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驚きの提案

「………………け、っこん?」

 たっぷり数十秒置いてから、ようやく単語を口にする。

 対してアルフラッドは、緊張からか堅苦しい顔のまま、そうだ、とうなずく。

「俺は両親のことがあるから、結婚も、子供も持つ気があまりない」

 アルフラッドが庶子であることから、遠縁の子を彼の養子にしては、という意見も出ているという。

 まだ彼が若いので、あくまでそんな選択肢もある、という程度らしいが。

 しかし彼の父にあたる前領主は、それは絶対に認めない、と、あくまで直系にこだわっているらしい。

 跡継ぎの血をよくするためにも都で貴族の令嬢を見つけてこい、と言ってきさえしたという。

「血筋だの歴史だの、俺にとってはくだらないと思うが……あの男にとっては譲れないらしい」

 吐き捨てるように呟く彼にとって、父という存在は疎ましいばかりなのだろう。

 たしかにアルフラッドとその母の人生を思えば、好印象を持つことは難しい。

 彼からの話しか聞いていないので、公平な判断はできないが、それでも良識的とは言いがたい人物なことは間違いない。

「どうせあの男は長くない。うまく躱して結婚しないでおくのが、せめてもの報復だと思っている」

 たしかに、なによりも跡継ぎを望む男に対してはなによりの復讐だろう。

 それを聞いても、咎めようという気は起きなかった。

 ノウ自身、育てられた恩は感じていても、両親のためになにか自分からすることはないだろうし、彼らが困窮しても、救おうとは思わないはずだ。

 誰かから見れば親不孝者かもしれないが──そういう点では、彼とは似ているところもある。

「そもそも、ずっと庶民で生きてきた俺が、貴族令嬢と結婚生活なんて、できる気がしないしな」

「それは……難しそうですよね」

 同意してから失礼だったと気づいたが、だろう? とうなずかれた。

 貴族とはいくらか関わりがあったというし、社交もそれなりにこなせているようだが、ノウと二人になると喋りかたも変化する。

 対外用の仮面を貼りつけたまま結婚生活を送るのは、かなりの負担だろうし、そこまでする気はないのだろう。

 しかし、領主になってしまった今、市井の女性を妻にするのも難しい。

 そもそも恋人もいないのだろう、いれば、ノウに対してそんな提案をするはずがない。

 そんなことをすれば、嫌悪する父と同じ道を歩んでしまうし、彼の性格からしても、おそらく間違いはない。

「だから、結婚と言っても、形だけで──利害の一致、というやつだ」

 アルフラッドは貴族令嬢と結婚しろと煩い外野を黙らせるため。

 ノウは意に添わぬ相手との結婚を避けるため。

 たしかにお互いに利点はあるが、腑に落ちない。

「どう考えてもわたしのほうに得がありすぎませんか?」

 偽装結婚と言っても、本当のことを打ち明けられるのはごくわずかとなるはずだ。

 迂闊に話せば、彼の父にも勘づかれてしまう。

 結果、大多数の人々は、ノウのことを領主夫人として扱うだろう。

 となると、ノウもそのようにふるまわなくてはならない。

 男爵家から伯爵家だ、玉の輿と呼んで差し支えない。

「そうか? 君にはしてもらうことも多くなるから、負担が大きくなる、申し訳ないくらいだと思うが……」

「……いえ、あの、申し訳なく思う必要はどこにもないかと……」

 むしろ、そう感じるのはノウのはずだ。

 なぜなら、貴族の妻には、色々と仕事がある。

 邸の財政管理や使用人のとりまとめなどの内向きのことから、外向きのことまで様々だ。

 アルフラッドの言う「してもらうこと」は、そういった行動のことだろう。

 ノウは器量が駄目な分を他で稼げと父に言われ、あれこれ教育を受けているから、それなりの事務作業もこなすことができる。

 領地の収支計算だって、小さいながらも男爵家のそれで練習したから、手伝うことはできるはずだ。

 後妻に落ちついた場合、表に出ることは少ないだろうが、雑務は押しつけられるだろうし、特に金銭面にはしっかり介入しろとの父の思惑のせいだ。

 だが、アルフラッドと結婚した場合は、裏にいるばかりとはいかないだろう。

「あなたの妻として、公の場に出ることになりますよね」

 地域の社交の場に出る時に、正妻として、傷のある自分が横に立つことになる。

 それは、アルフラッドにとっては悪影響にしかならないだろう。

 だが、アルフラッドは問題ない、と断言する。

「幸い、俺の義理の母がまだ元気で、それらの仕事をしているから、君が無理をする必要はない」

 体調が理由ではないので、ノウの考えとはズレた返答だが、後妻の女性のことも気になるのでひとまず聞くことにする。

 二番目の妻としてやってきたその女性はまだ四十代で、仕事が好きらしく、率先して働いているのだという。

 だから、ノウはそれについて、負担にならない程度にやっていけばいい。

 ゆくゆくはすべてとりしきることになるが、それはまだまだ先のこと。

 そのころには適当な家から養子をもらうだろうから、任せてしまってもいい。

 それを聞いて、少しだけほっとする。こんな自分が、彼の隣に堂々と立つのは……気が引けるなどという話ではない。

「それならいいですけれど……でも、最初から醜いわたしがそばにいたら、皆様気を悪くするでしょう」

「醜い?」

 ノウとしては当然のことを言ったつもりだったが、アルフラッドは不思議そうな顔をする。

 それから、色めいたものでない顔で、上から下まで眺めていく。

 見る、というより、観察されているようで、これはこれで落ちつかない。

「君は傷のことを言うが、外から見えないようにしているんだろう? こうしていても、わからない」

 しげしげと見つめられて居心地の悪さを感じつつ、はい、とうなずいた。

 両親も、自分も、傷を見せないドレスをという部分では意見が一致している。

 多少なら逆に見せて同情を引くことも考えられるが、ノウのそれは広範囲にわたる。

 見せるような服装をさせれば、むしろ眉をひそめられるだろう。

 だから、年齢にそぐわぬ地味な色目と、露出の少ない堅苦しいドレスばかりだ。

「俺の周囲も君の傷は知らなかった、だから、領地の者も知らないだろう。情報として知ることにはなるが、蔑んだりはさせないつもりだ」

 陰口をたたく連中はいるかもしれないが、許すつもりはない、と言われ、そんなうまい話があるだろうか、と疑問に思う。

 ノウの知る世界では、この傷を知らない者はいないし、哀れみや蔑みを与えられるばかりだった。

 けれど、領主であるアルフラッドが言うのなら、信じてもいいかもしれない、と思ってしまう。

 少なくとも、嫌な場面に出くわしても、彼は味方でいてくれる。

 それだけでも、とても心強く感じられた。

「外では妻として振る舞ってもらうことになるが、それ以外ではこんなふうに接してくれればいいし、……その……夜……も、別々で構わない」

 もごもごと小さな声で言われ、こちらのほうも照れてしまう。

 夜──それはつまり、閨事は求めないということだ。

 今までのアルフラッドに色めいた気配は感じなかったから、本心なのだろう。

 伝え聞いた噂でも、ずいぶん女性にもてていたというし、否定していなかったから、事実なのだろう。

 となれば、妻にしたとしても、わざわざ自分を求める必要はない。

 恋人がいなくても、ひとときの相手はいくらもいるのだろう。

 ──側に寄り添っていても、なんの問題もない美しい女性、と想像すると、ちくりと胸が痛む。

 小さな棘に気づかぬように、ひとつ息をついて切りかえる。

「それは……当たり前では? アルフラッド様も、こんなもの見たくないですものね」

 だから、傷のある左側にそっと手をやりながら苦笑いをすると、

「──そういう意味じゃない」

 低い声で、強い否定がふってきた。

 鋭い調子に、一瞬身を震わせると、アルフラッドは慌てて顔をやわらげた。

「今の俺にあるものは、恋愛感情とは言いがたい。だからなにもしないだけだ」

 きっぱりと言ってから、慌てて、失礼な物言いだがと添える。

 ノウはとりあえず、いいえ、とだけ返した。

 正直なことを言えば、アルフラッドに好意は抱いている。

 だが、それが恋愛感情かと問われると、正直よくわからない。

 出会ってから、時間にすれば一日にも満たない程度なのだ。

 そもそも恋愛ができると思っていないノウの中には、その手の情報がほとんどない。

 年頃の女性の好む恋愛小説や噂話も、エリジャのもとで聞いたりしたが、すべて他人事、別世界のものとしてとらえていた。

「今はどちらかといえば友情が近い気がするし、あとは、救いたいとか、護りたいとか……」

 アルフラッドはぶつぶつと、自分の今の心情を表そうと躍起になっている。

 そんなふうに言われたことはほとんどないので、なんと返していいかわからない。

 エリジャには似たことを宣言されたけれど、社交辞令だと受けとめていた。

 けれどアルフラッドは結婚を実行に移そうとしていることからしても、本気なのだろう。

「……とにかく、そういうわけだし、君も傷を見られるのは嫌なんだろう? なら、無理強いはしない」

「ええ、それは……たすかりますけれど……」

 ──逆に、見られてもいい、とノウが言えば、彼は受けいれてくれるのだろうか。

 ふとそんなことを思い、都合がよすぎると打ち消した。

 だれもかれも、ノウの傷を見て拒絶したのだ、アルフラッドだってきっとそうなるだろう。

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