旅先の買物
「体調が悪くなったらすぐ言うように」
宿を出る前に約束して、ノウはアルフラッドと腕を組んで外へ出た。
肘を借りるだけでよかったのだが、それだと逆に目立ってしまう。
いつもどおり量産品の服を身につけているので、見た目では貴族には見えない。
ナディたちが見れば所作が違うので気づかれるが、それも大店の娘だと言えばどうにか誤魔化せる。
アルフラッドは軽装だが、かっちりした衣服なので、商人というよりは腕に自信のある護衛のようだ。
宿は賑やかな商店からは少し離れた一角なので、道に出たからといって、すぐに活気があるわけではない。
整備された通りは広く、建物も大きく間隔も広い、それなりに高級な店だけなのだろう。
都の街をあまり知らないノウにとっては、十分感嘆する光景だ。
「このあたりは気軽に入れる店はないから……少し歩くか」
「はい」
迷いのない足どりを不思議に思うと、隣の領地なので挨拶にもきたらしい。
加えて仕事柄、地形を覚えるのは慣れているのもあるそうだ。
地図を確認して、危険な場所がないかあらかじめ見当をつけておく。警護をするなら必須だという説明を聞いて納得する。
彼は副隊長までなった人物だから、自分で作戦を立て、命令する側にあったからだろう。
いくらか歩くと、大きめの通りに出た。
外に商品を出している店が多く、客引きの声もする。
ざっと見渡したところ、日常の商品が多いようだ。
「生鮮品は違う通りだが、こっちのほうが見る分には楽しいかと思ってな」
肉や野菜を見るのも楽しいだろうが、買っても現状では使うあてがない。
ノウ自身には調理の経験はろくにないし、宿ではきちんと料理が出る。
旅の途中も大抵集落に立ち寄るようにしているので、外では休憩する程度だ。
そう考えると、ずいぶん楽な行程なのだろう。
ゆっくり歩いてくれるアルフラッドに甘えて、通りすぎる店を眺めていく。
調理器具を売っている店、食器、衣類……様々だ。
店先に並ぶ品々は、安価なものだが種類は豊富で、この町が豊かだというのがわかる。
アルフラッドには目的があるらしく、足どりは遅いが歩みを止める気配はない。
どこへ行くのだろうかとわくわくしながらついていくと、店の雰囲気が変わった。
大きな建物には宿の名前が書いてあり、囲うように店が並んでいるが、それらは土産もの屋などだ。
つまり旅人は大体この一角で用をすませられるわけだ。
「旅人にあちこちうろつかれても困るが、散財もしてほしいからな」
そっと説明されて、なるほど、と得心する。
宿泊している宿の周囲にある店は、どうもノウには入りづらかったが、こちらは気楽そうだ。
身分的には高級店のほうに馴染みがあるべきなのだが、母に邪険にされながら入った記憶ばかりなのでしかたがない。
「試しに行ってみないか?」
このあたりはどうだ、と示されたのは、細々したものの置かれている店だった。
正直どこでも興味津々なので、文句もなくうなずいて店先に寄る。
荷物にならないような小さめのものが色々と並んでいた。
交易が盛んだからだろう、工芸品も種類に富んでいて、玩具のようなものから、美しい装飾品まで並んでいる。
「中も見てみたいです」
控えめに申し出ると、勿論だと快諾された。
扉を開けると、綺麗なしゃらしゃらという音が響く。
上を見れば木を細工したものがかかっており、下がっている細いものがこすれて音を発したらしい。
しっかりそこにも値段が書いてあることから、売り物としても存在するようだ。
「いらっしゃい!」
カウンターにいた店番が愛想良く声をかけてくる。
ノウは早速周囲を見渡す、店内は外より雑多なものが置かれていた。
邸の私室にあった私物は、公爵夫人からもらったものくらいだったので、こうした小物は話に聞いただけだ。
使用人が祭りの時に土産を買ってきてくれたことはあったが、万一母に見つかっては困るので、数は多くない。
あれもこれも物珍しくて隅々まで見ていると、目にとまったものがあった。
「綺麗な端切れ……」
籠の中に詰まっているのは、目にも鮮やかな布たちだ。
大きさも色々なムラ染めの布がたくさん入れられている。
「ああそれ、息子がつくってるのの余りなんですよ」
近づいてきた店員の説明によると、息子は染め物を仕事にしており、特にムラ染めが得意なのだという。
仕事で使った生地の余りを、店をやっているという理由で置いているらしい。
「専門店に置いたほうがいいんでしょうけどねぇ」
たしかに、手芸店で販売するほうがいい気はするが、ぼやきつつも店番の表情は誇らしげだ。
きっと、気づいた客にこうして息子のことを語るのが嬉しいのだろう。
それに、端切れにしては大きさも形も不揃いだ。四角形でないものもある。
そのためか価格はかなり安いが、たくさん買いたくてもノウには手持ちがない。
「どれがいいんだ?」
一歩後ろで見守っていたアルフラッドが、横に立って問うてくる。
買ってもらうのは気が引けるが、領地についてからなにかしらで返せばいいだろう。
「ええと……どれも綺麗で悩んでいるので、もう少し待ってください」
気になっている数枚を籠から抜きとり、近くの机の上に置かせてもらう。
吟味しようとしたのだが、それより早く、大きな手がすべてかすめとってしまった。
「これくらいなら悩まなくても、全部買って構わないぞ」
「でも……」
たしかに金額的には少ないが、それでも遠慮してしまう。
「あ、その色ならちょうどいい! こういうのもどうですかね」
なおも言いつのろうとしたのだが、その前に店番が割って入ってきた。
手に持っているのは同じムラ染めの生地でつくられたストールだ。
端から端へグラデーションしており、巻く方向で大分印象が変わりそうだ。
ノウが悩んだ端切れの色と似た系統の淡い青から紫で、素直に綺麗だと思った。
「ああ、じゃあそれも」
「毎度!」
「え、あの……」
「他に気になるものは?」
さっさと会話が進んでしまい、それらの品は一足先に会計へと運ばれてしまった。
端切れだけでは店としての売り上げがいまひとつだから、他も薦めるのは正しいのだが、アルフラッドがすんなり買うとは思っていなかった。
それどころか彼は平然と、まだ買えばいいと促してくる。
たしかに他にも気になるものはあるが、自分で嗜好品を選んだことがないノウにとっては、これだけで大分いっぱいいっぱいだ。
表情に出ていたのか、アルフラッドは柔らかく微笑むと、店番に会計を頼んでしまう。
あっというまに商品は包まれて、大きな「ありがとうございました!」を背に店を出る。
おもしろがって眺めている時間はそれなりに長かったらしく、あたりは少しオレンジ色に染まっていた。
腕を組むのとは反対側に荷物を抱えるアルフラッドに、悩んだ末に声をかける。
「……ありがとうございます」
なにはなくとも、礼は言わなくてはならない。
アルフラッドは気にするな、と鷹揚に答えた。
「むしろ、無理矢理押しつけたようなものだしな」
「いえ、そんなことはないです」
アルフラッドが強引にしなければ、ノウはそもそも買うと決められたかも怪しい。
予想以上に買ったことに困惑はしていても、無理強いされたとは思っていない。
ただ、ひたすら慣れないことだらけで、どうしていいかわからないだけだ。
「まあ、そのスカーフも、本当ならあまり身につけないものだろうが……」
それなりの値段はついていたが、あくまで一般人にとって、という価格だ。
今の服装なら身につけても違和感はないが、貴族らしいドレスとなると、少々厳しいだろう。
「でも、とても綺麗だと思ったのは本当ですから……嬉しいです」
そもそも他人からのプレゼントなど、夫人以外からはほとんどない。
勿体なくて使う気が起きそうにないから、身につけられなくても構わない。
大切に手元に置いておこうと決めて、もう一度、ありがとうございますと呟いた。
それからゆっくりと宿へもどり、中へ入る前にアルフラッドの馬を見せてもらった。
綺麗なたてがみの馬はノウの挨拶にこたえてくれて、賢い馬だと感心する。
そうこうしているうちに夕食の時間になり、帰ってきていないテムたちを除いての食事となった。
大丈夫なのか心配になったが、出発時にはちゃんといるから、と言われた。
帰りの旅ではなかったが、行きはちょくちょくそういうことがあったらしい。
その後は明日の荷物以外をまとめてしまい、心配するアルフラッドの手前、早々に床についた。
はじめての外出で疲れていたのか、眠りはすぐに訪れた。
ほのぼの……の、はず?
次回も金曜日に投稿できればいいなぁ、です。