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出発の日

 ──そして翌朝。

 早々に起きて身支度を整えると、少しもしないうちに呼びつけられた。

 どうやら、先触れがきたらしい。

 時計を見れば、夜会の翌日なら貴族は眠っている時間帯だ。

 最後にざっと室内をあらためて、忘れ物がないことを確認する。

 ──流石に少しは、寂しい気がした。

 首をふって感傷を払うと、心配そうな女給にむきなおる。

「今まで本当にありがとう、みんな、元気でいてね」

「お嬢様こそ……お気をつけて」

 両親が許さなかったので、使用人たちは見送りができない。

 それもあってのお別れ会だったわけだが、やはり不服なのだろう。

 一番よくしてくれた彼女は、涙ぐみながら両親に腹を立てるという、器用なことをしていた。

 それをなだめてから、遅くなってもまずいと玄関へ急ぐ。

「お待たせしました、おはようございます」

 朝日の中たたずむ彼は、寝起きの様子など微塵もない。

 いつもどおりのアルフラッドに対し、両親は流石に眠そうだ。

 流石に元軍人は違う、と感心しつつ挨拶をかわし、まずは荷馬車に荷物を詰める。

 一度に二台出て行くと不審がられるのではと両親がごねるかと思ったが、特に反応はなかった。

 眠気で多少判断力も劣っているのかもしれない。

 アルフラッドが連れてきた数人が運べば、少ない荷物はあっというまに積まれてしまう。

 少し困ったが、これ以上することもない。

 ノウは数歩進み、アルフラッドの隣に立って両親を見やった。

「……それでは、行って参ります」

 なんと挨拶したものかよくわからなくて、言葉少なになってしまう。

 お世話になりました、と言うべきなのだろうが、口が裂けても嫌だった。

「アルフラッド様によくお仕えするようにな」

「いってらっしゃい」

 早朝に起きたせいか、両親もあまり喋らないのがありがたかった。

 長い別れになるのだから、本来は湿っぽくなるものだろうが、あっさりと終わってしまう。

 誰も気にしていないし、まあいいか、とアルフラッドに誘導され、馬車に乗りこむ。

 進行方向と逆にすわられたので、自然、ノウは反対側に腰を落ちつける。

 やがて、ゆっくりと馬車が動きだした。

 そっと窓から外を見ると、両親はさっさといなくなっていたが、使用人たちが別の場所から集団で見守ってくれていた。

 アルフラッドも気づいたらしく、速度を緩めてくれた。

 さらに、窓も大きく開けてくれたので、落ちないように気をつけながら半身を乗り出し、思い切り手をふった。

 貴族としてはあるまじき行動だが、そうしていいからこそ開けたと判断したのだ。

 万一に備えてだろう、ノウの後ろにいてくれたことで、安心してできたというのもある。

 手をふり返してくれたことに、じわりと目頭が熱くなる。

「……ありがとうございます、アルフラッド様」

 深々と頭を下げると、これくらい、と笑みを返される。

「俺もよくしてもらったしな、今後も商会の者に様子を見るよう頼んでおこう」

「え……いえ、そこまでしていただくわけには」

「いや、どうせ君の両親のところへ行く用事もできるしな」

 だからついでだ、と言われて、それ以上は言えなくなる。

 たしかに今後も、両親へ酒を融通したりすることになるだろう。

 そのついでにかれらの様子を気にしてくれるのは、ノウとしてはありがたい。

 自分という八つ当たり相手が減ったことで、それがかれらにいかないか、それだけが心配だからだ。

「あの……両親からの頼みごとは、きちんと対価をもらってくださいね」

 多少なら構わなくても、頻度が高くなれば安いものではない。

 自分が代わりに払うと言いたいが、自由にできる財産がないことが悔やまれる。

「そのあたりはうまくやるから、心配しなくていい」

 お見通しらしくきっぱり断言されたので、それ以上続けることはしないでおく。

 改めて、馬車の中をぐるりと見回した。

 外から見たかぎりでは地味な馬車だったが、中味はきちんとしているらしく、揺れもあまり感じない。

 今まで乗っていた馬車と同じかそれ以上だろう。

 いくつかクッションも置いてあったので、ありがたく借りることにした。

「朝が早かったからな。眠ければ、眠っても構わないぞ」

 ぞんざいな口調にもどったアルフラッドに気遣われたが、大丈夫です、と首をふる。

「これくらいに起きることもありますから」

 流石に彼の目の前で居眠りをする気にはなれないし、それに、少し気になることもある。

 悩んでいる間に時間は過ぎてしまうので、急いで口にした。

「あの、窓を開けたままでもいいですか?」

「勿論」

 先ほどの別れからそのままになっていた窓は、カーテンも避けられている。

 快諾されたのでいそいそと窓に寄った。

 まだ歩く人々は少ないが、それも新鮮な景色だ。

「……離れるのは寂しいか?」

 アルフラッドの問いかけに、自分の今の行動はそう見えるのかと気づいた。

 窓から視線を外すと、困ったような顔をしている。

 ノウは静かにいいえ、と答えた。

 寂しさがないわけではないが、外を見たい理由はそれではない。

「あまり、外出は許されていませんでしたし、両親と一緒だと、窓を開けることはできませんでしたから」

 だから単純な興味です、と言い添えると、ほっとしたように表情が緩む。

 エリジャの邸へ行く時は使用人だけだったから窓を開けられたが、それ以外では許可がおりなかった。

 以前使っていた馬車の窓は小さく、顔を見られることはないと思ったが、口に出せば罵倒されるだけ。

 だから、思い入れなどはなく、純粋な好奇心からだ。

「俺の領地は、都に比べればとても田舎だが……それなりの大きさではあるから、落ちついたら案内しよう」

 辺境の彼の領地は、特に国境に面しているわけでもなく、歴史はあれど、軍事的な用途もなかった。

 よって、栄えていると言ってもたかが知れている、ということらしい。

 たしかに、付け焼き刃で調べた領地に関しても、これといった特色はなかった。

 しかし、長く続いた地であることはたしかなので、歴史的な建造物などもあるはずだ。

 他の場所を知らないノウにとっては楽しみなので、ありがとうございます、と礼を述べた。

 領主という立場にいる彼に、そうそう休みがとれるのかは謎だし、自分に時間をとらせるのも申しわけないが、そう答えておくべきだと思ったのだ。

「それと、門のあたりで一人乗ってくる。今後の旅のことで説明するためなんだが……」

 話さえすめばもとの馬車へもどると言われて、わかりましたとうなずいた。

 なにせ自分は想定外のお荷物だ、かれらに逆らうつもりはない。

 門が開いてすぐの時間を狙ったおかげで、行列は少なく、すんなりと門から出られた。

 意外なことに入ってくる者は多かったが、行商のためだと聞かされて納得する。

 そして、都の大門を出て──そこからはノウのまったく知らない世界だ。

 正確に言えば公爵の領地に行ったことがあるが、覚えていないのではじめてと表現して差し支えないだろう。

 できれば自分の足で踏んでみたかったがしかたがない、窓から眺めるだけでも十分な感動だった。

 大門から出ても、左右にひしめいていた建物が減るが、さほど景色は変わらない。

 閉門時間に間に合わなかった者が宿泊したり、門を通れない者たちが行商したりするため、小さな街のようなものができているのだ。

 それも進んで行くいとも減っていき、やがて、建物はほとんど姿を消す。

 見晴らしがいいようにだろう、邪魔にならないよう木々は伐採されており、単調な景色になった。

「このあたりはよく整備されているから、前から馬車がきても避けなくてもすむ──便利なものだ」

「本当ですね」

 大通りからさほど道幅は変わっていない、つまり、かなりの長さがある。

 それがきちんと石畳で舗装されているのだから、たいしたものだ。

 都へと至る大街道は、国の威信をかけて工事が行われた過去がある。

 以来、劣化しては修理を繰り返し、今もなおその整然とした道によって、力を見せつけている──という。

 たしかに、これだけの規模の道を維持し続けているのを実感すれば、国力もわかろうというものだ。

 すると、馬車が急にゆっくりになり、停止する。

 どうしたのかと思うと、ドアがノックされ、アルフラッドが返答するとすぐ開く。

 失礼しますと入ってきたそのひとは、彼の隣に腰を落ちつけた。

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