みんなと昼食
アルフラッドの少々危うい歴史講座が終わり、質問をいくつかしていれば、時間はあっという間だった。
昼休憩にと予定していた場所に到着したらしく、見える景色が変わっていく。
徐々に建物が増えていき、それに伴い馬車の速度も落ちていく。
宿泊場所だけではなく人家もあり、代えの馬なども扱っている、ちょっとした集落だ。
昼食の前に護衛の面々と顔合わせをするというのだが、
「紹介をすませたら、我々は別行動しますので」
そう提案するカーツに、アルフラッドが不思議そうに呟いた。
「別々? どうしていきなり」
「…………気を遣ってくださいよ」
主の言葉に、部下の眉間にどんどん皺が寄っていく。
彼としては、貴族が自分たちと一緒では、ということなのだろう。
けれどこの口ぶりからすると、行きはみんなで食事をしていたらしい。
深く考えなくても、アルフラッドの性格からすれば、どんな光景だったか想像はしやすい。
カーツたちの中で、自分はずいぶん深窓のご令嬢だと思われているらしい。
実際は違うわけだし、ここはさっさと印象を変えておくべきだろう。
「あの……皆様がよければ、わたしも一緒に食べたいです」
「は!?」
控えめに口を挟むと、カーツは心底驚いた顔でノウを見た。
「我々が行くのは大衆食堂ですよ?」
言外にわかっているのか、という文字が見えたが、そんなことは言われるまでもない。
「流石にそういう場所に行ったことはないですけど……普段の食事は、多分そちらが近かったですし」
ノウとしては事実を述べただけなのだが、なぜか二人して怪訝な顔をした。
しかし、問答をしている時間も勿体ないということで、駄目だったら言ってくださいと念押しされる。
しばらくして馬車が完全に停まったところで、アルフラッドの手を借りて地面に降りる。
すぐ近くに一団がいて、それが他の面々なのだろう。
「じゃあ、護衛を紹介しておくな」
アルフラッドによって、簡単に名前を告げられる。
幸い、少人数なのですぐに覚えられそうだ。
たしかにこれで貴族の一団だと言われても、にわかには信じられない。
商人の一団でもギリギリだろう、なにせ、カーツとアルフラッド以外は皆武装しているのだから。
そんな中には一人だけ、女性がいた。
「ナディです、女給としての経験はないですけど……何かあれば言いつけて下さい」
緊張した面持ちでそう告げた彼女も、護衛として一団にいるのだろう。
身なりからしてもそうだし、腰には短剣を下げている。
だとすれば、女性だという理由だけで、自分の世話を頼まれたに違いない。
「基本的には一人でできますから、あなたのお仕事を優先してください」
各地の貴族の屋敷に泊まるのではないなら、社交をする必要はない。
従って、きちんとした身支度をする機会はないだろう。
それなら、いつもしていたことだし、ほとんどは自力でなんとかなる。
ノウの言葉に、ナディだけでなく全員が面食らった様子で、今日はたくさんの驚いた顔を見るな、とのんびり思う。
「──さて、とりあえず昼食に行くか」
場をとりなすようなアルフラッドの声で、弾かれたように全員が動きだす。
ただしそれも、全員一緒で、という言葉で再び衝撃が走るのだが、それでも主が言うのなら、と移動していくので、流石だなと思う。
しかしその従いようは、主従というより、どこか学校のような印象を受けた。
正確には軍隊のそれに近いのだが、経験のないノウにはわからない。
荷物番に一人を残し、むかった先はノウのイメージする大衆食堂より、よっぽど静かで綺麗な店だった。
席も適度に間隔が空いているし、客数もそこまで多くない。
ちらりと見た看板の価格は、少し高い気もしたが、市井の者でも払えない額ではないだろう。
右にカーツ、左にアルフラッドに挟まれた状態で席につくと、注文は任せてしまう。
やがて運ばれてきた大皿料理で、机の上はいっぱいになった。
「駄目なものはありそうか?」
アルフラッドの問いかけに、ぐるりと料理を見渡して、いいえ、と首をふった。
注文の時に聞いていた名前からしても、特に変わったものはなさそうだ。
まだまだ都から近いので、そう変化しようもないだろう。
それなら、と彼はかいがいしく皿にとりわけて渡してくれた。
その量は、意外に多くない──どころか少なめなほどだ。
てっきり山盛りに出されるかと思ったので、まじまじ見つめてしまった。
すると、アルフラッドが心配げにして、トングを手にし直した。
「足りないか?」
「あ、いえ、十分だと思います」
もう少し食べられるだろうが、足りなければおかわりをすればいいだけだ。
慌てて答えて、皿を受けとると、わりと綺麗に盛られている。
一体どこで身につけたのかと顔に出ていたのだろう、隣でカーツが笑っていた。
「あのかたの躾のたまものですかね」
「あのかた?」
「俺にとっては義母だな」
成程、と納得する。
血の繋がりはないが親子ではあるから、顔を合わせる機会も多いのだろう。
「報告ついでに食事を一緒にすることが多いんだが……大体これくらいの量だったからな」
食事のついでに仕事とは、いかにも彼らしい、と納得する。
となると、日に一度は義母と食事を共にするのだろうか。
あまりひととなりがわからないので、少し緊張してしまう。
とにかく、アルフラッドはそこで様子を見ていたから、女性の適量を覚えたというわけだ。
「盛りつけは、昔、適当にしていたら怒られたせいだな」
少ししょげた顔をしつつ、自分の分を皿に載せる、今度は量が多い。
それでも、きちんと彩りまで考えているところに驚いてしまう。
「昔……ですか?」
アルフラッドが料理をしたのだろうか、わけがわからず反復すると、護衛の一人である青年が口を開く。
「遠征とか、ちゃんとしたものなら、料理人をつけますけど、そうでない時の調理は持ち回りなんっすよ」
「ですです、で、大体下っ端がやるんです」
今は比較的平和ではあるが、軍に所属していれば、いつどこへ赴くかはわからない。
そういう時に、必ずしも料理人を連れて行けるわけもない。
だからといって食をおろそかにすれば、勝てる戦も勝てなくなるし、様々な病気を招いてしまう。
よって、一通りはこなせるようにと教わるのだという。
とはいえ軍の男女比率は圧倒的に男が多いし、忙しい時に凝った料理をつくれるわけもない。
結果、煮たり焼いたり単純なものになることがほとんどだというのだが、アルフラッドがまだ一兵士だったころの上官は、そういう時こそちゃんとした食事だ、という主義だったらしい。
だから、訓練先で香辛料などを見つけさせられたりもしたし、料理教室とまではいかないが、ずいぶんしごかれたのだという。
それはそれで今も役立っているので、無駄ではなかったというのだが、できた料理を適当に皿に載せると、ものすごく怒られたらしい。
「面白いですね、もっと聞いてみたいです」
「大体はむさ苦しい話ばかりだが……まあ、そのうちにな」
話している間にめいめいが料理をとり終わったので、いったん会話は終了し食事にすることになった。
「いっただっきまーす!」
護衛の面々は物凄い勢いで食べていくが、みっともなくはないのに驚いてしまう。
だが、感心している場合ではない。ノウもゆっくり口に運んで、咀嚼し終えてからこちらを見つめているアルフラッドに告げた。
「家の味つけとは違いますけれど、おいしいですね」
その言葉に、ほっと表情が緩む。
気にしていたらしく、彼のスプーンは動いていなかったが、ようやく食べはじめた。
こちらも、あっというまに皿の上に隙間ができていく。
マナーを叩きこまれたのだろう、所作は貴族のそれと遜色ない。
「しかし……慣れている、と言ったが、実家ではどんな食事だったんだ?」
食事をしながら問いかけられて、どう答えたものか悩んでしまう。
周囲に他の客がいないので、聞かれる心配はなさそうだから聞いてきたのだろう。
言葉を探していると、アルフラッドの表情がどんどん険しくなっていった。
「まさか、両親からちゃんとしたものを与えられていなかったのか?」
「あ、いいえ、違います」
急いで首をふり否定する。
べつに両親が疑われること自体はどうでもいいのだが、つらい目にあったわけではないので、訂正はすべきだろう。
「ええと……質実、というのでしょうか」
両親の普段の生活は、その言葉がぴったりだった。
行儀作法という意味で必要だし、流行に遅れるわけにはいかないから、時々豪華な晩餐も出た。
そういう時はノウも同席を許されたが、少しのことでも厳しく言われるので、あまり好きではなかったけれど。
だが、日ごろの料理は野菜のほうが多いくらいで、味つけも薄いものばかりだった。
加えて、客人を招く部屋やその際に使用する諸々は、男爵家らしい格の中で最上級をそろえていたが、他の部分は見た目より頑丈さを重視していた。
そういう意味では、彼らはとてもしっかりした感覚を持っていたといえるだろう。
「クレーモンスのお屋敷もそんな感じですよね」
「俺たちはそうだな」
一通り説明すると納得してくれたらしく、話はクレーモンス領のほうへ移る。
少し引っかかる物言いに感じたが、毎日豪華な食事でないという事実にほっとした。
そんな雑談で昼食は終了し、ノウとアルフラッドの二人が馬車に乗る。