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朝の相談

 アルフラッド視点です。

 習い性というもので、目覚めは悪くない。

 素早く時間を確認すれば、いつもとそう変わらないくらいだ。

 自室のソファは高級品だからだろう、そのまま寝てもなんら差し障りはない。

 ……と言ったらカーツには渋い顔をされたのだが、雑魚寝に比べれば何倍もマシだ。

 そっと立ち上がりベッドの様子を窺うと、寝る前と同じ体勢のまま眠るノウがいた。

 考えてみれば、宿では気配を確認しても寝顔を見ることはほとんどなかった。

 旅の後半は強引に膝枕をしていたので、うたた寝していることもあったから、それ自体は珍しくない。

 だが、朝日の中で無防備な姿を見る、というのは、なかなか新鮮な感じだった。

 ……とはいえ、仮の夫婦でしかない身でじろじろ見つめては失礼だろう、視線を外すと、気配を消して着替えをすませてしまう。

 音を立てないよう部屋を出て歩いていくと、ちょうどヒセラがやってきた。

「おはようございます~」

 相変わらずのんびりした口調だが、勿論寝起きなどではない。

 おはようと返して、そのまま階下へ行こうとしたのだが。

「どちらへ~?」

「いつもどおり朝の訓練に参加するつもりだが」

 都へ行くまでは習慣にしていたから、邸の者は皆知っている。

 時間帯もこれくらいだとわかっているはずだ。

 それなのにどうして問いかけてくるのかと不思議に思ったのだが。

「……おそれながら、今朝はやめていただきたく~」

 すぅっと、周囲の気温が下がった錯覚がした。

 童顔のヒセラは笑顔を浮かべたままで、言葉ものんびりとしたままだ。

 だが、気配だけは恐ろしく冷たくなっている。

「ノウ様が起きたとき、おそばにいたほうがいいとおもうんです~」

「……旅の間も同じようにしていたぞ?」

 ノウの性格上、それについて進言してきたことはないが、嫌がっている様子はなかった。

 着替えだなんだとあるだろうから、同席していないほうが気楽だったくらいだろうし。

 アルフラッドがあまりに怪訝そうにしていたからだろう、ヒセラは気配を少し緩めた。

「ノウ様はこちらにきてはじめての朝なんですよ~、今日からナディはおやすみをいただいてますし、見知った顔がいないと不安がるとおもいます~」

 小さな子供に諭すような丁寧な説明で、ようやく納得できた。

 いくらヒセラが毒気を抜く雰囲気を持っていても、昨日顔を合わせたばかりだ。

 性格と傷のこともあるから、いきなりなんでも頼むとはいかないだろう。

 なんの役にも立てないならせめて邪魔をすまいと考えてのことだったが、起きた時にそばにいてやるべきかもしれない。

「……一周だけしてくる。おそらく起きないだろうが、頼む」

 とはいえ、起きるまで待つのも居心地が悪い。

 旅の間につかんだ起床時間までに、邸を走るくらいはある。

 ヒセラもそれくらいならという顔をしたので、さっさと走ってくることにした。

 簡単な準備運動をして、少し速度を上げれば彼の足ならすぐのことだ。

 邸の警備の者に参加できない旨を伝えると、アルフラッドは再び自室へもどる。

 予想どおり、ノウはまだ眠ったままだった。

 ヒセラにはノウにと宛てた部屋に待機していてもらい、目覚めるまで時間を潰す。

 そう待たずに彼女は目を開けた。

 いつもよりぼんやりした様子は、幼く見えて愛らしく映る。

「おはよう」

 穏やかになるよう声をかけると、寝転がったままぱちぱちと数度まばたきした。

「おはよう……ございます……?」

 状況がつかめていないのか、声もまだふわふわとしている。

 こんな姿が見られるなら、もっとはやくからしておけばよかった、と思ったのは一瞬で。

「……っ!? アルフラッド様!?」

 はっと気づいたノウがいきなり起きようと身体を曲げた瞬間「痛……!」と小さく叫んだことで霧散した。

 ぺしゃりとベッドに崩れてしまったのを見て、慌てて駆けよるが、手を出していいか悩んでしまう。

 迂闊な場所に触れれば、逆に痛みを与えてしまいかねない。そうでなくても自分の力は強いのだから。

「大丈夫か?」

 ベッドの傍らに膝をつけば、はい、とか細い声。

 急に起きたせいで傷のあるほうを捻ったらしい。

「……少し、混乱してしまって」

 目を覚ましたら見慣れない部屋だったことと、アルフラッドがいたこともだろうか。

「すまない。俺が声をかけたせいだな」

 やはりいないほうがよかったか、と思う反面、つまりそれほど朝は放っていたことに他ならない。

 いくら仮の結婚とはいえ、ヒセラに怒られたのも当然だろう。

 だがきちんとベッドに腰かけたノウは、いいえ、と首をふった。

「驚きましたけど……でも、お顔を見て安心もしました。だから、…フラッド様のせいではありません」

 名を呼ぶまでに少し間があるのは、慣れない愛称だからだろうか。

 とまどいながらもフラッドと呼んでくれて、むずむずした嬉しさがこみあげてくる。

 やはり不安がらせていたらしい、ヒセラの言うとおりにしてよかったと思うと同時に、己の不甲斐なさに呆れてしまう。

「大丈夫そうならヒセラを呼ぼう。今から支度すれば、朝食は一緒にとれるから」

 その後の動きを観察したが、問題はなさそうなのであとは任せることにする。

 昨日挨拶できなかったことを気にしていたから、朝顔を合わせられれば落ちつくだろう。

 今日はジェレミアと過ごしてもらうのだし、慣れてもらうにこしたことはない。

 あとをまかせて部屋を出て、適当な使用人にジェレミアの場所を問う。

 書斎にいた彼女は、書類をまとめてくれていたらしい。

 いつもながらの勤勉さに頭が下がる思いがする。

「朝食の前に少しだけいいですか? ノウのことで」

 単刀直入に告げれば、すぐにうなずきが返ってくる。

「一つは頼みがある、寝室の寝台を、ひとつずつに分けてほしい」

 メイド長と執事頭も呼んでもらうと、昨夜ノウと話したことを伝える。

「それと、しばらくノウとは白い結婚になるが、詮索せず、他に知られないよう取りはからってくれ」

 一息に告げると、流石に皆不審げな様子だった。

「……理由は話してくれるんでしょうね?」

 表情を変えずにジェレミアが問うてきて、勿論ですと答える。

「ノウは傷を見られるのをひどく嫌がるとは話しましたが、それは俺に対してもです」

 旅の間だったからではなく、彼女を慮ってなにもしていないのだ、と強調する。

「自分で見るのも、他人が見るのも嫌がります。だから、無理強いはしたくない」

 下世話な話、服を脱がなくともそういう行為はできる。

 だが、合意を得ているとは言いがたい。

 契約結婚であることは告げていないが、ジェレミアも実子による相続はどうでもいいと言う。

 つまり、子供を急がない状況だから、無体を強いろと言う彼女ではないはずだ。

「寝台を分けるのは?」

「ノウは傷を上にして寝ます。起きる時も変に動かすと痛むらしく、慎重です」

 膝枕をしていた時も、目を覚ましてから起きあがるまで時間をかけていた。

 かばうような動きではなかったので気にしていなかったのだが、朝の様子を見た今ならわかる。

「共に眠って、万一傷を見たり、触れてしまったら。俺は気にしなくとも、ノウは違う」

 アルフラッドはもっと酷い怪我を見ている。

 だからノウのそれがどれほどか知らないが、気持ち悪いと感じることはないと断言できる。

 けれどそれは、ノウにはまだ信じられないだろう。

 信じてくれるまでは、なにかの弾みで見てしまう可能性を排除しておくほうがいい。

「ただ……一人で寝るのは不安らしくて」

 首をかばっていたことまで話しては、流石に踏みこみすぎだと判断し、狭い部屋で寝起きしていたそうだから、と説明するにとどめた。

 それでも説得力という意味では十分だったらしく、メイド長と執事頭はいたわしげに表情を歪めた。

「……わかりました、ただ、口さがない者はいるでしょう、そこはなんとかなさい」

 厳選した使用人で固めていると言っても、通いの者までそうはいかない。

 囲いこんでしまう方法もあるが、役に立ちたいと懇願するノウを閉じこめるわけにもいくまい。

 白い結婚であることは隠せたとしても、早々に寝台を別にしたとなれば、結婚当初から冷めた夫婦であると噂が立ちかねない。

 ノウへの風当たりが強くなっては困るので、そこはたしかに懸案事項だ。

「……まあ、昨日の様子なら、問題にはならないでしょうけど」

「そうですね」

 ぼそりと続いたジェレミアの言葉に、残り二人も微笑ましげに同意する。

 そんなにおかしかっただろうかと思ったが、悪い意味ではなさそうなのでまあいいだろう。

「今日中には配置しておきましょう、後ほどヒセラにも伝えておきます」

 執事頭の答えに満足し、頼む、と続ける。

 ちょうどノウの支度も終わったらしく、使用人が知らせにきたので、話はそこまでになった。

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