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カーツとの顔合わせ

 ──と同時に、馬車は再び走りだす。

 先刻言っていた、説明する者だろうと検討がついた。

「すみません、こんな場所で挨拶になって。クレーモンス領で商会の幹部をしているカーツと申します」

 頭を下げた彼は四十代ほどか、商人というにはいささかがっしりした見た目をしている。

 つまり彼が、アルフラッドに夜会へ出ろと言った人物なのだろう。

「他の連中との挨拶は後回しでもいいんですが、まず話しておきたいことがありまして」

 なので場をつくりました、と言うので、覚えず座り直す。

 様子からして、今すぐ降りろだとかではなさそうだが、一体なんなのだろうか。

 緊張して次の言葉を待っていると、カーツはさっとノウの姿を確認してから口を開いた。

「実はですね、我々は『クレーモンス伯爵とその一行』としては旅をしていないんです」

「……はい?」

 きょとんと目をまたたいたノウは悪くないだろう。

 カーツも流石に説明不足なのは自覚しているらしく、すぐに解説してくれた。

 彼の言うところによると、つまり、この一団は貴族らしからぬ少数なのだという。

 アルフラッドと、商会関係のカーツ、あとは護衛だけというから驚きだ。

 都に商会の支店があるので、仕事としては困らなかったというが、それにしても少ない。

「主は仰々しいのは嫌だと言ったので、こうなりました」

「……俺のせいだけにしないでくれ」

 嫌味を口にしても問題のない関係性らしい、アルフラッドはばつが悪そうにしているだけで、叱責はない。

 ──伯爵として旅をすれば、当然、道中の領地での挨拶もついてくる。

 アルフラッドはそれを嫌がり、よって身分を伏せてここまできたのだという。

「というわけで、旅の間は、私が率いる一団、ということになっています」

 まあ、それが順当だろうとノウも思う。

 ただ、アルフラッドの外見で商人を名乗るのは難しそうなので、カーツが代わりになっているのだろう。

「……ですので、ノウ様にもそのあたりを合わせてもらいたく……」

「ああ……なるほど」

 それで急いで打ち合わせにきたわけだ。

 知らずに街中で不用意な発言をしてはまずいからだろう。

「ええと、具体的にはどうすれば?」

「設定は、カーツが頭の商人で、俺はその息子、だから君はその妻だな」

 アルフラッドとカーツが似ているかというと、ノウよりは色味も近いし、鋭い顔つきが似ている……気もする。

 ……まあ、誤魔化せないことはなさそうだ。

 どこも長居するわけではないから、なんとかなるのだろう。

 あまり嘘で固めてしまうとやりづらくなるので、その程度が無難でもある。

「では、カーツさんへの口調は、アルフラッド様に対するものと同じでかまいませんね」

 アルフラッドの言葉に了解し、確認をとる。

 義理の父という設定なら、丁寧語で接して問題ないだろう。

 そうだな、とうなずくアルフラッドに対し、カーツは苦いものを噛んだ表情をした。

「頼んだ私が言うのもですが……お嫌ではないんですか?」

「嫌? どうしてです?」

 質問の意図がわからず問い返す。

 状況からして最善の方法だと思うし、アルフラッドも同意しているが、なにか問題があっただろうか。

「私は貴族ではありませんよ」

 叩き上げの一般人だと告げられたが、それでもぴんとこない。

「──だから言っただろう、ノウはそのへんの貴族令嬢とは違うと」

 横ではアルフラッドが面白そうに笑っている。

 いつのまにか呼び捨てにされていたが、不快感はないので言及はしない。

 そこまで言われて、おぼろげながらカーツの当惑が理解できてきた。

 つまり、平民に、演技だとしても丁寧に接しなければならないなんて、と怒ると予測していたわけだ。

「そもそもわたしがお邪魔したせいで、予定も狂ったでしょうから、円滑に進むための協力は当たり前だと思いますけれど」

 自分がいなければ、彼らは行きと同じように帰ればよかっただけだ。

 それが、ノウのせいで変わってしまった。

 もとより我が儘を言うつもりはなかったが、もう少し険悪な対応かと思ったので、こちらこそ拍子抜けしているほどだ。

「それに……砕けた口調は、慣れなくて。このほうが喋りやすいくらいです」

 使用人たちとは長いつきあいだから、大分話しやすくなっているが、基本的にノウは誰に対しても敬語を使う。

 男爵という身分が低いという事情もあるが、居丈高にふるまうのが好きになれないためもある。

 表ではいい顔をしているくせに、邸にもどれば低い身分の者たちをさんざんに罵倒している両親を見ていたからかもしれない。

「護衛の連中には丁寧にしなくていいぞ」

 アルフラッドに言われ、そういえばそうだ、と気づく。

 商人の嫁という立場であっても、護衛に丁寧に接するのはおかしく映るだろう。

「ど……努力しますが……」

「丁寧にする気が起きなくなるような奴らだしな」

 緊張して答えれば、妙に自信たっぷりに断言された。

 一体どんな人物なのか、あとが楽しみなような、なんというか。

 カーツは街などが近づいたら馬車に同乗するが、それ以外の時は別の馬車で行くという。

 名前などはそのまま呼んでも差し支えないだろうということで、特に偽名などは使わないらしい。

「そして服装ですが……そのままで問題なさそうですね」

 無駄な金を使いたくないと言い捨てた母の選択が、結果的にうまくいったらしい。

 都の大商人ならば、今ノウの身につけているものより質のいいドレスだったりする。

 一市民が着る量産品とは比べられないが、商人の着る服としては、ぎりぎり及第点なのだろう。

 それなら、と思いついたことは、特に言わなくても行動すればいいかと思い直す。

「──では、私はこのあたりで」

「え、もう……ですか?」

 説明が終えたからと降りようとするカーツに、つい声を漏らしてしまう。

「私がいてもお邪魔でしょう」

 普通の貴族なら、おそらくそうなのだろう。

 だが、ノウにしてみれば、目の前にいるのはクレーモンス領内の経済に深く関わっている人物だ。

 しかも、アルフラッドの様子からして、政治にも手を貸しているのだろう。

 でなければ、領主になって間がない彼とここまで打ち解けているはずがない。

「もしご迷惑でなければ、領地のことを教えてもらいたいのですけど……」

 急いで調べた情報はあまりにも少なく、ノウとしては自分に納得ができていない。

 厄介者を引きとってくれるのだ、きちんと領地のことを知っておくべきだろう。

「父に贈ってくださったお酒は、両方領地のものなのですか? 珍しいものだと聞きましたが、どういう販売方法なのでしょう? そもそも、どういう経緯で酒造をはじめたのです?」

 矢継ぎ早に質問すると、カーツはきょとんと目を丸くした。

 知的好奇心が抑えきれず暴走してしまったと気づいて、かっと頬を染める。

「す……すみません、いきなり」

「ああ、いえ、そんなに興味を持っていただいているとは、思わなかったので」

 慌てて謝ると、やんわりと返される。

 そっと様子を窺うと、二人とも穏やかに微笑んでいた。

 どうやら、不興を買ってはいないらしい。

「そうですね……根を詰めてもいけないですし、昼休憩までにしましょうか」

 カーツの提案に、一も二もなくうなずいた。

 なにせ人員が少ないので、カーツも交代で御者をしなくてはならないらしい。

 それなら我が儘も言えないし、少しでも知識欲を満たせるのなら文句はない。

「では領地の歴史を……アルフラッド様、かいつまんでどうぞ」

「俺が!?」

 突然ふられ、傍観を決めこんでいたらしい彼が高い声をあげる。

「ノウ様の勉強になり、あなたの復習になる、一挙両得でしょう」

 しれっと笑うカーツはなかなか抜け目ない。

 アルフラッドはあからさまに渋い顔をしたが、ノウをちらりと見て、わかった、とうなずいた。

「じゃあ、まずは領地ができたきっかけから──」

 にわか講義の開始に、ノウはわくわくしながら耳を傾けるのだった。

 ちなみにカーツの名前は、他のキャラの由来とは無関係です。

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