パーティーの終わり
「次のパーティーにも出るのか?」
途中そう訪ねられるが、多分、とあやふやにしか答えられない。
出席するかは父次第だが、毎日参加、とはいかないのだ。
そんなにたくさんドレスを用意したくないという本音と、ノウ自身、連日のパーティーは疲弊してしまう。
めざとい貴族に、娘を蔑ろにしていると知られては困るという理由を隠し、体調が悪いのでと善人な父親を演じている。
だから、本来なら結婚相手を探して必死になる時期だというのに、ノウのパーティーへの参加率は低い。
数日後に予定されている侯爵主催のパーティーは、父が懇意にしている先なので、必ず出席するだろうから、それを伝えることにした。
「それは私も招待されている。気が乗らなかったが、あなたがくるなら我慢できるな」
暗に次を誘われてしまい、どう返答すべきか悩んだが、彼は言うだけ言って満足したらしい。
ノウとしても新鮮な経験だったので、また喋ることに文句はないのだが、それでいいのか、と思いもする。
本当ならばあちこちに声をかけるべきだと思うのだが……
ただ、口ぶりからして、彼は基本的に領地から出るつもりはないのだろう。
それなら仕事関係の人脈と、せいぜい近隣の領主とつながりが持てればいい、という考えになっても不思議はない。
明確な返事をしないままに、気づけば馬車を待つ部屋へ到着してしまう。
ノウを見つけた父は、あからさまに表情を険しくしたが、隣のアルフラッドを見て驚愕する。
「ブーカ男爵、娘さんを怒らないでやってください、私が引き留めてしまったんです」
さっきまでの口調ではなく、対外的な丁寧な調子で、申しわけなさそうな表情までつくってみせる。
それなりに年齢を重ねているからだろうが、なかなか役者でもあるようだ。
「そうでしたか、しかし……何か不作法はありませんでしたか?」
取り入る先を探している父は、勿論彼の名は知っている。
揉み手せんばかりの口調に寒気がしたが、アルフラッドは表情も変えない。
「いいえ、とても楽しい時間を過ごせました、またの機会があれば、是非お願いしたいです」
にこやかに応じる姿は、見た目と相まって効果抜群だったらしい。
こちらこそと返す父は傍目にも機嫌がよくなっている。
ノウはそっと父のそばに控えて、静かに礼をするにとどめた。
「──お前、一体どうやって伯爵に取り入ったんだ」
それから親子で馬車に乗ると、早速追求される。
しかし、問いつめられても、ノウ自身よくわからないので答えようがない。
「たまたま庭へ案内したら、話し相手にと請われて……」
まさか、普通の令嬢と違うところがいい、などと正直には告げられない。
よくしてくれた相手なのだ、父から彼に関するおかしな噂が広まることは避けたい。
俗物的な父は、アルフラッドとの会話を知れば、きっと彼をバカにするだろう。
それも嫌だったので、どうにか当たり障りのない部分だけを話しておくことにした。
「ふん……まあ、物珍しさだろうな。あんな美形がお前のような醜い者に、冗談でも気を起こすわけがない」
「そうね、噂には聞いていたけれど……本当に整った顔立ちで。それに比べてお前は……」
侮蔑の視線が父から送られ、母は彼の姿を思い返して嘆息したのち、やはりノウを見て眉をひそめる。
両親から蔑む目をむけられても、ノウは顔を伏せたまま無言を貫いた。
「しかし、伯爵程度ではお手つきになってもな……お前の傷だ、可能性は低いが、万一にもそんなことにはなるんじゃないぞ」
ぶつぶつと呟く父に、心が冷えていく。
仮にも実の娘に対してなんという言いぐさか、とは、もう思えないけれど。
それでも何度でも、それを聞けば痛みはある。
ノウはアルフラッドとの会話を思い出すことで、両親からの雑音をなるべく遮断することにした。
憂鬱な馬車の移動が終わり、屋敷へもどると、両親はさっさと上の居住フロアへ移動する。
ノウの部屋は一応同じ階にあることになっているが、実際は物置に使うような狭い一室が与えられているだけだ。
家庭教師たちに教わる時は、結婚した姉の部屋などを使用している。
疲れた身体をゆっくり動かして部屋にもどると、すぐに使用人がやってきた。
「お嬢様、お疲れ様です」
ドレスを脱ぐのを手伝ってもらわないと、ノウ一人では流石に難しい。
けれど傷を見られたくないので、いつも最低限の部分だけだ。
使用人もそれは把握しているから、それ以上はなにもしてこない。
楽な服に着替えると、ノウは彼女と共に食堂へむかう。
パーティーの夜は、使用人のほとんどが遅くまで起きていなくてはならない。
帰宅した両親の世話があるからだ。
そのため、食堂には使用人が一休みできるようにと灯りがついていて、軽食なども用意されている。
「お帰りなさい、お嬢様、食事はできましたか? お腹は?」
使用人たちの食堂へ入ると、残っていた料理係が声をかけてくる。
他は両親の世話に出ているから、今いるのは彼だけだ。
「ただいま帰りました。食事はエリジャ様が気を遣ってくれたから、大丈夫よ」
微笑んで礼を言うと、ならよかった、ほっとした顔になる。
両親は選民思想があるため、使用人を多く雇おうとしない。
また、ノウへの扱いが知れては困るということもあり、男爵家だということを差し引いても、使用人は少ない。
いなければ困ることはわかっているし、口止めを兼ねて給金は他より高いくらいだから、長く勤めている者が多いが、彼らが主人に忠誠を誓っているかというと、そうではない。
だから彼らは、主である両親に対しては、最低限の世話しかしないが、ノウには違う。
両親の手前、表だっては動かないが、彼らのいないところでは、なにくれとなく世話を焼いてくれるのだ。
はじめは同情心からだったという。年端もいかない子供が大怪我をし、不自由な面があるというのに、省みないどころか邪魔者扱いする親の姿を見れば、誰だってそうなるだろう。
家庭教師も、賃金の安い者をと選んだために、知識はあるが身分の低い教師だったから、ノウにとっては貴族よりも彼らのほうがよほど身近な存在になった。
彼らがいてくれなければ、自分はもっと悲惨な状態だっただろう。
だからノウは、使用人相手でも、丁寧に話す。
自分のできない部分を代わりに行ってくれる存在に対して敬意を表するのは、当たり前だと思う育ちかたをしたからだ。
「今なら風呂も空いてますよ」
「ああ、それなら、借りてもいいかしら。少し疲れているけど……入りたいし」
彼の言う風呂は使用人用のものだ。ノウは滅多に両親と同じ風呂を使わせてもらえない。
それに憤った彼らが、合間にノウを入れてくれるのだ。
「お疲れなら、長湯はだめですよ」
「わかっているわ。あ、それと……明日、なるべく早くに手紙を出してほしいのだけど」
「わかりました、伝えておきますね」
着替えを手伝ってくれたメイドに再三注意されながら、風呂場へ移動する。
彼女もノウ専属ではない、そもそも、ノウに専属のメイドは存在しない。
男爵という身分を考えればおかしなことでもないのだが、たとえ十分にいたとしても、両親は彼女に便宜を図りはしないだろう。
だが、彼らは上手に采配して、手伝いが必要な時には一人はいるようにしてくれているのだ。
とはいえ、やはり傷を見られたくないので、入浴は貴族らしからぬがすべて自分ですませる。
万一があっては心配だからと気をつけてくれるが、それだけだ。
大きな鏡からなるべく目を背けて、長湯はせずに入浴を終える。
用意してもらっていた寝間着を身につけて食堂へもどるが、まだ使用人たちはもどっていなかった。
できれば就寝の挨拶をしたかったのだが、今夜は難しそうだ。
「伝えておくので、もうお休み下さい」
料理長からもそう言われ、温かい飲物をナイトキャップ代わりに渡される。
「そうするわ、お休みなさい」
すなおにうなずいて自室へもどると、飲物を口にする。
甘く温かいそれに、ほっと息をついた。
……今夜は、ずいぶん色々なことがあった。
気まぐれならいいのだが、彼の様子からすると、次もある可能性は高いだろう。
となると、こちらも少し動いておいたほうがいい。
頭の中で明日の予定を立てながら、ノウは狭いベッドに横たわる。
できれば手紙を書いておきたかったのだが、この部屋にはまともな灯りもない。
早起きして朝の光を頼りに書くほうがいいだろう。
傷が下にくると落ちつかないので、眠る方向はいつも右が下だ。
首まで隠れる寝間着は、寝具としては窮屈に感じられるかもしれないが、寝ている時にうっかり自分の傷を見なくていいので、ノウには必需品だ。
「……もし、わたしが普通の令嬢だったら、今夜のことはなかったのよね……」
だからといって、これがあってよかった、とはとても思えないけれど。
それでもいつもよりは、ほんの少しだけ、安らかに眠れる気がした。