表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/99

カーツの苦労

カーツ視点

 朝から落ちつかない主を、カーツはうんざりした目で見ながら自分の作業をしていた。

 昨日はどうしても外せない用があったため、同行できなかったことが悔やまれる。

 結婚の申し出だというのに、一人で行くなんてと絶叫したが、本人はどこ吹く風だった。

 それなりに勝算があったのだろう、そもそも勝てない戦に行く主でもない。

 だが、それでも返事は気になるらしく、うろうろする姿は、いい加減鬱陶しい。

 恋に浮ついた様子とは違うのだが、結婚したいというくらいだから、情があるのは間違いないようだ。

 その後急いで調べた彼女は、たしかに同情したくなる生い立ちだった。

 アルフラッドの身の上と似てはいないが、通じるものがあったのだろう。

 打算の結婚で失敗するよりは何倍もマシだし、本人が望んでいるなら外野がとやかく言う筋合いはない。

 ないのだが、愛妻家で子煩悩な夫であり父であるカーツとしては、やはり気になるもので、緊張がうつってしまってこちらまで居心地が悪い。

 ──待望の手紙がとどいたのは昼近くになってからだった。

 本人がペーパーナイフで封を開き、素早く中味を確認して……よし、とうなずく。──ということは。

「了承されたぞ」

 察してはいたが、そうですか、と返す。

 おめでとうございますと言うべきか悩んだが、それより彼が言葉を続けた。

「詳細を詰めなければな」

 すぐにも出て行こうとする勢いだったので、慌てて止めた。

 いくらなんでも性急すぎる、帰還の日どりを明確に決めたわけではないのだから、そこまであせらなくてもいいはずだ。

「相手は貴族ですよ、今日は返礼の手紙だけにしておくべきです」

 その中で訪問する日を問うべきだと諭せば、わかった、とうなずかれる。

 こういうところは素直でありがたいのだけれど、と小さく嘆息した。

「……それに、となるとこちらも準備をしておかなくてはいけませんし」

 すべて準備できるかは微妙だが、ある程度支度をしておかなくては、むこうの家も安心できないだろう。

 日数が少ないので、どこまで望みどおりにできるかは怪しいので、カーツとしては不服が出そうだが。

 しかしカーツの言葉に、アルフラッドはきょとんとした顔になった。

「準備? 一緒に帰るだけだろう」

 心底わからないといった様子に、思わずこめかみを押さえた。

「……まさか、我々の馬車に乗せるつもりじゃないでしょうね?」

「────あ」

 この阿呆、と罵らなかった自制心を褒めたい。

 今気づいたという主の姿に、深々とため息を吐いたのはしかたがないだろう。

 少人数でやってきた一団は、貴族とも思えぬ人数だ。

 誰に言っても信じてもらえないような数になっている。

 身の回りを整える使用人は一人もおらず、まともな馬車もないのだ。

 カーツと部下は商会の馬車に乗ってきており、あとは荷馬車しか存在しない。

 アルフラッドたちはどうやってきたかといえば、全員乗馬してだ。

 商会の用事で遠出することもあるので、使用しているのは決して粗悪な馬車ではないが、それでも貴族の令嬢を乗せていいとは思えない。

 そもそも、自分たちと同乗などいいわけがない。

「……用意できるか?」

 完全に失念していたらしい主におずおずと問われ、できますよ、と答える。

 ただし、日がないし、急なことだからどの程度のものがあるかは、行ってみないとわからない。

「かかった分は惜しまないから、なるべくいい馬車にしてくれ」

 アルフラッドの言葉に、おや、と思う。

 やはり、それなりに彼女への情はあるようだ。

 最も、ここで安くすませようとしたならば、今度こそ張り倒しただろうが。

「わかりました。なるべく乗り心地のよいものを選んできます」

 クレーモンス領までは距離もある。長旅に慣れないお嬢様にはなかなか厳しいだろう。

 幸い、カーツにはそれなりの伝手がある、駆使すれば値が張る馬車でも借りられるはずだ。

 馬もなんとかなるだろう。社交シーズン終了間際になると同じような者が増えるが、少し時期が早い分、まだ余っているはずだ。

「荷馬車も増やしますか?」

 貴族の令嬢となれば、ドレスだなんだと多くなるし、使用人も連れて行くだろう。

 しかしカーツの言葉に、アルフラッドはしばらく考えて、多分不要だ、と告げた。

「彼女は色々と普通の令嬢とは違うから、おそらく……大丈夫だろう。明日確認する」

 本当か? と疑ってしまうカーツは致し方ないだろう。

 胸のうちでもう一台当たりをつけておこうと決めながら、他に二、三確認すると、カーツは急いで出る支度をする。

 とにかく、移動手段だけは先に確保しておきたい。

 よいものを、と望まれているなら、なおさらだ。

「手紙は私が確認しますから、出さないで下さいね!」

 業務連絡なら問題はないが、仮にも結婚相手の家へ出すものだ。

 無味乾燥としたものではよろしくない。

 この主に任せれば、軍隊時代の文書になりかねない。

 仕事では簡潔でわかりやすいと評判だが、それを結婚する相手に許す気にはなれなかった。

 カーツは出がけにくどくどと念を押して、慌ただしく外へと飛び出した。



「──副隊長ってブスが好きなのかなぁ」

 夜、酒を飲みながらの会話となれば、あけすけな話題も出てくるもので。

 男の言葉に、同僚はなんだそれ、とけたけた笑った。

「だって副隊長時代、すっげぇ美人が寄ってきても素っ気なかったんだよ」

 昔からアルフラッドと一緒だった彼は、酒の席ではよく昔の話をする。

 本人の前では遠慮しているが、ここにはいないから気が緩むのだろう。

 もう一人は領地育ちなので、昔の話に興味津々だ。

「たしかに、今もモテてるけど、どうこうないしな」

 ──そうだな、とカーツは心の中で同意する。

 なにせ領主だ、しかも若いし、美形でもある。

 少々鋭すぎる顔をしているが、それがいいという意見もあるくらいだ。

 街中を視察していれば、声をかけられるのはしょっちゅうで、たまに行列までできる。

 あわよくばおこぼれをと狙い、彼についていこうとする部下は後を絶たない。

「だのにえーと、ナントカ令嬢と結婚するんだろ?」

「ブスだとはかぎらないんじゃないか? 貴族だから結婚しなきゃって言われてるわけだし」

 ずっと浮いた噂のなかった主が、唐突に結婚を決めれば、それは酒のネタにもなるだろう。

 あまりにひどい話題になれば止めるつもりでいるが、カーツも彼女の顔を知らないので、とりあえず黙っておく。

 彼らは性格が悪いわけではないし、剣の腕もなかなかなのだが、そこまでだ。

 とてもではないが、従者として控えさせるわけにはいかない。

 添削して出した手紙にはすぐ返信があり、明日また男爵家を訪れることになった。

 しかし、カーツは馬車の件やらで出なくてはならないので、再びアルフラッドを一人で行かせることになる。

 せめてもう一人、こういう状況でも使える者を連れてくるべきだったと後悔するが、どうしようもない。

 それなりに芸達者な主は、大きな失敗はしないだろうけれど、それでも心配になるのだ。

 これを本人に言うと、保護者顔はやめろと渋い顔をされるのだが、実際そういう気持ちなのだからしかたがない。

 ならざるをえなかった領主に就いた彼はしかし、腐ることなく職務をこなし、わからないことは覚えようとつとめている。

 そのために、カーツたちに頭を下げることも厭わない。

 それを領主のくせにと笑う者もいるが、カーツは逆で、好感を持っている。

 でなければ、商会の者だけで都にきただろう。

 カーツにとってアルフラッドは、領主であり、主であり、教え子であり……少し手のかかる子供のようなものなのだ。

 息子のいないこともあり、余計そうなるんだろうと、カーツは自己を分析している。

 そんなふうに思っているから、結婚相手の令嬢のこともとても気になるのだが、ひととなりはつかめないままだ。

 傷のことはすぐにわかったが、体調がよくないらしく、ほとんど外に出てこない。

 正直、領主夫人としてつとまるのか不安なところだ。

 領地にはあのかたがいるから、いなくても回るのは事実なのだが、足手まといにはなってほしくない。

 彼らは容姿ばかり気にしているが、カーツにとっての懸案事項はそちらのほうだ。

 しかし、このままでは顔合わせは当日までお預けになりそうで、そっとため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
 設置してみました。押していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ