庭先での会話
たしかにクレーモンス前伯爵は、十年以上都にきていない、病かなにかのせいだという。
領地経営はきちんとしているし、都で要職に就いているわけでもないので、それ自体は問題ない。
辺境と言っても国境沿いというわけではないから、特別な権限があるとかでもない。
ただ、歴史は長かったと記憶している、それこそ、建国初期のころからの血筋だったはずだ。
けれどそれ以外に大きく目立つものがないため、都での認知度は低い。
そうなると普通の貴族は、繋がりを求めて都へくることがほとんどだ。
それが代替わりをして、しかも少々生い立ちの特殊な美形とくれば、ゴシップ好きの貴族は大喜びだ。
「よけいなお世話だとは思いますけど……気をつけてくださいね」
興味本位で近づいてくる者だけならさして害はないが、中にはよからぬことを企む者もいる。
辺境の青二才などどうにでもできる、と考えている者もいるだろう。
ありがちな手段としては、娘を結婚させて利権を奪うだのというところだろうか。
けれどノウの言葉に、彼は問題ない、と言い放つ。
「噂では結婚相手を探しに来たとなっているらしいが、別に見つけるつもりはない。まあ、周りはあわよくば……と思っているようだが」
この場合の周囲とは、貴族連中ではなく、彼の付近にいる部下たちだろう。
つまりアルフラッドは、あくまで形式上やってきただけらしい。
それも、この様子と、社交シーズンのはじめからいなかったことを加味すると、都へくること自体、乗り気ではなかったのだろう。
「やりとりしたいのは、取引関係の者くらいだな。それも得意な者が中心になるし、私は頭として来ているだけに近い」
どうやら、ほぼ仕事のためだけの来訪らしい。
取引、と聞いて、頭の中から情報をひっぱりだす。
クレーモンス伯領の主要な産業は──
「……お酒の販売ですよね?」
どうにか思い出して声に出すと、いくらか驚かれた。
「よく知ってるな」
「一般的な情報しか知りませんが……」
ノウが知るのは、書物と教師から得た知識と、家に持ちこまれる物品だけだ。
街中で実際に確認したわけではないから、実感は少なく、生きた情報とは言えない。
彼の地でつくられているのは、玉蜀黍を原料とした酒で、数は多くないが質がよく、熱烈な愛好者がいるらしい。
万人受けするものではないので、今夜のような大きなパーティーではあまり見かけないが、個人的な集まりでは出るという。
すべて伝聞なのは、ノウは一度も飲んだことがないし、見たこともほとんどないからだ。
「実際に戦うことができなくても、代わりになるものはいくつもある──その中でも大きなものは、知識と情報だと、教わりました」
ノウの両親は彼女を疎んじているが、外聞やらを気にして教育は受けさせてくれている。
比較できる相手があまりいないが、男爵令嬢としては、おそらく十二分なレベルだろう。
将来どこかの後添いにさせる時に、あまりにも愚かではまずいという考えもあるかららしい。
けれど、貴族の子女が通う学校は体調を理由に行かせてもらえなかった。
金銭的な理由もあっただろうし、自分たちの手から離れて、勝手をされても困るからだろう。
代わりに家庭教師はきちんとつけてくれた。
その中でも座学の教師は、彼女に勉強以外でも、たくさんのことを教えてくれた。
ひとつものを買うにも両親の許可がいるノウだが、教師から必要だと言われれば、比較的融通が利いたため、ずいぶんあれこれ得ることができた。
おかげで、勉強自体はかなりできている……はずだ。
彼女の言葉に、男はそうだな、と深く頷いた。
「しかし──さっき会場でした話といえば、装飾品の話だのばかりで、とても役立つ気がしなかったが」
いくら政治の場ではないにしても、とこぼす彼に、でも、と呟く。
「それも、よく聞けば情報になりえることもあります」
「──たとえば?」
促されて、少し記憶をたぐり寄せる。
さっき、彼と会話していた中にいた貴族で、最近変わったところのある人物……
パーティー会場で見た貴族と、友人たちとのおしゃべりをつなげて、固めていく。
「たとえば……ニーカ伯爵夫人は、最近エメラルドの装飾品ばかりつけてらっしゃいます」
以前は色々なアクセサリーだったが、ここのところは、異なるデザインだが石は同じで、ドレスもそれに合わせている。
洒落者で、同じドレスを着たことがないのではと言われる彼女にしては、珍しいことだ。
「それはなぜか? と考えることは、決して無駄ではないと思います」
ノウの言葉に、アルフラッドは名前を復唱し、ふむ、と顎をなでる。
「あなたの見解は?」
問いかけられることは予想していたので、ゆっくりと考えを口にする。
まず考えられるのは、領地でエメラルドが多く採掘できた、だろうか。
たしかあの領地には採掘場があったはずだ。
それを見せつけるため、もしくは、売るための広告代わりというのが考えられる。
「──ニーカ伯爵の領地は、隣国に近い。俺…私だったらそっちを当たるな」
言われて、慌てて脳内に地図を出して納得する。たしかにその可能性もあった。
通常の交易ならば問題はないが、なぜ突然エメラルドが多くなったのか、それを調べておくのは、決して無駄ではないだろう。
「あなたとの話は面白いな。少なくとも、さっき会場でニコニコしていただけの令嬢より断然いい」
「普通の令嬢はそういうものですけど……」
なにせ若い彼女たちは、いかにいい結婚相手を見つけるかが最重要任務だ。
そのためには男を引き立て、笑顔をふりまき、愛想よくすることが求められる。
先を考えれば賢いことは利点ではあるが、最初からそれを出してはかわいげがないと言われるだけだ。
「たしかに、以前警護した会場でもそういうものだったが……香水もきついし見た目も派手だし、正直苦手だ」
ノウの場合は両親の身分もあるが、彼女に余計な金をかけたくないという理由で、ドレスはシンプルだし、装飾品も最低限だ。
両親はそれをさも、娘が遠慮するので……と美談にして吹聴する。
香水はきついものが好みではないのでごく薄いものだけだが、流行と外れている自覚はある。
なのでそこを安心材料に出されると、少々複雑なのが本音なのだが、少し前まで軍人だった彼にしてみれば、実用的ではないものに拒否反応が出るのも当然だろう。
──と、大きな時計が刻を知らせてきて、ノウはぎょっとする。
いつのまにか、ずいぶん時間が経っていたらしい。
「すみません、そろそろもどらないと……」
アルフラッドも時刻を確認して、ああ、とうなずいた。
いつもはもっと早めに支度をすませて、両親を待つのだが、これではまにあうかも怪しい。
顔色を悪くしていると辛気くさいと文句を言われるので、誤魔化すために化粧を直したりするためだ。
遅くなるとどれだけ罵倒されることか、想像だけでも憂鬱になってくる。
ゆっくり立ちあがったノウは、同じように──こちらは俊敏にだが──立った彼が、そのまま動かないことに首をかしげた。
パーティー自体はまだ続くから、会場にもどるなり、帰るなりすればいいだけだ。
けれど彼は当然のように、再び片腕をさしだしてくる。
「送ろう」
言葉少なにそう言われ、断るいい言葉も浮かばず、また肘を借りることになった。