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勝利の後

 悠然とした足どりに急いだところはない。まだ警戒は解いていないようだが、相変わらず剣は鞘に入ったままだった。

 見たところ怪我をした様子もなく、問題はなさそうでほっとする。

 アルフラッドはぐるりと周囲を見渡して、全員捕縛したことを確認したらしい。

「奥に首領たちがいたから倒してきた。今ハーバルが行っているから、手伝ってくれ」

「はっ!」

 いつもおちゃらけたテムとは思えない鋭い返答をして、奥へと消えていく。

 首領、ということは、盗賊団の頭をアルフラッドがなんとかした、ということなのだろうか。

 複数いたわりには、体感ではさしたる時間も経っていない気がしたのだが。

 アルフラッドはまっすぐノウのもとへもどってきて、膝をついて目線を合わせた。

 その表情は見慣れたもので、とてもさっき一瞬で敵を倒していたとは思えない。

 最も戦っている時は後ろ姿しか見えなかったので、どんな顔だったかはわからないのだけれど。

「全員倒したから、もう心配ないぞ」

 ──これほど安心できる言葉は他にない、と思った。

 残党がいるのではとか疑えばキリがないはずなのに、すとんと信じられてしまう。

「いつも思うんですが、先陣を切るのはどうなんですかね」

 短剣をしまいながらのあきれたカーツの言葉に、たしかに、とうなずきたくなった。

 本来はハーバルたちが主を守るべきなのに、アルフラッドは我先にと走っていった。

 そして誰もそれを問題にした様子もなく、事後処理をしていたので、おそらくいつものことなのだろう。

 カーツの指摘も何度目からしく、彼は肩をすくめて見せる。

「これが手っ取り早いんだって」

 悪びれた様子もなく言い切ってしまうのは、領主としてはいかがなものかと苦言を呈すところだろう。

 経験のないノウではあるが、呆気ない戦闘だったことはわかる。

 十人以上の敵をわずか数人で倒してしまったのだ。しかも、大部分をアルフラッド一人が。

 軍人だということは聞いていたし、副隊長という呼称からもそれなりに強かったのだろうとぼんやり認識していたが、それが事実として実感できてきた。

 それでも、ノウが見たのはごく一面でしかないのだろうが。

 この先も色々な姿を知ることになることが楽しみで、そんな期待をする自分に驚いてしまう。

「──ノウ? 体調が悪いか?」

 ぼうっとしていたせいか、間近でアルフラッドに見つめられてしまう。

 慌てて大丈夫ですと答えたが、あまり信じていないようだった。

 隣ではカーツが当然だろうという表情をしている。

「馬車酔いの挙げ句に襲撃ですよ、元気なわけないでしょう」

「そうだな……愚問だった」

「あ、いえ、さっきよりは平気ですから……」

 緊張しっぱなしではあったが、無理に動いたわけではない。

「それで、このあとなんだが──」

 アルフラッドの話によると、こういう場合、一番近い集落に連絡するのだという。

 昨日泊まった街のほうが宿がいいのはわかっているが、距離があるし、足場も悪い。

 となると先へ進んだ場所となるのだが、そちらはとても小さな集落らしい。

 ナディに馬車から地図を持ってきてもらい確認すると、たしかに畑ばかりが目立つ場所だった。

 今進んでいる道からいくらか外れてしまうことにもなる。

 道なりに進めば宿場町があるので、大抵そこまで行ってしまうし、農村として確立しているので、旅行者を受け入れる用意はあまりしていないのだろう。

 しかし盗賊の被害に一番悩まされているのは間違いなくこの村だし、規定に則るとここへ行くしかない。

 そして、調書などにつきあうとなると、一泊することになってしまう。

「そもそも荷馬車に全員入らないしな……」

 ノウやカーツの馬車に同乗は、いくら拘束していてもできるわけがない。

 となると荷馬車を使うしかないが、全員は放りこめないし、警邏と現場を確認する作業もある。

 当事者が参加しないわけにはいかないので、大幅な時間ロスでもあるが、こればかりは致し方ない。

「倒せたのは今後のことを考えてもよかったのですし、わたしは大丈夫です」

 むしろ、このあとまた夕暮れまで馬車に乗るよりは、近くの村までの我慢なら楽なくらいだ。

 諸々の事務はテムたちが請け負うだろうから、なにもしていないノウはおとなしくしているのが一番だろうし。

 そう考えると、休める自分は幸運かもしれない。

 カーツも戻るのは嫌らしく、先へ進むほうに同意したため話はまとまり、首領と数名を荷馬車に入れて、出発する。

 アルフラッドは騎乗せず、馬車に乗り……押し問答の末再び膝を借りることになってしまった。

「あの……よろしいんですか?」

 ノウとしては一人で馬車にいるのもなんとなく不安なのでありがたいが、警備という面では他の者に負担をかけているのではないだろうか。

 心配になって見上げるが、アルフラッドは大丈夫だとうなずいてみせる。

「この近辺に出没しているという噂の盗賊団はひとつだけだったからな。警戒するだけならテムたちでも十分だ」

 ……つまり、情報はもとから得ていたわけだ。

 そこでようやく、欠けていた破片が埋まった気がした。

「では、アルフラッド様が突然騎乗したのは──」

 当たってほしいと思いながら呟くと、苦い調子でああ、と肯定する。

 無意識なのか、ノウの乱れた前髪を払うと、そのまま頭に手を当てた。

「昨日の段階で情報を得ていて、念のためにな。取り越し苦労であってほしかったんだが」

 残念なことに当たってしまった、というわけだ。

 しかし、武装の少ない一団が遭遇してさらなる被害を生むよりは、アルフラッドたちを狙ったことで、盗賊団には不運だが、旅人には幸運だった。

 どうやら嫌われたわけではなさそうで、その点もノウには嬉しいことだが、問いかける勇気は出なかった。

 けれど、こうしてくれているなら、大丈夫のはずだと言い聞かせるようにして、少しの時間、温もりを独占することにした。

 そうして日没にはまだまだ早い時間に、地図で確認した村へ到着する。

 周囲を農作物の畑で覆われたその場所は、のどかという表現がぴったりだが、獣もよくくるのだろう、頑丈な柵がはりめぐらされていた。

 村の門へ行く前に、ノウたちの馬車にはカーツが乗りこんでいる。……勿論、その前に膝からは退いておいた。

 その馬車を先頭にして行くと、門番はいくらか驚いた様子だった。

「行商か? それにしては見ない顔だが……」

 御者に対して不思議そうに話しかける声がする。

 旅人があまり寄らない村というのは本当なのだろう。

「林の中で盗賊団に遭遇して、撃退しましたので、立ち寄ったんです」

「本当かい!?」

 簡潔な御者の言葉に、門番たちが色めき立つ。

 それからばたばたと騒がしくなったので不安になるが、荷馬車の盗賊をたしかめているだけだ、とアルフラッドに説明される。

 実物を見たことで門番の態度はがらりと友好的になったらしく、聞こえる声も大分変わっていた。

「詰め所へは護衛が。主は疲れているので宿に連れて行きたいんですが……」

「ああ、わかった、案内しよう」

 あっさり快諾して、一人が先導してくれる。

 ノウたちはそれに従って、牛や馬と一緒にゆっくりと進んで行った。

 やがて到着したのは、今までの中でもっとも小さな宿だった。

 それでも、きちんと宿として機能しているようだし、外観も綺麗なものだ。

 アルフラッドたちは安宿だ寝台が、と心配していたが、眠れるだけでもありがたいことだ。

 多少寝心地が悪くても、揺れない地面なのだから、馬車より何倍もマシだ──と、本気で思っていたのだが。

「一等寝台はほとんどなくってね、でも夫婦だからいいだろう?」

 女将にわりふられた寝室には、大きな寝台がひとつだけだった。

 最上級の部屋は大きな寝台がひとつの部屋しかないらしい。

 身分を偽っている現状、カーツがもっともよい部屋を、次がその息子夫婦であるアルフラッドたちになる。

 他に宿泊客がいないので、カーツ一人でも問題ないが、ノウはそうもいかない。

 襲撃前ならそれでも大丈夫だと言い張れたが、あれを経験した直後では、誰かにいてもらわないと安心できそうにない。

 アルフラッドのほうも、いくら他に客がいなくとも、ノウを一人にする気はなかった。

 盗賊の襲撃を蹴散らしたあとの若夫婦が別々の部屋に泊まりたがる──なんて、どう考えても不審すぎる。

 ベッドが二つある部屋はランクが低く、若夫婦が選ぶのはやはり不自然だし、ちらりと確認したが、アルフラッドとしてはそこにノウを寝かせたくないと却下した。

 だから、カーツもアルフラッドも、如才なく受け答えをして部屋の鍵を受けとった。

 ノウもここでなにか言えば怪しまれるだけなので、おとなしくしていたが、女将はそれを照れだと受けとめたらしく、詮索されずにすんだ。

 残りの客室は、いつもどおり護衛の面々が入ることになり、ナディは馬車に残る。

 テムだけは警邏と共に残りの盗賊を連行するためいなかったが、それも慣れたものらしい。

 いつもどおり荷物を部屋に持ちこんだが、寝台と少しの家具以外はなく、本当に泊まるだけという内装だ。

 意外といえば失礼だが、室内はよく掃除されており、居心地は悪くなかったので、夕食までの時間を快適に過ごすことができた。

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