おしゃべりの午前
そして翌日。
早めに就寝したおかげか、体調はまずまずといったところだ。
いつもこんな具合なのだが、馬車に乗ってしばらくすると調子が悪くなってしまう。
だが今日は馬車に乗らないので、無理をしなければそれほど迷惑をかけることもないだろう。
「顔色は悪くなさそうだな」
着替えを終えて顔を合わせると、アルフラッドがほっとしたように呟いた。
「はい、気分も悪くありませんし」
正直に答えると、よかった、とうなずかれた。
朝食はいつものように全員でとったが、その後は自由行動になった。
カーツは早速商談にむかい、テムたちもあっというまに出て行ってしまう。
早速主を置いて行くのはいかがなものかと思うのだが、今日ばかりは許すようだ。
「君はどうする? 個人的には休んでいたほうがいい気がするが……」
「あ、はい、ナディさんとお茶をしようかと」
ノウの言葉に、アルフラッドはそうか、と呟いて、
「それなら、俺は武器の手入れをしてくるから、ここを使うといい」
少し申しわけなかったが、気遣いをありがたく受けとることにする。
アルフラッドにも少しは自由時間を持ってほしいのが一点、女性同士のお茶に男性が混じられると、喋りにくいのも本当のところだからだ。
お茶の道具を借り受けて、ノウたちが泊まっている部屋へもどる。
ナディは野営などで慣れてはいるが、茶葉によってやりかたを変えたりという知識はないらしい。
ちょうどいいから教えてほしいと乞われたので、即席のお茶教室になった。
ノウもそこまで巧いわけではないし、そもそも様々な茶葉を扱わせてもらえなかった。
それでも本で読んで知識だけはあるから、二人して実験のようで、それはそれで楽しくなる。
折角だから少し変えたらどうなるか試してみようとどちらからともなく発案し、結局、本にあった時間と配分が正しいという実感に落ちついた。
「ちょっと飲みすぎたかもしれないわね」
苦笑いをしながら、ナディが持ってきたお菓子をつまむ。
旅の先々で日持ちのする菓子を見かけては買っていたらしい。
荷馬車で寝起きしている代わりに、荷物をまぎれこませる特権もあるのだ、と笑いながらおすそわけしてくれた。
「そうですね、まあ、身体に害のあるものではないですけど……」
ナディも笑いながら、でも楽しかったです、と言う。
楽しかったのはノウも同じなので、そうね、とすなおにうなずけた。
ゆっくり二人で話したのははじめてだが、合間にお茶を淹れていたおかげか、会話には苦労しなかった。
そこから、軍時代の話にはじまり、色々な話題に変わっていったからだ。
ナディはアルフラッドが軍にいたころの部下だったわけだが、部隊に女性が多かったわけではなく、大変な思いもしたらしい。
どれだけ鍛錬をしても、平均的な体格の彼女は、屈強な男性には敵わない。
そんな話をするうちに、ノウも女性相手にしか言えない話を口にしていった。
とはいえ、実家でも、旅の間も、さほど苦労はしていない。
くつろいだ状態で断言したので、話の水をむけたナディがひっそり胸をなでおろしたのだが、勿論ノウは知らないままだ。
経歴のためもあり、ナディの話は貴族の女性とも、使用人たちとも異なるものだったが、ノウにはそれが新鮮だった。
飲物にも困らなかったので、楽しいお喋りは尽きることもなく、あっというまに昼時になってしまった。
「こんなに喋ったのは、久しぶりです」
「すみません……大丈夫ですか?」
覚えず言葉にすると、ナディがさっと表情を変えて謝ってきた。
慌てて違うのよ、と首をふる。勿論多少の疲労はあるが、それは心地いいくらいだ。
令嬢たちのお喋りは聞いていて楽しかったが、混ざれるほど自分はおしゃれや流行を手にしていなかった。
使用人たちの会話も面白いものだったが、自分とは関わりのない部分のことだし、両親の手前、長々とというわけにもいかない。
そもそも、自分と話しても面白くないだろうと思っていたから、積極的に話すこともしなかった。
「だから……楽しかったです、ありがとうございます」
ナディも多少の遠慮はあっただろうが、それでもノウに合わせて色々話してくれた。
それに今は、なにを話しても、聞きとがめられる不安を感じなくていい。
どこかから両親の耳に入るのでは──そんな恐れは抱かなくていいのだ。
その事実は、予想以上にノウをお喋りにしてくれた。
「領地についても、時々おつきあいしてくれると、嬉しいです」
今までなら絶対に口にしなかった次を求める言葉まで、気づけば形にしていて。
あっと思ったが、撤回する前にナディに笑顔で快諾されたので、もう一度ありがとうと礼を告げた。
──と、ドアをノックする音とともに、アルフラッドの声がした。
「よければ一緒に昼をどうだ?」
顔を出した彼にうなずくと、三人で食堂へ行く。
この宿は宿泊客用の食堂しかないので、昼時だが空いており、待たされることもなく料理が運ばれてきた。
たいして動いてはいなかったが、ずっと喋っていたからだろう、ノウにしてはよく食べたので、残る二人はひっそり視線を交わしてうなずいていた。
ここ数日は体調のせいもあって食が細くなっていたので、心配していたのだ。
旅の間にいくらか好みがわかってきたから、選択できる時はノウの舌に合いそうなものを選んでいたのだが、それでも手をつける量が減っていた。
かといって馬車酔いが酷い状況で無理に食べさせるわけにもいかず、やきもきしていたのだ。
ナディがお茶の時に持っていったお菓子も、自分のためというのは半分は本当だが、残り半分はとにかく口に入れそうなものを片端から買っていたのだ。
勿論、頼んできたのはカーツで、アルフラッドはそれを聞いて納得し、菓子程度なら散財には当たらないから遠慮するなとつけ加えたのだけれど。
水分もよくとったようだし、顔色は朝よりよくなっている。
明日から数日の馬車の旅くらいは、どうにか耐えられるだろう。
ここから領地までは、大街道ほどではないが整備されている道なので、揺れも少なく快適なはずだ。
あまりに具合が悪いようなら医者を呼ぶなり、商談が滞ったと嘘をついてでも滞在を増やすつもりだったが、そこまでしなくてもいいだろう。
頭の中で算段をつけながら、アルフラッドはノウの話に耳を傾ける。
ナディとのお茶がよほど楽しかったらしく、内容は伏せたが熱心に語ってくれた。
無表情気味だった当初より、まだぎこちなくはあるが笑みも浮かべるようになってきた。
それに、ナディに対しては敬語も大分減ってきている。
無意識のようだし指摘すれば逆効果だろうから、なにも言わないが、心を許しているならいい傾向だ。
……そうなってくると、自分への態度のほうがまだ頑なな気がする。
いまだにきっちりした言葉遣いだし、膝枕は強引にやっているからあきらめたようだが、もの言いたげな表情は消えてくれない。
ナディは同性だし、年もアルフラッドほど離れていない。
親しみやすくなるのは当たり前なのだが、自分は形だけとは言え夫なのだ。
書類上では最も近い存在なのに、気遣いの面ではカーツに遅れをとり、親密度ではナディに劣っている。
ノウにしてみればそんなことはないのだが、アルフラッドにはそう感じられるのだ。
これは少々、いやかなり、由々しき問題だ。
「このあとどうしたいかは、考えているのか?」
まだお喋りがしたいというなら、残念だがあきらめるつもりで問いかける。
だがノウはいいえ、と首をふった。
「ナディさんにも自由時間があるべきですから」
帰ってくる気配のないテムたちと比べて、申しわけなく思っているらしい。
「ただ、そうなると、アルフラッド様のお手を煩わせることになりますけど……」
ノウを一人にはできない、という言葉を覚えているから、沈んだ表情になる。
自分のためにナディかアルフラッドの時間が潰される、と悩んでいるのだろう。
二人とも嫌々ではないのだが、何度繰り返してもまだ信じられないらしい。
それなら、もっと繰り返すだけのことだ。
「俺の用はすんだから気にしなくていい。君さえよければ、少し散歩でもしないか?」
だからそのために、アルフラッドはノウを外へ誘うことにした。
次回、デート、…………デート……?
来週も金曜日のみの更新になると思います。