然、持参した荷物にも入っていない。

 好きかどうかと訊ねられると、今まではほつれを直したりだとか、必要に迫られてしてきただけなので、うなずきにくい。

 だが、刺繍などをしてみたい気持ちはある。

 ノウの言葉に、ああ、とアルフラッドが得心した声を出した。

「旅の途中に匂い袋をもらったものな」

 ちゃんととっておいてあるぞ、と言われ、ジェレミアの前で言うべきではなかったと後悔するがもう遅い。

「それを、新しくしたいので……」

「別にどうもなってないぞ?」

 新しくする必要などないと不思議そうなアルフラッドだが、そういうわけにはいかない。

 中に入れたハーブは庭でとれたものとはいえ、造園に力を入れていたくらいだから、匂いもよいものだった。

 だが、外はごく安い余り布でつくったものなのだ。

 アルフラッドは気にしなくても、この邸の者が見たら、怪訝に思うに違いない。

 旅の間も説得に失敗したので、今回もうまくいく気はせず、どうしたものかと悩んだが、名案が浮かんだ。

「その……折角なので、色を合わせたいんです」

 黒髪に合わせて黒い布で、金の刺繍をしてみるとか。

 咄嗟の思いつきではあったが、口にしてみると俄然実行したくなった。

 縫うだけならともかく刺繍はずいぶんまともにしていないので、贈れるものができるようになるまで遠そうだが、目標にするにはちょうどいい。

「……なら、私のをあげるわ。続きそうなら新しいものを買えばいいし」

 ジェレミアの言葉に、ありがとうございます、と礼をする。

 わざわざ新品を買ってもらうのは恐縮するので、ありがたい申し出だ。

「他にもいくつか楽器はあったはずだから、やってみたければ好きに使っていいわよ」

 流石歴史のある邸だけある発言だが、楽器もほとんどさわっていない。

「とりあえず裁縫や刺繍からはじめようと思います」

 それなら本を参考にすれば、独学でもできるが、音楽はそうもいかない。

 教師を呼んではじめて、むいていないからとすぐやめるというのは申しわけなさすぎる。

「……そうね、それがよさそうだわ」

「根を詰めないかが心配だけどな」

 この性格だと、むいていなくても止めるとは自分から言わないだろう。

 そう推測した二人は、ノウに気づかれぬよう視線を交差させ、互いにうなずきあう。

 無理をさせたいわけではないので、教師役を迎えることは慎重にすべきだ。

「デザイン画を持ってくる時に、生地も頼んでおきましょう」

「端切れでも十分ですけれど……」

 いきなり大物はノウにとって敷居が高いし、やはり気が咎めるほうが先にきてしまう。

 はじめは練習になるだろうから、と続ければ、

「じゃあ、そう告げておくわ」

 ジェレミアは、すんなりその場は引いてくれた。

 ほっと胸をなでおろしたノウは、ジェレミアが「ハギレには、するわね」と呟いていたことに気づかなかった。 

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