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過去とその先

 身分的には少々不満はあれど、待望の男児誕生に、大多数は安堵した。

 ──ところが、それを機に、領主は妻への興味を失った。

 妊娠中はどうしても夫のことは二の次になる。それは子を宿した母なら当然だが、領主はそれが気にくわなかった。

 加えて、彼の愛した美貌がすっかり衰えてしまい、連れ回すに足る容色でなくなったことも、飽きる要因になったという。

 産後の肥立ちが悪く、体調を崩したからちょうどいいと、領主は妻の住まいを離れへと移した。

 ただし、息子は大事な跡取りなので、本館に残したままで。

 そして数ヶ月後には一方的に離婚を突きつけて、彼は再婚する。

 相手は、都を嫌い、領地で過ごしていた令嬢だった。

 クレーモンス伯爵ほどではないが、それなりに由緒のある家柄で、また田舎暮らしをしていたとは思えないほど、美しい女性だった。

 ただ、流石に外聞が悪いので、彼女を連れて都に行くことはせず、以来、領主はほとんど都へ上がらなくなる。

 そして数年後、後妻の彼女が妊娠し、生まれた子供は──男児だった。

「つまり、俺はお役御免になったわけだ」

 自嘲気味に呟くアルフラッドに、かける言葉は見つからない。

 伯爵はすぐさま嫡子をその子に変更し、アルフラッドは彼の母親のもとへ「返却」した。

 そのころの母は、街にある住宅街のひとつに住んでいた。

 離縁したとはいえ放りだすことはされず、生活は伯爵によって保証されていた。

 体調がもどりきらなかった母は、再婚もせず、そこで一人生活していた。

 といっても、手伝いの女性がなにくれとなく面倒をみてくれていたし、近隣の住人たちも親切にしていた。

 どう考えても伯爵の横暴だったから、誰もかれもが母に同情的だったのだ。

 そこへ、アルフラッドが加わることになった。

「母と過ごした間が、一番家族らしい生活だったな」

 昔を懐かしむように目を細める彼が、少しだけ羨ましく思える。

 ノウには一度だって、そんな生活の記憶はない。

 とにかく、母と息子の二人は、しばらくは静かに、穏やかに暮らしていた。

 しかし、アルフラッドが就学できる年齢になったころ、突然知らせがやってきた。

「──訓練学校に入学すること、さもなければ援助を打ち切る──とな」

 伯爵家の血筋ではあるから、街の子供が行くような学校は許さないと、そういうことらしい。

 けれど、嫡子との区別は明確につけたい、だから、貴族の子が通う学校ではなく、騎士になるよう命じられたのだ。

 その決定に最も反対したのは母だった。

 アルフラッドには自由に生きてほしい、それが彼女の願いだったのだという。

 自分は巻きこまれて苦労したから、と。

 しかし実際問題、援助がなくなれば、親子で生きていくのは難しい。

「だから俺は言ったんだ、訓練学校へ行く──と。そのころの俺はまだガキで、やりたいこともなかったしな」

 訓練学校は決して悪い場所ではない、きちんとした学習も受けられる。

 比率としてみれば、座学より剣技などの実習が多いけれど、騎士団で働くには、武力だけとはいかないからだ。

 そこへ入学すれば、学費は出してもらえるのだし、実力をつけて働けるようになれば、伯爵からの援助がなくても生きていける。

 働けるようになれば、母と二人で別の領地へ行くことだってできる。

 伯爵からの援助を受けることにわだかまりのあるらしい母にとっても、それは名案に思えたのだ。

 幸い学校は近くだから、寮生活になるとはいえ、ちょくちょく会いにもどることもできる。

 母は最初渋ったが、最終的にはうなずいてくれた。

 もしも我慢できなくなったら帰ってきなさい、と言い含めて、訓練学校に送りだしてくれた。

 そうしてはじまった学校での生活は、思ったほど悪くなかったという。

「言われた通りの進路にしたので、伯爵家からの援助は続いたから、俺はそのまま学校に通い、母も不自由なく暮らせた」

 幸いなことに、というべきか、アルフラッドは剣技に長け、訓練学校でまずまずの成績を残した。

 おかげで勤務先は選び放題だったので、まずは母の住む街の近くを選んだ。

「隊服を見せたらずいぶん喜んでくれたな」

 懐かしそうに目を細める姿は優しくて、よい母子関係だったことをうかがわせた。

「多少でも親孝行ができてよかった。……それから数年後に、亡くなったんだが」

 長く患ったりということはない、穏やかな最期だったという。

 近隣の住人も心から惜しんでくれたし、もう少し長生きしてほしくはあったが、後悔だけというほどでもなかった。

 その後アルフラッドは異動し、国境沿いなどに赴任した。

 母が亡くなればしがらみはない。むしろ領地の近くは避けたかったし、どうせなら実戦経験を積もうと思ったのだ。

 国境沿いでの勤務は、衣食住は大抵足りていたし、たまには街へも遊びに出られたし、充実したよいものだった。

 気の合う仲間もできたし、このままこうしているのも悪くないと、本心で思った。

 ──けれど、それも長くは続かなかった。


「ある日、クレーモンスの使いとやらがやってきた」

 そして使者は、嫡子の死去を知らせたのだ。

 と同時に、アルフラッドが嫡子として指名されたので、速やかに領地へもどるように、とも告げた。

「勝手なことを、と思った」

 静かな声は意図的に感情を排除しているようで、当時は激しい葛藤があったのだろう。

 ふざけるなと使者を追い返したかったが、いくつかの地を見てきた彼にはわかっていた。

 ここで断った場合、困るのは使者であり、ひいてはなんの罪もない領民たちなのだと。

 領主は庶子であっても自分の子供がいるのだからと、遠縁からの養子は拒絶しているという。

 しかし彼自身も病に倒れ、これ以上の子供は望みにくい。

 となると、アルフラッドに白羽の矢が立つのは当然だった。

 悩んだのは少しの間だけで、結局、アルフラッドは軍を辞し、クレーモンス領へともどることになる。

 そして正式に爵位を継ぎ──その披露目のために、今ここにいる。

「そういう意味では、母がいなくてよかったと思う」

 息子が自由に生きることを望んでいた彼女がここにいれば、きっと反対しただろうから。

 望んだわけではない領主の地位だが、幸い部下には恵まれており、今のところどうにかこなせているという。

 働いている者も、父の時から代わっているので、精神的にも苛立つこともない。

 ただ、爵位を継いだことによる諸々の手続きに、どうしても都へこなくてはならず、それは自分でなければならなかった。

 うんざりしながら都に上がってきて、最低限のパーティーには出ろとせっつかれて……そこで、ノウと出会ったわけだ。

「こうして君と話せるからまだ我慢できるが……腹の探り合いは面倒なものだな」

「でも、きちんとしておかないと、痛くもない腹を探られますし」

 そうそう都に上がるつもりもないのなら、多少の噂が立ってもいいのだろうが、限度がある。

 あまりに悪評が立てば、名産品である酒の流通が難しくなる可能性もあるのだ。

 ノウの言葉に、わかっている、と彼はうなずく。

「君が色々教えてくれたから、話すのも無意味ではないと思っているし、趣味を聞くのも面白い。……結局君のおかげだな」

「とんでもないです……」

 自分はちょっと声をかけただけだ、そこまで感謝されるいわれはない。

 むしろ、差し出がましいくらい上に余計な身の上話までしたと思っているのに。

 小さくなるノウに、アルフラッドはそんなことはない、と言い含める。

 信じていいわけがないのに、その言葉に救われた気分になってしまいそうで、自戒するのに骨が折れた。

 そうこうしているうちにいつもの時間になり、アルフラッドに手をとられ、父のもとへ送られる。

 ──その時間が遅くなればいいのにと思うなんて、どうかしている。

 彼はいずれ領地にもどる身だ、そして、おそらくその次は当分先になる。

 そのころには自分は、誰かの妻になっているだろうから、こんなふうに二人で話すわけにはいかなくなるだろう。

 すべてわかりきっていることで、とっくに納得したつもりでいた。

 ……それが、自分についた嘘だということに、見ないふりをして。

 けれどアルフラッドに出会ってしまったことで、欲深い願いが出てきてしまった。

「そんなこと、許されるはずがないのに」

 ベッドの上で、いつものように傷を上にして横たわり、ノウは小さく呟く。

 涙は出さない、泣いたってどうにもならないのだから。

 けれど胸の痛みだけはどうしようもなくて、ノウはぎゅっと目を閉じて、なにもかもを遮断することにつとめた。

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