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食後のお茶と

「それじゃあ、行ってくる」

 朝食のあと、支度を終えたアルフラッドが出発するというので、玄関で見送ることにした。

 妻としてそうすべきだと思ったし、考えてみれば、こうして見送るのははじめてだ。

 少し新鮮な気持ちがしつつも、もどってくるまで知人がいない状況というのはいささか不安になる。

 だが、そんなことをこぼして、困らせるわけにはいかない。

 アルフラッドは旅の時とあまり変わりない服装に見えた。

 誰もなにも言わないことからして、これがいつもの格好なのだろう。

 領主というよりは、やはり軍関係の上官のようだ。

 だが、似合っているし、いわゆる貴族めいた服装より、彼らしいくらいだ。

「なるべく早く帰るつもりだが、なにかあったら遠慮なく誰かに声をかけてくれ」

 並んでいるのはノウ、ジェレミア、あとは数人。

 ぐるりと全員を見てから、ノウへと穏やかに声をかけてくる。

 仕事は今までジェレミアが代行していたから、急ぎ片づけることも少ないので、遅くなることはない。

「はい、行ってらっしゃいませ」

 人前で愛称を呼ぶのはまだできなくて誤魔化してしまったが、アルフラッドはふっと笑って頭をなでると、厩舎のほうへむかっていった。

 馬車がいないことからして、どうやら騎乗していくつもりらしい。

 つくづく領主としては型破りだが、邸の者は慣れっこのようだ。

「……さて、じゃあノウ、食後のお茶にしましょう」

 共に見送ったジェレミアから誘われて、断るわけにもいかずにはい、と返答する。

 先に立つ彼女のあとをついていくと、サンルームに通された。

 余計なもののあまり置かれていない、実用重視の部屋なのは、当主かジェレミアの性格ゆえか。

 こうしてみると、実家はずいぶん洒落ていたのだとしみじみ思う。

 間違いなく、あちらのほうが手間も金もかかっているだろう。

 数少ないとはいえ、室内に置かれているものの品はこちらのほうがいいだろうが。

「往診の医師があっちにきているから、あとで挨拶がてら診てもらうといいわ」

 数日に一度は離れの前領主の往診しているとは聞いていたが、昨日の時点では往診日とは言っていなかった。

「お加減は大丈夫なのでしょうか」

 余計な心配かもしれないが、それでも気にはなる。

 口にしてからしまったと様子を窺ったが、ジェレミアの表情は変わらない。

「たいしたことがあれば連絡がくるわ。そうでなければ……まあ、よくあることよ」

 忌々しげな口調なので、しょっちゅうなのだろう。

 アルフラッドは長くないと表現していたが、具体的にどうこう、ではないのだろうか。

 質問したいところだが、二人ともあまりいい顔をしない予感がするので、今はやめておくべきだろう。

 そこでいったん、会話が途切れてしまう。

 少し悩んだが、これから毎日顔を合わせる相手なのだから、と自分を奮い立たせる。

「あの……皆様相手を名前で呼んでいると、アルフラッド様が仰っていました」

 ジェレミア相手ならフラッドと呼んでも問題はないだろうが、気恥ずかしくてそのままになってしまった。

「……ということは、ジェレミア様、と呼ぶべきですよね?」

 お義母様と声をかけていいですかと言いかけて、それでは拒否しづらいと変更する。

 しかし、年上の女性を名前で呼ぶというのもあまりないことなので、少しやりづらい。

 ジェレミアはしばらくノウを見ていたが、やがてぽつりと呟くように口にした。

「いいわよ、お義母様でも」

「え……」

「──あの子が生きていれば、あなたと同じくらいだったし」

 続けての言葉に、どう返すべきか躊躇する。

 あの子、が誰かなど考えるまでもない──ジェレミアの息子だろう。

「あんなでかい図体から呼ばれると、老けたみたいで嫌だから断っているだけよ」

 気のせいではなく、なかなかざっくばらんにものを言うたちらしい。

 とはいえジェレミアの背はノウより高いくらいだから、言うほど大きく感じるとは思えないのだが。

「……それに、あのひとの母親は素晴らしい女性だったから」

 不審に思っているうちに呟きが落ちて納得する。

 やはり生母への感情があるからなのだろう。

 アルフラッドから聞いた話だけでも、穏やかだけれどしっかりした女性だったことが窺える。

 だから、決して呼ばれるのが嫌なわけではなく、理由をつけて回避しているわけだ。

「……ちょうどいいわ、先に私の話をしておきます」

 あれがいない間に、と続けられればおとなしく拝聴するまでだ。

 ジェレミアが挙げた彼女の実家、ここからはかなり離れた、やはり辺境の地名。

 けれど聞いたことがあったし印象深かったので、すぐに思い出すことができた。

「果樹栽培が盛んなのですよね」

 日照に恵まれ気候も暖かいことから、作物が育ちやすい土地のはずだ。

「小さな領地なのに、よく知っているわね」

 少し意外そうな声。たしかに、彼女の実家は有力な貴族ではない。

 都にもほとんど上がってこない、田舎者と口さがなく囁かれるほうだ。

 けれど彼の地に関しては、かつて教師から興味深い話を教わったのだ。

「品種改良を成功させたのですよね、すばらしいことです」

 既存の品種に手をかけ、特性を伸ばす品種改良は、方法としては知られていても、まだまだ実行している場所は少ない。

 周期の短いものならば結果がすぐ出るが、果樹となると何十年単位だ。

 しかも、実が成るまで成功か失敗かもわからない。

 場所もとるし資金もいる、大変な作業だ。

 それを、領主が主体となってすすめているということで、教師は参考にすべきだと授業にとりこんだのだ。

 ものになる品種ができるまで気の遠くなる歳月がかかるが、成功すれば大きな力になる。

 そういう事業こそ、領主が率先すべきだと、教師は断言していた。

 ノウの言葉に、ジェレミアがふっと表情をやわらげた。

「他領の者に評価してもらえるのは、嬉しいものね」

 微笑んだ顔は美しく、そもそも実の母に笑いかけられたことはないので、どきまぎしてしまう。

「その話はいずれ改めてしましょうか」

「あ……話を止めて申しわけないです。でもぜひお願いします」

 領地運営を代行していたのだから、実家でも関わっていたはずだ。

 現場の人間から教えを請えるなんて、そうそうない経験だ。

 とはいえ、今はそのことよりジェレミア自身の話だ。

 ──果樹栽培で有名なその地を治める領主は、身分的には伯爵でも下位のほうだった。

 領主みずから農作業に従事するような、権力に興味のない者ばかりだったという。

 ジェレミアの両親もそんな感じで、仲睦まじく領民からも慕われていたが──なかなか子供ができなかった。

 そこには、色々な事情があったらしい。

 しかし夫妻は養子をとればいいと、離縁や愛人を迎えることには反発した。

 ジェレミアから見ても仲のいい夫婦であるらしい。

 周囲もそれならしかたない、とあきらめていた折に、ジェレミアが生まれた。

 本来後継は男児だが、それは難しいだろうと、婿をとることが生まれてすぐに決定した。

 そのつもりで幼いころから教育がはじまり、教育は順調に進んだのだが、その数年後、まさかの弟が生まれた。

 誰も予想していなかっただけに大いに湧いたが、それもしばらくの間だけ。

 生まれたその子は発育が遅く、なんとか大きくなっても病がち。

 領主を継いで仕事をするのは困難だろうという見立てだった。

 どうしたものかと頭を悩ませていた時、まだ社交会デビュー前だったジェレミアが両親らに嘆願したのだ、自分が補佐をすると。

「弟は気立てのいい子だから、領主としては向いていたの」

 特に今みたいな平和な時代はね、とつけ加える。

 社交界に興味もなく、それより品種改良に夢中になっていたジェレミアは、一生独身でもかまわない、領地のために力を尽くそうと決めていた。

 子ができないとあきらめていた両親だったこともあり、最終的には折れて、彼女の嘆願は通った。

 ちょくちょく体調を崩す弟は邸にとどまり、代わりに視察などは姉が赴く。

 仲のよい姉弟だったし、派閥も少ない内部だったので、それで問題は起きなかった。

 いずれ養子を迎えればいいが、まだまだ先──

 そんな具合に領地の運営はうまくいっていたのだが、そこでまたも予想外のできごとが起きた。

「弟が結婚したのよ」

 相手は近くの領地の娘で、身分的にも同じくらい。

 身体も頑丈ではないからと一度は断ったのだが、彼女はそれが理由なら引き下がらないと返してきた。

「彼女は私と似た性格で、ウマは合ったし、本人が望むなら、って」

 結果、二人は結婚した、妻となった娘は、夫である弟ができない部分は自分がしますと、押しかけただけあり意欲に満ちていた。

 彼女の生家も果樹栽培をしていたので、まったくの素人でもない。

 そもそも品種改良に関しては、近隣の領地と一緒に行っていた事業だった。

 弟嫁は決してジェレミアをないがしろにしたわけではなく、むしろ先輩として尊敬してさえいた。

 しかし、指揮系統の分散は、領地経営には望ましくない。

 古くから支えてきた姉と、領主の妻、どちらにつくかの派閥争いも生まれかねない。

 そんなことは望まないジェレミアがとった方法が、結婚して家を出ることだった。

 とはいえその時には適齢期をとっくにすぎていたし、都に行ったこともほとんどない。

 すぐ見つかるわけがないと思っていたのだが──

「──需要と供給が合ったのよ」

 その表現はどうかと思うのだが、指摘する勇気はノウにない。

 ジェレミアが結婚相手を探しだしたまさにその時、クレーモンス前伯爵も新しい妻を探していた。

 クレーモンス伯の年齢的に、ジェレミアくらいがちょうどよく、彼女が美人だったことも決め手になったらしい。

 彼女のほうも領内が荒れる前にと急いでいたし、遠く離れた領地の情報などほとんど得られなかった。

 結果、伯爵のことをほとんど知らないまま嫁いできたのだ。

 もうちょっとジェレミアとの話が続きます。

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