少しの休憩
翌日、事情聴取にテムを残し、一行は先に出発した。
人数が減ったことと、念のためということで、アルフラッドも外に出たが、今度はきちんと理由を告げてくれたので、ノウも安心してうなずくことができた。
もう恥ずかしい場面を見られているしと開き直り、最初から馬車の中で横になることにした。
いつのまにかクッションと毛布が増えていて、さあ寝ろと言わんばかりの状況も整えられていたし。
テムが合流したあとはアルフラッドが馬車に乗ってきて、なぜか当然のように膝枕になった。
反論したものの、実力行使に出られてしまい、有耶無耶のうちに膝の上に落ちついてしまう。
アルフラッドもなにかふっきれたのか、行動に躊躇がなくなってきており、そうなるとノウに勝ち目はない。
勿論、本気で拒絶すればやめてくれるだろうが、困ったことに嫌ではないから強く出られない。
そのあたりも見抜かれているらしく、どこか機嫌良く膝をかしてくる。
うたた寝をすることもあれば、その体勢のまま話をすることもあった。
おかげで、互いのことをよく知れたので、悪くない時間だったのも事実なのだが。
それ以降盗賊に遭遇することはなく、宿も寝台がひとつ、という事態もないまま、穏やかに過ぎていった。
穏やかでないのはノウの体調だが、幸か不幸かあまり悪化はせず、だましだましどうにか予定を遅らせずにいられた。
アルフラッドたちだけの場合の予定はもっと過酷なものだったが、彼女が同行することになって、急遽見直しをした効果もあるだろう。
ノウに伝えれば恐縮するからと箝口令を敷いていたし、カーツは行きのきつい旅程で大分諸々削られたので、むしろまともな日程だと喜んでいた。
社交シーズンぎりぎりまでいても構わないよう、領地での引き継ぎをしておいたので、帰りに時間がかかっても問題ないこともあり、余裕のある空気になっていた。
ノウはなにかと気にしていたが、その都度全員が否定をし、ちょうどいいと立ち寄った場所での名物を食べたりして、なごやかに過ぎていく。
そんなこんなで襲撃からさらに数日が経ち、いよいよ隣の領地にまで到着した。
門の閉まる時間に余裕を持って到着したので、まだ日も明るい街の中を、ゆっくりと馬車は進んで行く。
「ここでは二泊しますので、ノウ様はゆっくり休んでください」
アルフラッドの馬車に同乗したカーツの予定ははじめて聞くものだった。
一週間分くらいのざっくりした予定はあらかじめ聞いていたが、そこに二日の逗留予定はなかったと記憶している。
なにか突発事項でもあったのかと考えたが、そのわりに二人とも慌てた様子はない。
つまり、問題が起きた、という類いではないようだ。
「明日、私の商談があるんです、本当はその後出発だったんですが……」
「あいつらがちょうどいいから休ませろと言ってきてな」
二人の苦々しげな調子に、少し笑ってしまう。
アルフラッドの言うあいつらとは、考えるまでもなくテムたちだろう。
たしかにこれまで、一日完全に休む日は存在しなかった。
旅なのだから当たり前ではあるけれど、長期間にわたっているので、休みたくなるのは当然だろう。
護衛として任についているのだから、旅の間はずっと気を張っていなければならない。
どこかで一息つきたくなる気持ちはわからなくもない。
……食事中や宿に早くついた時は、即座に遊びに行っているので、息抜きができていない、とは思えないのだが、そこは置いておく。
「まあ、そのほうがこちらも焦らず話ができるので、許可しました」
隣と言っても距離はあるこの地域は大きな川があり、流通の面で恵まれている。
そのため、辺境でありながら栄えている土地といえる。
カーツは言葉を飾ることもせず、うちより儲けてます、とのたまったくらいだ。
昔から友好な関係は築いているそうなので、商談も苦労はないだろうが、それでも余裕を持って臨みたいのは普通の心理だろう。
「土産も買いたいと言っていたしな」
ハーバルはカーツの護衛で遠出することはあるが、テムはアルフラッドの護衛が多いので、出かけることはない。
だからなおさら、今回の旅にはしゃいでいるのだという。
手厳しいことを言ったりもするが、こういうところは部下思いが見えて微笑ましい。
「ここの領主はまだ都にいるから、俺たちがすることはない、のんびりできるぞ」
領主がいれば、挨拶する仲ではあるらしい。
そうなった場合はノウも同席するべきだろうが、必要はなさそうだ。
だからこそアルフラッドも滞在を許可したのかもしれない。
そうこうしているうちに宿に到着し、すっかり慣れた手つきで荷ほどきをすませる。
二日間ということで少し荷物が多いが、それでもあっという間に終わってしまった。
「……明日は、ナディさんは休めるんですか?」
ノウのそばでなにくれとなく世話を焼いてくれる彼女の存在は、すっかりなくてはならないものになっている。
しかし、自分の護衛が主たる仕事ということは、明日の休みは彼女に適応されるのだろうか。
ノウはアルフラッドたちのように、一人でもどうにかなる存在ではない。
「大丈夫ですよ、アルフラッド様がいる間は、休ませてもらいますから」
あのかたは商談についていきませんから──と続く。
室内で休むだけでも、必ず誰かつきそうようにと、口を酸っぱくして言い含められている。
それは今回もらしく、つまり、明日もノウに一人は人員を割かねばならないわけだ。
「……申し訳ないわ」
それでは結局休めないのではないかと、眉を下げる。
テムたちはきっちり休めるようなのに、ナディは自分についているせいで、まる一日を自由に使うことができない。
アルフラッドかナディか、どちらかにどうしても気を遣わせてしまう。
そんな自分が歯がゆく感じられて、重たい身体がますます鈍くなっていく錯覚がした。
「そんなに気にしないでください、と言っても……難しいですよね」
ナディとしては、手のかからなすぎる主の護衛は、少しも苦ではないのだが、素直に伝えても額面通りに受けとってくれないだろう。
「もしノウ様の体調がよかったら、明日は一緒にお喋りしてくれませんか?」
だから、普通の主従関係なら怒られるような申し出を自分からすることにした。
ノウはぱちくりとまばたきして、お喋り? と繰り返す。
そんな姿は年齢より幼く見えるくらいにあどけない。
知識はあるし頭も悪くないのだが、対等な他人との交流が少なかったからだろう、ノウはどこか浮き世離れしている。
「二人でのんびり話したことってなかったじゃないですか、ですから」
旅の間は馬車の内と外なので、そもそも喋ることができない。
食事時はうるさい連中が場を仕切ってしまう。
宿につけばアルフラッドが側にいたので、ナディと二人でいるのは、荷ほどきや着替えの時くらいだ。
それもノウは自分でほとんどしてしまうので、さして時間もかからない。
心配性のアルフラッドがすぐにもどってくるため、ゆっくり喋る機会はついぞないままだった。
軍に所属していた彼に、女性への配慮を求めるのは無理な話だ。
母親との生活も長い時間ではなかったから、本人のせいではないのだけれど。
そしてノウは身の上的に我慢してしまうので、ちょっと……いや大分、心配な面が多々あるのだ。
幸いナディの見たところ、大きな問題は起きていないようだし、旅も終盤なので今さらという気もするが、それでももう少し距離を詰めて、自分にはなんでも言えるようになってほしい。
「ノウ様がお嫌でなければ、領地についたあともあなたの護衛を続けたいんです」
今までナディは、邸の護衛として働いていた。
それに文句はなかったが、ノウと旅をした今となっては、彼女の護衛を続けたいと思うようになっている。
「文句なんて……知っている人がいてくれるのは心強いです」
「よかった。ですが護衛となると、あまり話もできないので、今のうちに……と思うんです」
「わたしは嬉しいですけど……本当にいいのかしら」
「ずっとあのガサツ連中と一緒で辟易してましたから、むしろぜひ! お願いします」
気を遣っているだけではなく、本心なのだと伝わるよう力をこめると、ようやく表情がやわらいだ。
加えて、領地にもどったあとにまとまった休みがもらえるから心配ないと続けると、さらに安心したらしい。
野宿は一度もしていないし、選ぶ宿も安い場所ではない。
そこまで不自由はしていないと思うが、男相手では言いづらいこともある。
領地についてもこの調子では、使用人たちにも遠慮するのは目に見えている。
だから今のうちに少しでも言いやすい相手をつくっておくべきだ──とは、最年長のカーツの言葉だ。
先日、馬車の番をしているところにわざわざやってきて、時間をつくってくれと頼んできたのだ。
その際、アルフラッドに知られれば、俺がいるのにとややこしくなるだろうから、言わないでおくように、とも釘を刺されている。
さもありなんと納得しつつ、明日の約束をとりつけられたことにこっそり安堵の息を吐いた。
次も多分金曜日更新です。