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彼女をとりまく様々

 アルフラッド視点

 御者が門番とやりとりをし、やがて扉を開けられる。

 そのまま通ろうとしたが、その前に門番が近づいてきた。

 どうしたのかと窓から様子を見ると、真剣な表情でこちらを見ていた。

 一度馬車を止めて扉を開けると、門番は素早く寄ってくる。そこに敵意や殺意はない。

「不作法は承知ですが、これを。お嬢様からです」

 声を潜めて、さっと紙切れを渡すと、なにもなかったかのように横に並ぶ。

 アルフラッドもすぐさま扉を閉めると、御者へ、怪しまれない程度にゆっくり進むよう頼んだ。

 紙はごく簡素で装飾もない便箋一枚で、そこには几帳面で綺麗な文字が並んでいた。


『アルフラッド様へ

 こういう形をとってしまい申しわけございません。

 もしも今後、なにか打ち合わせする必要がありましたら、お手数ですが書面か、使用人に伝えてください。

 邸で二人きりになることは、おそらく難しいと思いますので……

 使用人の皆は信頼できる者ばかりです。

 手紙も、アルフラッド様からのものは、両親に見せず直接渡すよう頼んであります。

 少しでもそちらが怪しまれないよう、万全の注意を払います。  ノウ』


 彼女の筆跡は知らないが、間違いはないだろう。なにより、偽る理由がない。

 小窓を開けて、側を歩いている門番に声をかける。

「わざわざすまないな」

「いえ、お嬢様から聞きました、使用人は皆、あなたがたの味方です」

 その声に偽りはないように思えた。

 怪しまれないよう目線は進行方向をむいたままだが、真剣な顔をしている。

「──なるほど、彼女がきちんと育ったのは、君たちがいてくれたからか、ありがとう」

 両親から役に立つ時だけ使われ、それ以外罵倒されていたにしては、彼女はひねたところが少ない。

 自己評価は低いものの、話を聞いた上で考えれば、想像以上にまともなほうだ。

 間違いなく、使用人のかれらや家庭教師の接しかたのおかげだろう。

 となれば、感謝を告げるのは当たり前だ、しかし意外だったのか、門番は驚いたらしく声を詰まらせ、

「いえ、我々は……たいしたことはできていません」

 やや苦々しげに呟いたあと、ですから、と言葉が続いた。

「あなたが本当にお嬢様を救ってくれるのであれば、なんでもします」

 先日訪問した時は、どこか刺々しい目線を送られたのだが、それも納得だ。

 ちょうどいいと言い放って妻にしたいと告げれば、ろくでもない両親と同類と見なされる。

 だからかれらは、アルフラッドを敵だと認識していたのだろう。

 それが、ノウによって説得されたから、ここまで態度が急変したというわけだ。

 勿論、まだ疑う者もいるだろうが、少なくとも門番の彼は、アルフラッドが礼を口にしたことで、評価を改めてくれたらしい。

「今は伝言より、彼女についている使用人に話を聞きたいが、可能だろうか?」

「……一番近い存在ならいますので、帰りに話せるよう取りはからいます」

 問いかければ、少しの間の後、含みを持った返答があった。

 気にはなったが、話が聞けるならとりあえず問題はないし、大分停車場が近づいている。

 急いでもう一度礼を述べるころ、ちょうど馬車が到着した。

 扉の外には、男爵夫妻とノウが並んで待っている。

 よし、と一つ息をついてから、アルフラッドは表情を引きしめた。


 先日も通された部屋に招かれ、異なる茶器で違う茶葉が出される。

 銘柄はわからないが、味はたしかなので、素直に称賛した。

 室内のしつらえといい、茶器の選択といい、どれもよく選んでいる。

 主張しすぎることはないが、記憶には残る──男爵そのもののようだ。

 これが性根の芯から同じであれば、好感を持つのだが、ノウへの態度を知っていると、どうにも居心地が悪い。

 だがアルフラッドはそんな様子をおくびにも出さず、穏やかな態度を心がけた。

「支度は進んでいますか?」

 一通りの社交辞令を終えて問いかけると、ええ、と男爵のうなずきが返ってくる。

「家具は揃えて下さるということでしたので、甘えさせて頂きますから、順調ですよ」

 あまり男爵家から持ちだすと、あとでごねられるかもしれないと思ったので、大きなものはなくてもいい、無駄に金もかけなくていい、と念を押して手紙に書いたのだが、素直に受けとめてもらえたらしい。

 旅行用の衣類は、直しに一日程度かかるらしいが、それくらいなら想定内だ。

 旅なのだから華美でなくていい、と告げたものの、どの程度か少々不安はあるが、こればかりは確認しようがない。

 細々したものばかりだからと、おおよその量を告げられて、それなら荷馬車に入るだろうと算段をつける。

「よかったです。馬車がもう一台必要になると、正直厄介ですからね」

 実際にはまったく構わないのだが、ノウに対して余力を割きたくないという印象をつけるため、口にしておく。

 男爵もそうでしょう、と同意するのだから、血の繋がりはどうしたのかと思うほどだ。

 こんな態度でいたらなにか言われそうなものだが、酷い傷痕というのはよほど免罪符になるらしい。

「──ああ、それと聞き忘れていましたが、使用人は何人ほどになりますか?」

 貴族は通常、身の回りのことはあまりしないものだ。

 男爵家ということもあって、なにからなにまで、とはないだろうが、着替えなどは当然誰かついているだろう。

 それに、見知らぬ地へ行くのだから、慣れた使用人を連れて行くのは当然と言える。

 アルフラッドはノウ専属のメイドがいないことを知らないので、ごく普通の問いかけだったのだが、

「それなのですが……我が家はぎりぎりの人数で回しておりまして、そちらへ出すのは難しいのです」

「……では、誰が彼女の面倒を見るんです?」

 覚えず低くなった声は、一人で放りだすつもりか、という憤りのためだ。

 だが、男爵には厄介を押しつける気か、という怒りに聞こえたらしい。

 なだめるような笑みを浮かべて、大丈夫です、と太鼓判を押す。

「娘は傷を見られたくないからと、基本的なことは一人でできますから、旅の間は問題ないです」

 つまり着替えも、その他諸々も、日常的に彼女にやらせていたということだ。

 流石に家事はやらせていないだろうが、そのあたりは確認しようと気にとめておく。

 つまり、彼女付きの侍女がいないという事実に思い至り、そこまで放置なのかと苛立ちが増す。

 だから門番は言葉を濁したのだろう。言いづらかったに違いない。

「本当に大丈夫なんですか?」

 嘘であってくれたほうがいいと内心で思うが、ええ、という自信を持った答えしか戻ってこない。

 夜会となれば化粧や髪結いもあるので、流石に一人では無理だが、そうでなければ問題ないという。

 ノウのほうを見やると、意図的だろう無表情で、小さくうなずいてみせた。

「お父様の仰るとおりです。ご迷惑はおかけしません」

 淡々とした声の調子は、夜会で喋っていた時とまったく温度が違う。

 感情をそぎ落とした調子に、これが日常なのだとしたら、無愛想だの魅力がないだのと評されるだろうと納得した。

 それが、彼女が自分を守る精一杯の方法なのだろう。

 両親に文句を言われない程度に、相手から興味を持ってもらわないようにするための、ささやかな抵抗。

 まだ若いというのにと、胸が軋む音がしたが、無理矢理意識を切り替える。

 ノウに関する真偽の確認はメモを渡すなり、帰りの馬車でもできる。

 これ以上粘って怪しまれてもしかたがないので、渋々といった様子をつくり引き下がることにした。

 互いの予定をすりあわせ、出発前日の午前中に、教会で宣誓し書類をつくることが決まった。

 男爵は出立直前にしたかったらしいが、早朝、都の大門が開いてすぐに発つ予定のために、それは無理だと告げれば了承してくれた。

 公的な書類に載れば、貴族であれば誰でも閲覧はできる。

 だからなるべくぎりぎりにして、知られることを避けたい狙いなのだろう。

 アルフラッドもその点に異論はなかったが、彼としては早めにサインだけして、万一の心変わりを避けたかったのだが、こればかりはやむを得ない。

 話はとんとん拍子に進み、おおよその予定は決定した。

 あまり頻繁に行き来すれば、それも噂になってしまうということで、以降は当日まで、手紙だけのやりとりに決めた。

 アルフラッドとしてはノウの様子が気にかかるが、使用人に手紙を出せばいいとわかったので、鷹揚に了承してみせた。


 会談を終えて帰りの馬車に乗りこみ、門扉までのわずかな時間、同じようにゆっくりと馬車を走らせる。

 すると、影から小走りに女性が駆けてきた。

 おそらく、先ほど頼んだノウに近い使用人だろう。

 両親らは邸にもどっているが、馬車に隠れるようにしてついてくる。

 あまり時間はない、使用人たちが協力してくれていても、馬車をのろのろ動かしていれば怪しまれてしまう。

 アルフラッドは早口で決めていた質問を投げかけた。

「彼女付きのメイドがいないというのは、事実なのか?」

「はい、普段はお一人で……できる時はあたしが手伝いますが、傷を見たことはありません」

 傷を見ない着替えということは、下着類は自分で身につけているということだ。

 となると、身支度ができるというのは本当なのだろう。

 それからもいくつか質問してわかったことは、簡単なベッドメーキングなども、ノウは自分でやっているということだった。

 それなら男爵の言うとおり、一人でも問題はないだろう。

 できれば使用人の彼女を連れてきたいところだが、男爵が許可していないのであれば、波風立てるのは得策ではない。

「……旅の間は少し不自由させるかもしれないが、領地ではきちんとさせると約束する」

 だから、真剣な口調で誓うと、お願いしますと返ってくる。

 アルフラッドも流石に、貴族令嬢の日常はよくわからないので、正直不安はあるのだが、幸い一人だけ女性を連れてきている。

 男では都合が悪い万一のためにと思ってであり、使用人ではなく護衛なのだが、多少のことはできるはずだ。

 彼女がいれば、とりあえず体裁を整えることはできる……だろう、少々自信がないが。

「ああ、そうだ……あとは、これを」

 ごそごそと懐からとりだしたのは、カーツに渡された例の包み。

 それを小窓から渡し、ノウに、と言えば、使用人は嬉しそうに笑った。

 味は知らないが、あの男の選んだものなら間違いない……はずだ。

「きっと彼女は言わないだろうから、何かあれば独断でも構わない、俺のほうに伝えてくれ、場所は──」

 ノウはなにかと我慢しそうなので、使用人へ宿泊先を伝えておく。

 ついでにスカーフにつけていた、家紋つきのピンを渡しておいた、これがあれば、詳細を知らない商会の者でも気にとめてくれるはずだ。

 勿論、円満に進めば最良だが、なにが起きるかはわからない。

 打てる手はすべて打っておくべきだろう。

「お気遣いありがとうございます」

 使用人は雇い主である男爵には逆らえないが、隠れた場所ではノウの味方でいてくれる。

 あと数日が心配だったが、これならなんとかなるだろう。

 アルフラッドは予想外の成果に満足して、帰路についた。

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