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体調変化と

 旅がはじまり数日が経過したが、旅自体はノウの予想以上によいものだった。

 アルフラッドと一緒に馬車に乗り、他愛ない話をして時間をすごす。

 はじめは聞き役に徹していたのだが、ノウからも少しずつ話すようになった。

 彼のほうも普段の生活が気になっていたらしく、両親以外から優しくされていた事実を知ると、ほっとした顔を見せた。

 泊まる宿は恐ろしく高級というほどではなく、ノウには逆にちょうどよかった。

 警備の面で心配はあるのだろうが、アルフラッドが一緒にいてくれるだけで、ノウは安心できる。

 世話になってばかりで申しわけない気持ちもあるのだが、護衛をしていたころに比べれば問題ないとあっさり返された。

 貴族の護衛をした時は、文句を言われたり、抜けだそうとされたり、色々あったらしい。

 そんな話も聞いたりして、食事の時には砕けに砕けた青年たちが賑やかに喋ってくれる。

 こんなに楽しいだけの毎日ははじめてだった。

 三日ほどは大街道を進んだが、そこからは道が変わり、少し荒れた路面になった。

 僻地のクレーモンス領までは、大街道ほどの整備された道は少ないのだという。

 それでも、広さは十分だし、泊まる場所も潤沢にある。

 野宿になることはないと断言してもらい、実際そのとおりに進んで行ったのだが……


『……からだが、重い』

 ──朝、目を覚まして不調を自覚する。

 兆候はあったので、なるべく無理をしないようにしていたのだが、誤魔化しきれなくなったらしい。

 医者にかかったわけではないので、素人判断だが、一番の原因は馬車酔いだろう。

 大街道を走っていたころはあまり感じずにいられたが、路面が変わってから、明らかに疲労を感じるようになった。

 休憩と宿泊では回復しきらずに、徐々に蓄積されてきてしまい、表面化してきたというところだろう。

 加えて、すわってばかりの体勢もよくないようで、特に傷のある左側がじんわりと痛みを訴えている。

 疲れすぎると古傷に鈍い感覚が走るので、どうやら自分の許容範囲を超えたらしい。

 とはいえ、旅はまだ続くのだ。地図で確認しても、道のりは半分といったところ。

 正直に告げれば、きっと予定を変更してくれるだろう。

 だが、自分のせいで旅程を遅らせるようなことはしたくない。

 どう考えてもお荷物なのだ、これ以上迷惑はかけられない。

 だから、誤魔化せるかぎりは黙っておこうと決めた。

 幸い、見た目にそれとわかるものはない。

 もともと色白のほうだし、普段から動きはゆっくりなので、たいした変化もない。

 どうにかやりすごしていくうちに、馬車に慣れて酔わなくなればいい話だ。

 酔い止めに効果があるという薬は、道中でナディたちが買ってくれていた。

 あまり飲むと眠くなってしまうので、同乗するアルフラッドに悪いと控えていたが、今日は飲ませてもらおう。

 慣れない馬車の長旅で疲れるのは当たり前だと思ってくれているようで、みんな気を遣ってくれるので、これ以上色々させたくはない。

 そんな決意をして馬車に乗ろうとすると、アルフラッドが声をかけてきた。

「ノウ、俺は今日騎乗して行くから」

 ──つまり、馬車には乗らないという宣言だ。

 二人きりで顔を合わせれば、気づかれる可能性が高いから、たすかることは事実だが、なぜいきなり、という疑問が湧く。

「たまには乗ってやらないと拗ねるからな、ノウは馬車でゆっくりするといい」

 アルフラッドの馬は領地から乗ってきている愛馬だという。

 荷馬車用ではないらしいから、たまに乗ってやらないとというのは、おそらく事実なのだろう。

「そんなわけで俺はいないから、寝転がっていてもいいぞ。いつも、楽にしてくれと言うのにしないだろう?」

「それは……はしたないですし……」

 令嬢としてどうかと思うし、アルフラッドの前でそんなことはできないと遠慮していたわけだが、正直に言うと馬車から降りられてしまいそうで、ずっと黙っていた。

 それに、対面での会話が楽しくて、寝るのが勿体ないと感じたのも本当なのだし。

「まあ、勝手に覗いたりはしないから、楽にしているといい」

 いたわりの言葉を投げかけると、アルフラッドは自分の馬のほうへ歩いていく。

 やがて、ノウだけを乗せた馬車が走りはじめた。

 御者も声をかけないかぎりは覗かないので、少し悩んだが、誰もいないしとクッションの位置を変えていく。

 街に立ち寄るたびに、よさそうなものがあると誰かしらが買ってくるため、馬車の中にはいくつものクッションが置いてある。

 流石にもういりませんと言ったので、これ以上の増殖はないと思うのだが。

 それらを座面に敷いて、行儀が悪いのは承知で横になる。

 あつらえた旅装であればしづらいところだが、母と出かけて買い求めたそれは、はじめの日以来袖を通していない。

 代わりに着ているのは、邸で使っていた普段着だ。

 およそ貴族の令嬢が身につけるものではない、量販店で売られている、ごく普通の衣類。

 家の中ですごすならこれで十分だとノウから願いでると、衣装代が安くすむと喜ばれたほどだ。

 来客がある時や家庭教師の際にはきちんとしたものを着たが、圧倒的にこういう格好が多かった。

 なんといっても身体の締めつけが少ないので、傷に障ることもないし、着替えも一人で容易にできる。

 それに、使用人たちの手伝いをする上でも気兼ねなくできたし、頑丈だから洗濯も遠慮しない。

 手入れの大変なドレスより、よほどノウにはよく思えたほどだった。

 商人に扮すると言われたので、鞄の荷物を入れかえて、こちらの服を着たはじめは、みんなの反応が少し面白かった。

 買ったはずはないとあせるカーツや、虐待の一環で着せられていたのかと結論を急ぐアルフラッド。

 フツーの女の子みたいっすね、と正直すぎる感想を述べ、ナディにどつかれるテム……三者三様だった。

 きちんと説明して納得してもらい、じゃあその姿でとなったのだ。

 流石にクレーモンス領では難しいかもしれないから、せいぜい今は楽をさせてもらおうと思っている。

 そんな服装なので、汚しても問題ないし、皺になっても困らない。

 遠慮なく横になれるのだが、クッションを挟んでいても振動が響くので、快適とはほど遠い。

 それでも、すわっているよりはいいし、傷を上にして横になっているほうがいくらか楽なので、どうにか眠ろうと躍起になる。

 疲れているはずだし薬も飲んだというのに、眠気は起きず、けれど疲弊しているせいか、思考回路はどんどん暗い方向へ走っていく。

 ──どうして突然、アルフラッドは騎乗すると言いだしたのだろうか。

 昨日まではそんなそぶりは見せなくて、今朝急に、だった。

 朝食の席ではいつもどおりだった気がするのだけれど、わずかな間になにかあった覚えもない。

 理由は納得できるものだったが、それならなおさら、昨日のうちに話してくれてもよかったことだ。

「わたしといるのが……嫌になったのかしら……」

 ぽろりと漏れた呟きに、当たり前かと自嘲する。

 ──彼は優しい。そんなことは知っていた。

 それに甘えて話しこんでしまったから、相手をするのに疲れてしまったのだろう。

 宿泊の際も毎晩アルフラッドと同室になっているから、ほぼ一日中共にすごしている。

 彼には気を抜く隙間もなかったのだ、と今さら気づいて愕然とした。

 だから、今日は乗馬すると言ったに違いない──確認もとらず、けれどノウはそう信じこんでしまう。

 じわりと涙がにじみかけて、慌てて瞼をきつく閉じた。

 ここ数日、優しくされたから、つい調子に乗ってしまった。

 なんの得にもならない自分と一緒にいてくれる存在なんて、いるわけがないのに。

 エリジャだって公爵夫人だって、一時的だからいいのであって、四六時中となったら、嫌気がさすはずだ。

 自分はなにひとつ変わっていないのに、周囲が変わったからおこがましくも自惚れてしまって、アルフラッドもそれを疎んだのだろう。

 この上、体調不良だと知られたら、もっとあきれられてしまう。

 はやく治さなければと、泣きそうになる心を叱咤して、呪文のようによくなれ、と呟き続けるうちに、意識は混濁していった。

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