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領主と代行

 大体アルフラッド視点

 ノウの世話をヒセラに任せ、アルフラッドは階下へもどる。

 書斎へ行けば、大机の前にジェレミアがすわっていた。

 机上には何枚かの紙が置いてあり、それらを確認していたらしい。

「改めて……もどりました」

 軽く頭を下げれば、お帰りなさいと素っ気ない返答。

 だが、いつものことだし、嫌われているわけではないと知っているので、気にしない。

 机に近づいても、ジェレミアは反応を示さない、それをわかっていて紙の束を見ると、覚えのある文字と数字が並んでいた。

「……都に行った時の経費ですか?」

「ええ、カーツがまとめてくれたから」

 日にちごとに集計されたそれはなかなかの量だが、あらかた目は通したらしい。

 カーツが計算したのなら間違いはないだろうし、テムたちの度を超した分は入れていないだろう。

 旅の間だけでなく、都に滞在した時のものも含まれているので、金額はかなりのものだ。

 あらかじめ予算は組んであったし、そこまで浪費もしていないので、問題にはならない……と思うのだが。

 ジェレミアは基本的に無表情なので、内心を推し量りにくい。

 単純な軍にいた自分には、とてもできない達者な腹芸も見せてくれるし。

「……馬車の代金が入っていないわね」

 ややあって呟かれた言葉に、つらつらと過去を思い出していた意識をひっぱりあげる。

 彼女の言う馬車とは、自分たちが乗ってきたもののことだろう。

「予定外の出費だったので、俺のほうから出しました」

 その場で支払ったのはカーツだが、あとできちんと、自分の手持ちから出している。

 高額な馬車を選んだから、値段も一般的なものの倍以上したのだ、経費に上げるなんてとんでもないと、カーツにも言ってある。

「改修してノウの馬車にすればムダにはならないわ、いいから計上なさい」

 たしかに、家紋をつけて装飾を変えれば、公用車として十分使用できる。

「大分高額ですが……」

「むしろ、安い馬車だったら許さなかったところだわ。慣れない長旅をさせたのだから」

 なおも言いつのろうとしたが、その前にぴしゃりと遮られる。

 声の調子からしても本気のようだ。

 それならありがたくと、記憶していた金額を告げて、紙に追加してもらう。

「留守中変わったことはありましたかね?」

 近くの椅子を持ってきてすわって問いかける。

 立ったままでも問題ないのだが、でかい図体が鬱蒼としていると暑苦しい、と文句が出た過去があるためだ。

 ジェレミアは仕事中はつけている眼鏡を外すと、ひとつ息を吐いた。

「いいえ、問題は起きていないわ」

 まあ、それもそうだろう。

 あの男が病気だ怪我だで仕事ができなくなってから、大部分を肩代わりしたのが彼女なのだ。

 むしろ、自分がいないほうがうまく回るくらいだろう。

 古参だからと重視せず、能力優先のアルフラッドには、反発する者も多い。

 それを炙りだす意図も含んでの都への移動だったわけだから、なにかあっても対処できるようにはしてあったのだけれど。

 ジェレミアの様子だと、そのあたりもうまくいっているのだろう。

 もう少し細かい話を、と思ったその時、ノックが響いた。

 入室を許すと、入ってきたのはヒセラだった。

「ノウ様はお休みになられました~いまはナディがついてます~」

「そう、ご苦労様。医師は呼んだほうがよさそう?」

「とりあえず大丈夫だと思います~」

「俺も、今は呼ばなくていいと思います」

 ジェレミアの問いに代わる代わる返答する。

「ずいぶん青白い顔をしていたけど」

 彼女が気にするのも無理はないほど、先ほどのノウは体調が悪く見えた。

 出会ったころのアルフラッドだったら、間違いなく一緒になって医者を呼ぼうと言っただろう。

 だが、今の彼は、不調の理由が緊張が主だと知っている。

 そのせいで馬車酔いが悪化したので、休めばある程度は落ちつくはずだ。

「まあ……あなたが言うなら、様子を見るわ」

 どのみち数日に一度はあの男の往診にやってくるのだ。

 その時ついでに顔合わせをすればいい。

「ちょうどいい、その件で少しお願いが」

「なにかしら?」

 ヒセラが淹れたお茶を飲んでから、ジェレミアが軽く首を傾ける。

 アルフラッドは一気飲みしたのでちょっと睨まれたが、頓着せずに口を開いた。

「ノウを診る人間は固定してほしいんです」

 往診にくる主治医は、街にある大きな医局の長をしている。

 当然、弟子の医者も多いし、医者まではいかないが補助のできる者もかなりの人数だ。

 主治医はいつも同じだが、助手の顔ぶれは一定ではなく、研修中の者がくることもある。

 診察するのは長だから、アルフラッドたちにはたいした問題ではないが、ノウは違う。

 毎回異なる人間がくれば、その数だけ傷痕を見られてしまうのだ。

 それは、相手が医者であっても、彼女にとっては相当嫌なことだろう。

 アルフラッドの頼みに、ジェレミアはそうね、と頷いた。

「今日中にその旨は伝えておくわ」

 ジェレミアのほうもアルフラッドの手紙から、そのあたりに配慮はしている。

 本来なら女主人になるノウには、複数の侍女がついてもおかしくない。

 だが、ノウが慣れるまではヒセラを主軸に、他はあくまで手が足りない時だけにしようと考えている。

 傷痕を晒したくないと着替えを自分でするというのが事実なら、いきなり複数人をつけては負担になると思ったのだ。

「着替えは手伝ったの?」

「いいえ~ご用意だけです」

 推察は当たっていたらしく、ヒセラも傷は見ていないという。

「それと、夕食になったら起こしてほしいとたのまれたんですが~……」

 どうしましょう、とジェレミアとアルフラッドの顔を交互に見やる。

 二人は顔を見合わせて、そして同時に答えた。

「起こさなくていい」わ」

 挨拶も適当にしたから、きまじめな彼女はちゃんとしないとと気を揉むだろうが、そんなことは後回しでいい。

 ジェレミアも見た目はキツそうだし、実際厳しいところもあるのだが、体調の悪い人間に無体を強いる性格ではない。

「とはいえなにも食べないのはよくないから、軽食を用意しておきましょう。……それは任せていいわね?」

 後半はアルフラッドに視線を投げかけてきたので、勿論です、と答えた。

 いつ目が覚めるかはわからないが、ノウの性格上、絶対にそのまま寝直したりはしない。

 遅い時間だったら躊躇することはあるだろうが、必ずアルフラッドに声をかけてくるはずだ。

 そこで謝らせずに食事をさせる──はじめのころは難しく思えたが、今ならそうでもない。

 しっかりうなずいたアルフラッドに満足したのだろうか、

「──それで、明日はどうするの?」

「仕事場に行くつもりです」

 話題を変えたジェレミアに、あらかじめ考えていたことを告げる。

 仕事自体は彼女のほうが先輩なので、もう数日任せていても問題はない。

 社交シーズン中ずっと都にいても大丈夫な手はずを整えてあったのだから。

「ノウのことは心配ですが、俺が仕事に行かないと、多分それはそれで気にするので……」

 すぐ自分のせいで、と思い詰める彼女だし、旅行の間つきっきりだったのだ。

 体調がよくなるまでは、気の許せる同性についていてもらったほうがいいだろう。

 男の自分ではどうしたって、できない部分もあるし、そもそも仮初めの夫婦なのだ。

「なのでうまいこと、彼女を休ませてもらえませんか」

「……私が?」

「はい、賭けてもいいですが、すぐに仕事をしようとするでしょうから」

 ノウはアルフラッドへ恩義を感じているのもあり、なにかしなければと思い詰めるほど考えている。

 旅の間も、しきりにそのことを口にしていたから間違いない。

 領地の仕事に関することは、自分も詳しくないからとのらりくらり躱していた。

 教えれば到着してすぐ、手伝おうとすると予想したからだ。

 正直なことを言えば、領主夫人の仕事は当面ジェレミアに任せていいくらいなのだが、言えば逆に役立たず扱いだと落ちこみそうで黙っている。

 頑張ろうということ自体は悪いことではないのだが、まずは身体を休めてほしいのだ。

 さらに実家ではできなかった、ものごとを楽しむことを覚えてほしい。

 仕事の優先順位はそのあと、最後でいいくらいだ。

 その実現のためには、周囲の協力、特にジェレミアの力が不可欠だろう。

「勿論、俺も休むように言いますが……大勢から言わないと、聞かないと思うので」

 お願いしますと頭を下げると、いくらか気配が揺れた。

 顔を上げると、意外そうに目を開いたジェレミアの珍しい姿があった。

 なにか変なことだったかと問いかけるより先に、わかりました、と淡々とした声が落ちる。

「……でも、あなたも当面は早く帰ってらっしゃい、彼女も不安でしょうから」

 テムたちは基本的にアルフラッドの護衛なので、邸に在中するわけではない。

 ナディはノウづきにするつもりだが、数日間の休暇をとることになっている。

 そしてカーツは商会の仕事へもどるので、顔を出すことはあっても短時間だ。

 ……つまり、旅の間一緒にいた面々と、ほとんど会えなくなってしまう。

 不安になっても我慢してしまうだろうから、変化に気づけるのは共に時間をすごしたアルフラッドくらいだろう。

 幸い、ジェレミアのおかげで急を要する案件はない。

 結婚したばかりの夫が妻が心配で早く帰る──仕事さえしていれば、微笑ましい話ですむはずだ。

「わかりました、そうします」

 アルフラッドとしても、遅くまで仕事をしてノウに会えないのは心配だから、否はなかった。

 それから二人は夕食を挟んで、双方の情報のすりあわせを行うのだった。

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