一息ついて
ノウの想像以上のドレスを買ったあとは、デザイナーを交えてお茶になった。
どうやら、ジェレミアとは親しい仲らしく、気安い会話が飛びかっている。
ぽんぽんと小気味いいやりとりは、使用人たちがかわしていた雑談を思い出して懐かしい。……ジェレミアはれっきとした貴族のはずなのだけれど。
「ところでノウ様、都では今どんなものが流行しているんですか?」
お茶をはじめてしばらく、デザイナーにわくわくした顔で訊ねられた。
なにせここは都から遠く離れている。
彼女もデザイナーとして情報は手に入れているだろうが、精度と速度は推して知るべしだろう。
職業柄、新しいものを知りたいのは当然の欲求だ。
自身はさほどものを持っていなかったが、情報だけならかなりのものだ。
「口で説明するのは難しいんですけれど……」
ものがドレスとなると、形状が複雑なものばかりだ。
おまけに、ノウは専門用語にそこまで詳しくない。
しかしそこは流石に本職、覚えているドレスの特徴を話すと、手にしていた画帳にこんな感じですか、と描いていく。
その正確さに驚きつつ、魔法のようで面白くて、気づけばたくさん話していた。
ドレスの話があらかた終わると、次は他の流行について問われ、お茶のおかわりを二度しても終わらないくらいの時間が過ぎてしまった。
「申しわけございません、ついこういう話だと夢中になってしまって……」
反省するデザイナーに気にしないでと声をかける。
疲れたし緊張もしたが、楽しかったのも本当なので、心地いいくらいだ。
それに、描かれた絵を見て、彼女のつくるものに興味もわいた。
着るのが自分というのがどうにも心苦しいが、それを告げてはまた二人を悲しませてしまう。
「ドレスのデザイン、楽しみにしていますね」
だからそれだけ口にすると、デザイナーはぱっと表情を明るくして、お任せください! と請け負ってくれた。
想像以上に時間がすぎたが、まだアルフラッドが帰ってくる時間ではなさそうだ。
なにかすることは……と言いかけたが、その前にジェレミアが口を開く。
「疲れたわ、ノウも少し休みなさい」
「あ……はい」
話は弾んでいたが、疲れるものは疲れる、それは彼女も同じだったのだろう。
女主人のジェレミアが発言したので、他の誰かに仕事がないか聞いても、休むように言われるだけだ。
ヒセラと共に自室となった部屋にもどると、用があれば呼ぶからと一人にしてもらう。
この部屋のしつらえも変えようかと提案されたが、内装に文句があるわけではない。
広くて豪華で落ちつかないのは、どうしようもない問題だ。
居心地は快適なほどだし、慣れれば大丈夫だろう──と思いつつ、まだ椅子にすわるのもおっかなびっくりだ。
勿論、実家の私室にあったような安っぽいものではなく、思い切りすわっても壊れるはずはないが、習性はそうそう変えられない。
ぐるりと見渡す室内は青緑色で、アルフラッドが選んでくれたと思うと嬉しくなる。
すぐに慣れはしなくとも、歓迎されていると思えるようになった分、初日ほどの圧迫感はなくなっていた。
そこでふと思い立つと、窓辺へ寄り、ベランダへと出てみることにした。
こちらは邸の裏側に当たるので、気軽に顔を出しても大丈夫だろう。
初夏の邸は緑に溢れ、鮮やかな景色に覚えず感嘆の息を吐く。
視線をぐるりと回せば、やや離れた場所に同じくらい立派な建物が見えた。
おそらくあれが、前領主が住むという離れだろう。
歩いていってもあれだけ大きければ間違いようもないし、いざとなったら一人で行けそうだ。
とはいえ、来訪の許可を得ずに行くわけにもいかないので、誰かしらに頼まなければならないが。
反対側の奥には、たくさんの樹が植えられているようだ。
多分、ジェレミアによる果樹園かなにかだろう、今度案内してもらいたい。
実家ほどではないだろうが、品種改良に力を入れていた本人が、結婚してやめたとは思えない。
本人から話を聞けるなんてなかなかできないことだから、是非お願いしたいところだ。
そうして周囲を眺めていたのだが、少し違和感に気づいた。
緑豊かなのはいいのだが──どこもかしこも緑ばかりで、花が少ないのだ。
今の時期、実家の庭にはたくさんの花が咲いていた。
来客にいい印象を与えることに余念のない両親は、馬車が通る路面脇に、見事な花壇をつくっていた。
資金の問題もあり、長持ちする品種が多かったが、それも丹念に面倒を見なければすぐ枯れてしまう。
地位にしては多い庭師を雇い、かなり手間暇をかけていたはずだ。
この邸の庭は、当然実家より広い、塀で囲まれた内部が敷地というなら、端は見えないので相当なものだろう。
しかし、花の数は恐ろしいほど少ない。
だからといって手入れがされていないとか、そうではないようで、荒れた様子はない。
植木はきちんと刈り込まれているし、ものによっては丸く切っている場所もあるようだ。
けれど、他の邸なら花壇でもありそうな場所にはなにもなく、それどころか休憩用の東屋も見当たらない。
歴史のある邸なら、ひとつふたつあっても不思議ではないのだが、言い伝えでもあるのだろうか。
思い返せば、あっというまだったものの、正門から入った時も緑ばかりだった気がする。
近日中に案内もしてもらえるだろうから、その時に訊ねてみることに決めた。
折角の広い敷地なのだ、気候的にも色々な花や、ハーブだって植えられるだろう。
別の邸で見たことのある花のアーチや、蔓草で隠された東屋などがあってもいい。
でも芝生の上で食べるのも楽しいものなので、そういう場所も残しておきたい──広い敷地を見下ろしながら、そんな想像をしてしまう。
風も気持ちよかったので、用意されていたガーデンチェアに腰かけてのんびりさせてもらった。
ここで読書などをするのも、きっととても素敵だろう。
そういえばまだ図書室があるか聞いていないので、あとで聞かなければ──と考えていると、遠くでノックの音がした。
慌てて中へもどって声をかけると、ヒセラが入ってくる。
「ごめんなさい、ベランダへ出ていて……お待たせしましたか?」
「いいえ~大丈夫ですよ~」
にこにこ笑うヒセラは、手にドレスを持っていた。
採寸をしたことで、手持ちの衣装のサイズ直しを何枚かしていたのだ。
着る分に不自由はないし、室内で客人に会うわけでもないのに、と遠慮したが、押し切られてしまった。
「とりあえず一枚できましたので、着てみてください~」
ひらりと広げられたのは、エメラルドグリーンのドレス。
さっきデザイナーが持ってきた吊るしの中にあった一枚だ、大急ぎで仕上げてくれたのだろう。
今から着ても、という思いと、帰ってくるアルフラッドに見せたい思いがせめぎあい、結果、受けとってしまった。
席を外してもらい、着替えてみると、どこも窮屈でも大きくもなくぴったりだった。
この手のドレスは調節することが前提になっているとはいえ、よく短時間で完成させたものだ。
しかも見たところ作業も丁寧だし、文句のつけどころがない。
改めて、邸の者たちの技術力の高さを感じてしまう。
「とても着やすいです、お礼を言いに行きたいんですが……案内してもらえますか?」
ここまでしてもらったなら、感謝を告げるのは当然の行為だ。
ヒセラに頼めば快く承諾してくれて、まずは針子のもとへ行き、丁寧に礼を述べた。
それからついでにと、何人かの使用人と顔を合わせていく。
多くないといっても敷地が広いため、実家に比べれば倍以上はいるので、数人に挨拶したところで執事頭が探しにきた。
「アルフラッド様がお帰りです」
この場合のお帰りは、外と内を分ける門にさしかかったことを示す。
だからノウは挨拶を切りあげて、邸の入口へとむかった。