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夜の飲み会

 カーツ視点です。

「おっじゃまっしまーす!」

 意気揚々と入ってきた男どもに、カーツは内心嘆息する。

 かれらはアルフラッドたちの部屋を挟んで反対側に泊まる面々だ。

 夕食後解散して部屋にもどったわけだが、これまでの経験からしてすなおに寝るはずないと予想していたが、そのとおりだった。

 ──べつに、彼らのことが嫌いなわけではない。

 テムはアルフラッドを慕い軍からついてきた者だし、もう一人のハーバーは商会関係で出る時の護衛だ。

 皆護衛としての腕はたしかで、だからこそ、少人数でも問題なく旅ができた。

 ……なのだが、若いからというのもあるだろう、毎日のように酒を飲むのだ。

 カーツだって酒は飲める、商会の主商品は酒だから、飲めたほういいのは当然だ。

 しかし、旅の間に深酒をすると、翌日は手痛い目にあってしまう。

 御者も交代でしなければいけないので、二日酔いで動けないなんて許されないのだ。

 そのため控えめにしているのだが、彼らときたら平気で一樽空けてしまう。

 決して翌日に持ちこさないあたりはプロだが、つきあっていたらこちらが参ってしまう。

 どこかへ逃げたいところだが、今日は部屋で飲むつもりらしく、逃げ場がない。

 カーツ自身は護身術程度しか身につけていないので、荒事は苦手なほうに入る。

 ……そもそも交渉術などが求められる商人なのだから当然なのだけれど。

 従って、旅の間はあまり一人きりにならないよう注意しているし、護衛からも頼まれている。

 身なりからして小金持ちに見えるのだから(実際そうなのだが)一人で歩けばよろしくない手合いには格好の餌になる。

 今日の宿を先行して選んだのは護衛の一人なので、その手の危険度は低いほうだが、それでも酒が入りはじめた食堂へ一人で行く気にはなれない。

 カーツが選ぶ時は宿の質がよい場所、護衛たちが選ぶ時は絡まれにくいところ、と、まったく異なるのは面白い。

 行きはカーツがほとんど選んでいたのだが、かれらはそれを見て、きちんと学習してくれた。

 その上で、主や非戦闘員である自分を守ることに重きを置く宿選びをするようになったのだ。

 年の差もかなりあるので、そういう成長は微笑ましく思えるのだが、逆にかれらにも年長者の自分を思いやってほしくなる。

「下の食堂で飲めばいいんじゃないのか?」

 隣はアルフラッドの部屋だし、鍵をかければ防犯は問題ないだろう。

 下で騒ぐ分にはここまで聞こえてこないし、喧嘩になってもあしらえるはずだ。

 しかし、かれらは首をふり、いそいそと酒とつまみを広げだす。

「ここじゃないとダメなんっすよ、内容的に」

「そうなんです」

 その時点でなんとなく中味が察せられたので、ますます逃亡したくなる。

 衆目のあるところを避けたい話といったら、自分たちの本当の身分に関することだ。

 そしてかれらが今最も気にしている話題と言えば──

「予想外にブスじゃなかったどころか、けっこーかわいかったっすね」

 かんぱーい、と告げて一気飲みしてからのテムの発言がこれだ。

 最初だけはとつきあって杯を傾けたが、早々に離脱したい気持ちが高まってくる。

 仮にも主の妻にむかってしていい発言ではない。

「あまり失礼な発言はするんじゃないぞ」

「けなしてるわけじゃないっすよー?」

 窘めるが、どこ吹く風だ。隣に聞こえていなければいいのだが。

 カーツとしては、ノウへの印象は悪くない。

 お高くとまった令嬢でなかったのは勿論だが、勉強熱心だし、真摯にむきあおうとする姿勢は好感が持てる。

 傷のせいか、控えめにすぎる部分は気になるものの、アルフラッドたちがああいう性格なので、ちょうどいいくらいだろう。

 いわゆる貴族らしい、華のある美人ではないし、それどころかきりっとした顔立ちだが、そのあたりは好みの問題だ。

 カーツにとっては、見た目より仕事ができるかどうかのほうが重要になる。

 この場合の仕事とは、つまり領主の妻としてだ。

 勿論すぐにできるようになれと言う気はないし、あの調子なら真面目にとりくんでくれそうなので、現時点でカーツに文句はない。

「昔、副隊長に絡んでたのとはタイプが違うっすね、ああいう感じが好みだったのかなー」

 ──そもそも、目立つ場所で色目を使う女性に控えめな性質の女性がいるわけがないだろう。

 指摘したくなったが、どうせ無意味なので黙って聞き役に徹することにする。

 こんな調子でも、酒には酔っていない素面なのだから、まったく手に負えない。

 行きの道中は四六時中この調子だったのだ、よくまあ元気が続くと感心したくらいに。

 だのに不審な気配や物音を察すると、すぐさま傍らの剣を手にするのだから、切り替えの素早さに驚嘆するほかない。

 今日はノウとの初顔合わせということもあり、おとなしくしていたが、三日も保てばいいほうだろう。

 早晩、彼女の前でもこの調子になることは明らかだ。

 その時、ノウがどう感じるか……想像すると胃が痛くなる。

 流石に下世話な発言はしないだろうし、その場合アルフラッドの鉄槌がくだるだろうが、うまく誤魔化せるよう、祈るしかない。

「さっきナディと交代した時、なんかノウ様からもらったって嬉しそうだったな」

 ハーバルの話に、ほう、と会話には入らず頭に入れておく。

 どういうなれそめなんだろうだの話は飛んでいくが、総じてノウへの印象は悪くないようだ。

 一緒に食事をとったというのが大きいのだろう。

 この調子なら、問題なく旅が続けられそうで、ひとまずそのことに安堵する。

 長旅ははじめてだというから、文句を言われる覚悟だったのだが、そんな様子は見受けられない。

「傷? ってのも、全然見えないけど、そんなに大きいのかな」

「あーでも、歩きかたが少しヘンだったから、影響はあると思うっすよ」

 流石というべきか、しょうもない発言連発のテムだが、きっちり観察していたらしい。

 思い出そうとしてみたが、カーツにはよくわからなかった。

 だが、言われてみれば、とハーバルもうなずいているので、指摘は正しいのだろう。

 つまり、いくらかの後遺症は存在するというわけだ。

「……となると、馬車の旅は辛いかもしれんな」

 覚えず呟いた声は小さかったが、護衛たちの耳にはしっかりとどいたらしい。

 ふっと表情を改めて、いくらか考えたのち言葉をつくった。

「なにかしら出ると思うっす。なんで、数日様子を見るといいかと」

 本人もまだなにをすれば有効かわからないだろうから、数日見るというのは同意見だ。

 車酔いが一番考えられるが、身体が痛くなる可能性もある。

 少々予算より高い馬車にしたのだが、選択としては正解だった。

「とりあえずクッション買っておくといいと思うっすよ」

 たしかに、馬車には最低限のクッションしか置いていない。

 座面も長距離用なので柔らかいものになっているが、それでも負担はかかるだろう。

 ──なのだが、どうにもテムがまっとうなことを口にすると、すなおにうなずきたくなくなってしまう。

 それもこれも、この喋りかたのせいだ。

 軽い言動を直せと再三注意しているのだが、まったく修正される気配はない。

 この調子だから正式な場に連れて行けないのだが、本人も堅苦しいのが嫌だと改めない。

 ハーバルは商会の護衛に連れ回したおかげで多少マシになったが、それでもこの手の話にすぐ飛びついたりするところからも、まだまだ心許ない。

 今回の旅に彼らを起用したのは、強さが一番だが、少しそのあたりの成長を期待してもいた。

 ……だが、この調子では、もとから勉強しようとしていたナディくらいしか望んだ結果にはなりそうもない。

 このメンツの中で、あれこれ気を回す役目はカーツだけだ。

 白髪が増えそうだと遠い目をしながら、酒盛りが早く終わることを願うのだった。

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