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目処が立ったが

部下・カーツ視点

「朗報ですよ、アルフラッド様」

 男の言葉に、なにがだ? と主は無言で続きを促す。

 カーツは穏やかな表情を崩さないまま、商談がまとまりました、と書類を渡した。

「予定はすべて完了したので、今回の目的は全て果たせました。これで、いつでも帰れますよ」

「……帰る?」

 驚いたような響きに、カーツのほうこそ驚いてしまう。

 なにせこの領主は、さんざんごねてから都へやってきたのだ。

 名産品である蒸留酒の取引の主導はカーツだから、自分が都へ行く必要はないだろう、とのたまっていたのを、半ば引きずるように連れてきた。

 爵位を継いだ報告もあるので、行かないわけにはいかず、かつ、いくつかの取引相手は領主お抱えのものもあるため、どうしても彼が必要だったからだ。

 それに、一応領主として、他の貴族との顔合わせもしておく必要がある。

 辺境の田舎とはいえ、外と交流せずにはいられないものなのだから。

 そうして渋々都へ上がってきた彼は、渋面を崩そうともせずパーティーに出たのだが──なにがあったのか、妙に機嫌良く帰ってきた。

 それ以降は喜んで、とはいかずとも、嫌がることなく夜会に出て、おまけに多少(カーツからすると本当に多少)の社交までするようになった。

 領主の変貌ぶりに、喜ぶより先に恐怖を感じたものだが、理由を聞けば、夜会で出会った女性に諭されたからだというからさらに驚愕した。

 彼は生い立ちゆえに、能力のある他者の言うことをすなおに聞いてくれるが、それはあくまで「自分に必要だから」だ。

 むしろ、己が主導権をにぎることを避けているきらいすらある。

 そして彼にとって、貴族というものは、悪感情を抱いているくらいの存在だ。

 カーツはそれをわかっていても、領主になったからには避けられないと説き伏せて都へこさせた。

 そんな主が、貴族の女性に言われて聞きわけるなんて信じがたいが、まあ、中には聡明な者もいるだろう。

 原因がなんであれ、主が仕事をしてくれるのは喜ばしい。

 そのおかげで難敵と考えていた商会ともうまく契約が結べたのだから、その女性があまりよい噂のない男爵令嬢だとしても、領地に帰ればたいした問題ではない。

「何ですか、そんなにブーカ男爵令嬢がお気に召したんですか?」

 からかい半分に口にしたが、反応はない。

 それどころか考えこむようにうつむいてしまう。

 夜会から帰ってきても、浮ついた様子はなかったので、色めいたものではないと判断していたのだが、もしや……と息を呑む。

 しかしその小さな期待は、次に顔を上げた彼の表情で霧散した。

 主のそれは、恋に悩むというより、作戦を考える時のそれに酷似していたからだ。

「──そうだと言ったら、どうする?」

 やがての言葉とともに、静かな瞳が見つめてくる。

 しかし、そこに甘さは微塵もない。

 カーツはしばらく考えてから、どうもしません、と答えた。

 彼から話を聞いて、軽くブーカ男爵のことは調べたが、特に怪しい部分は見受けられなかった。

 この場合の怪しい点とは、商売に関わる面においてのことであって、彼女の怪我やらに関しては情報として得ていたが、正直カーツにはどうでもよかった。

 だから、主が彼女を望むと言っても、ひととなりを知らない自分からすれば、商人的な考えからはうま味がないと判断するだけだ。

 ただ、爵位などに利点がなくとも、社交から逃げたがっていた領主をパーティーにつなぎとめてくれた人物ではあるのは間違いない。

「あなたが望むなら、それに添うのが部下のつとめです」

「──そんな殊勝だった記憶がないんだが」

 苦笑いする主に、そうでしたかね、と空とぼける。

 ともあれ、賛成するだけの根拠がないのでできかねるが、逆を言えば反対するこれといったアラもない。

 傷に関しては本人たちの問題だし、爵位的な価値に関しては、持参金がなければ困るほど貧しくもない。

 誰でもいいとは言えないが、だれかでなければならない、ということもないのだ。

 普通の貴族ならば当然と受けとめる政略結婚も、彼には納得できないだろうから、どうせなら気の合う相手のほうがとすら考えられる。

「どうするかはあなたの判断に従いますが、決まったら早めに教えて下さい、此方にも色々ありますからね」

 最少人数でやってきたとはいえ、今日の明日出立とはいかないのだ。

 珍しい都での生活は、若い者たちには大層刺激的なようで、当分居座っても文句はないだろうが、カーツとしては領地での仕事もあるので、引き延ばしたくはない。

「ああ。……そうだな、次に会えたら……」

 カーツに答えているようで、違うような、曖昧に呟く主に、これはひょっとするのだろうか、と思ってしまう。

 アルフラッドは生い立ちのせいもあって、結婚する気はないと言っていたが、こういうものは降ってくるものだ。

 できるなら、彼には幸せになってほしい。彼より大分年上のカーツは、つい親のような気持ちを覚える。

「──カーツ、頼みがあるんだが」

 退出の挨拶をしようかと思っていると、不意に声をかけられた。

 なんですかと問えば、

「ヴィールトの十五年と、ラズ、まだあったよな?」

 いきなりの銘柄に、ぴくりと眉を寄せる。

 それは、領地でつくっている酒の中でも高級かつ希少性の高いものだ。

「まさか、男爵家に贈るつもりですか?」

「そうだ、──いいか?」

 正直に言えばあまりよくはない。

 これらの酒はとっておきの切り札になりえるものだ。

 それを、取引相手でもないたかが男爵に贈るのは、どう考えても割に合わない。

 だが、主が心を砕いている相手であるのも事実だ。

「──わかりました、ついでにもう二本ほど、八年あたりをつけておきましょう」

 だから、反対せずに了承した上で、追加することに決めた。

 貴重品ではあるが、酒は酒だ、そのまま領地に持ち帰ってもしかたがない。

 男爵が酒嫌いであった場合無用の長物だが、あちこちと繋がりのある人物らしいから、無駄にはならないだろう。

 ついでに、もう少しブーカ男爵について調べておくべきか。

 商談も落ちついたことだし、余裕はある。カーツは明日からの行動計画を立て直すことにした。

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