表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/99

一泊め

 少し休憩して、宿の設備の説明を聞く。

 基本的に万一を考えて、どこでもナディか誰かと一緒にいるように、と言い含められた。

 そもそも一人で出歩く気もなかったので、すなおにうなずいておく。

 時間もちょうどいいということで、そのまま食堂へと流れていった。

 昼のように全員でテーブルを囲んだが、ここでは一人ずつに決まった食事が配られる方式らしい。

 トレーの上に一律に同じ料理が載って運ばれてきた。

 正直、ノウには少し多すぎるくらいだ。

 馬車に乗っていただけで動いていないせいもあって、食べきれるか不安になる。

「無理しなくていいぞ、食べられない分は俺が引き受けるから」

 食べはじめないことから察したのだろう、横から声をかけられる。

 しかし、一度手をつけたものを渡すのは気が引けてしまう。

「なら、先に……」

 だからとりわけてしまおうと思ったのだが、いいから、と言われてしまう。

「食べたいだけ食べればいい」

「……わかりました」

 固辞している間にも時間はすぎてしまうし、他のみんなも気にして食べられなくなってしまう。

 それに、二人は夫婦なのだから、そこまで遠慮するのもおかしな話だ。少なくとも、建前上は。

 意を決してフォークを持ち、少しずつ食べていく。

 味つけは少し濃かったが、味は悪くない、どころかおいしい。

「体力を使ったあとは塩分が欲しくなるからな」

「あと肉っすね、肉!」

 やいのやいの言う面々の話を聞いて納得する。

 たしかに、汗をかいたあとは塩分もとるようにという話だから、徒歩や馬で旅をする場合、薄味では満足できないのだろう。

 自分はすわっているばかりだったし、まだ季節は夏の盛りの前だから、さほど暑くもなかった。

 宿屋の食事としては理に適っているのだなとわかったものの、ノウには肉が多すぎた。

 半分ほどで音を上げてしまうと、残りはアルフラッドがあっさり食べてしまった。

 彼も自分と一緒で馬車に乗っていただけのはずだが、体格の違いが大きいのだろうか。

 ともあれ無事に夕食を終えて、多少慣れない設備にとまどいつつも、寝る支度をすませていく。

「ええと……着替えは一人でできるので、扉の外で待っていてもらえますか?」

 部屋の前でアルフラッドとナディに頼むと、もとからそのつもりだったアルフラッドは素直にうなずいたが、ナディはえ? と声をあげた。

 てっきり頼まれると思っていたのだろう、とまどっているのが少し面白い。

「遠慮されなくても、あ、いえ、上手ではないですけど」

「そういう意味じゃなくて、いつもこうしていたから……だから、大丈夫」

 専任のメイドがいなかったこと、傷のこともあって一人でこなしていたことを説明すると、一応理解してくれたらしい。

 とはいえ二人も扉の外で待ちぼうけは、なかなかおかしな光景だろう。

 可能なかぎり急いで着替えをすませ、一応薄手のガウンも羽織っておく。

 二人を招き入れれば、今度はアルフラッドの着替えだ。

 こちらも、一人でできるから、誰かきたりはしない。

「じゃあ今度は、わたしが外に出ていますね」

 ノウとしてはごく当然のつもりだったのだが、直後、二人から止められてしまった。

 ナディと一緒なら問題ないと思うし、自分の時はそうしたのだからと考えたが、二人は違う意見らしい。

「男の着替えなんて時間もかからないし、衝立の向こうにいてくれればいい」

 アルフラッドの背丈と同じくらいの衝立があるから、それを間に置けば、見えることはなさそうだ。

 なら自分の時もそれでよかったのでは、と言いかけたが、おそらくアルフラッドの気遣いだったのだろう。

 彼にしてみれば、いくらナディが一緒でも、ガウンを着ていても、誰彼なく見られる位置にノウを置きたくはなかった。

 不躾な視線を送る輩はどこにでもいる。その結果彼女が気に病むことは避けたかったからだ。

 麻の上下に着替えたアルフラッドは、衝立から顔を出して声をかける。

 ノウはというと、明日の荷物を用意しているところだった。

「あと、お手伝いすることはありますか?」

 ナディの質問に、しばらく考えてから首をふる。

 朝になったら起こしにきて、そのまま手伝ってくれるというから、寝るだけならすることはない。

 早起きは慣れているから、起こすのを手間取らせることもないだろう。

「それじゃ、あたしは馬車にいますから」

「え?」

 そのまま退出しようとしたナディの背に、思わず声をあげてしまう。

 今、聞き間違えでなければ、彼女は馬車にいる、と言わなかっただろうか。

「馬車で……眠るの?」

 そういえば隣はカーツと護衛、その反対も護衛の男性たちだった。

 てっきり彼女は一人部屋だと考えていたのだが、どうやら違うらしい。

「ええ、行きもそうでしたし」

 けろりと返答するが、ノウにとっては驚くばかりだ。

 そこで、アルフラッドが代わりに説明してくれる。

 馬車は勿論きちんと決められた場所に置いていて、宿の敷地内だが、万一の盗難の恐れは捨てきれない。

 毎回荷物をすべて客室に運ぶというのも無理がある。

 そのため、一番大きな荷馬車に積みこみ、そこで一人が眠るのが普通なのだという。

 行きは女性がナディだけだったので、自然と彼女が見張りに決定した。

「でも、盗みなんて滅多にないので、普通に眠れますよ」

 帰りは荷物も減っているので、広々と過ごせるらしい。

 隣を気遣う必要もないから、快適なくらいだとあっさりしたものだ。

 野宿経験もある彼女からすると、それは掛け値なしの事実なのだろうが。

 ちなみにもしノウがナディと同室を希望した場合は、男性が交代で番をする予定だったそうだ。

 その中にはしっかりアルフラッドも入っていたらしい、つくづく、主らしくない。

 本人たちは了承しているのだから、ここでノウが文句を言うのはお門違いだ、それは理解できる。

 けれど、そのままお休みなさいと送りだして、自分がちゃんとした寝台で眠るのは、どうにも気が引ける。

 せめて少しでも……と考えて、あ、と思い出した。

「ナディさん、ちょっとだけ、待ってください」

 ノウは部屋に持ちこんだ鞄を開くと、寝台の上に広げていく。

 大きく開けると、ふわりと柔らかな匂いが広がり、アルフラッドが不思議そうに覗きこみ……かけて、着替えだからと慌てて顔をそむけた。

 衣類を詰めた中には、いくつか入れておいたはずだと、服の間に手を入れてしばらく、目的のものを探しだす。

 しまったのも自分だから、予想通りの場所にあってすぐに見つけることができた。

「じゃあせめて、これを」

 手渡したのは、ラベンダーのポプリだ。

 邸の隅で使用人たちと育てていたハーブのひとつで、かれらからもらった端切れで袋をつくった。

 凝ったつくりではないけれど、縛るリボンは編んだもので、袋と色味を合わせてある。

 掌にすっぽりおさまるそれは、香りも強すぎないはずだ。

 暇さえあればつくっていたので、種類も量も結構なものだったが、ほとんどは使用人に配ってしまった。

 それでも余ったので、荷物の間に匂い消しも兼ねて入れておいたのだ。

「ラベンダーは安眠の効果があるから、よければ使ってください」

 まだたくさんありますし、と他のも見せれば、遠慮気味だったナディもじゃあ、と受けとってくれた。

「かわいい、ですね、いい匂いだし……ありがとうございます」

 にこにこ微笑む姿に、もっといいものがあればよかったのに、と思う。

 クレーモンス領でもポプリやドライフラワーがつくれるなら、やらせてもらいたいところだ。

 見て楽しいだけではなく、ちゃんと実用にもなるものだし。

「それでは、お休みなさい」

「お休み」

「お休みなさい」

 綺麗な敬礼をしてナディが出ていくと、ノウは鞄を片づける。

「……その、それは、まだあると言ったよな?」

 背後からの控えめな声に、振り返るとはい、とうなずく。

 アルフラッドは口もとに手を当て、しばらく不明瞭な呟きをしたあと、

「──俺も、ひとつもらっていいか?」

 やたらと真剣な顔で懇願するものだから、その内容に拍子抜けしてしまった。

「構いませんけれど……」

 あまり布を使ったので、男性が持ってもおかしくない地味な色もある。

 その中から黒っぽい灰色を選んで渡すと、嬉しそうに笑った。

 たいしたものではないので、逆に申しわけなくなるのだが、すみませんと言う状況でもないのはわかる。

「母も昔、よくこういうものをつくっていたんだ。孤児院に持っていくんだと言って」

 懐かしそうに目を細める姿に、ああ、と納得する。

「あまり上手ではないですけど、領地についたら、またつくりたいです」

 だから、自分でも驚くほどすんなりと、そう声に出していた。

 今までなにかしたい、なんて、口にできる立場ではなかったのに。

「俺は詳しくないが、なにかしらはあると思う、帰ったら一緒に見てみよう」

 アルフラッドは勿論そんなノウを叱責するようなことはなく、それどころか気軽に約束をしてくれた。

 それはきっと本当になる、まだ短い間しか一緒にいないけれど、すなおに信じられて、ノウははい、とうなずいた。

「さて、そろそろ眠ろう、旅はまだ続くからな」

「はい、お休みなさい、アルフラッド様」

「お休み、ノウ」

 きちんと顔を見て、名前を呼んで、お休みと声をかけあえる。

 なんてことのない挨拶だけれど、ほとんど経験のないノウにとっては、とても感動するものだった。

 じんわり温かい気持ちを噛みしめながら、お互い別々の寝台に横になり、その夜は更けていった。

 もう一個入れたい話があったのですが、入りきらなかったのであとに回します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
 設置してみました。押していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ