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鮭の大助

作者: 西園良

 鮭の大助という妖怪がいるらしい。11月15日か12月20日に川を上ってくる。

「鮭の大助、今のぼる」

 こんな台詞を川を上る時に大声で言う。そして、これを聞いた人間は3日後に死ぬ。


「ということ何だけど」

「なんてーか」

 僕の話に友人の東間(あずま)はなんとも言えなさそうな顔で答える。

「あんまり怖くなさそうな妖怪だな」

「え、死ぬんだから十分怖いと思うけど」

「そうなんだけど、なんつーかインパクトがな」

 東間が苦笑いをしながら言うが、鮭の大助を舐めているような気がする。

「人間を殺す妖怪を馬鹿にするなんて」

「馬鹿にはしてねえよ。地味だなあと思うだけで」

 馬鹿にしているような気がするけれども、これ以上言うのはやめておこう。

「てか、妖怪なんてこの世に存在しねえだろ」

「うん、そうだね」

「ひょっとして、伊達(だて)、おまえ妖怪の存在を信じてたりする」

「いや、信じてはいないよ」

 8割くらい、と僕は内心で補足する。2割くらいは信じているが、これは信じていないも同じだね。そういえば、今日は11月13日だったなあ。



 11月15日。僕は興味本位で川に向かってみようと思う。僕が住んでいるところで有名な川が電車で3駅のところにある。

 だから、僕は切符を買って、電車に乗った。空いている座席があったので、僕は座る。優先座席ではない普通の座席である。電車中には色々な人間がいる。若い男性や若い女性、おじさん、お婆さんがいた。さらに、若い男女カップルっぽい人達や子ども連れのお父さんもいた。

「次はA駅ー、A駅ー」

 車内アナウンスが次到着の駅を教えてくれる。目的の駅に着きそうなので、僕は座席から立って、扉の前に行く。

 そして、僕は扉が開くと共に、電車から降りる。えーと、出口はどこだ。あ、あそこに階段がある。僕は階段を使った。

 改札に切符を入れて、改札を出た僕は、3番出口から駅を出た。さて、例の川に向かおう。


 有名な川なだけあって良い川だなあ。このまましばらく眺めていても良いが、この辺りの人に鮭の大助に関して聞き込みを開始しなくてはならない。

「鮭の大助。知らない」

 近くに住んでいるらしい男性Aの返答だ。うーん。いや、結論を出すのはまだ早い。

「鮭の大助だと。知ってるが、あんなもんがこの世にいるわけないだろ」

 男性Bの反応である。

「鮭の大助はいるんだよ。だって、死んだ人いたよ」

「別の要因だと思いますが」

 信じている女性の言葉に、僕はそう返した。

「そうかもしれないけど、でも、いるよ」

「なるほど、分かりました」


 様々な人に聞いてみたが、知らない人が半分くらい、信じていない人が4分の1くらい、信じている人が4分の1くらいと言ったところか。まあ、周辺の人間全員に聞いたわけではないから、この調査は正確ではないが。結局実際見てみないと完全に信じられないのは変わらなかった。とりあえず、1時間くらい川を見ても、件の妖怪が現れなかったら、帰ろう。


 40分くらい経過したと思う。はっきり言って川を眺めているのが苦痛になっている。正直帰りたいが我慢だ。

 川から何かが上ってくる音が聞こえる。そして、声を耳にした。

「鮭の大助、今のぼる」

 かなりの大声だ。しかも、上ってきている鮭から聞こえたような気がした。僕は急いで周囲を見渡す。やはり、誰も人はいなかった。それから、僕は鮭の方に目を戻すが、すでにその鮭はいなくなっている。ということは、あれが鮭の大助で間違いはなさそうだ。聞いてしまった。僕は聞いてしまった。僕は3日後に死んでしまうのか。嫌だ。嫌だ。僕は内心で叫びまくる。死にたくない。死にたくないよ。

 しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。とりあえず、家に帰ろう。僕は泣き叫びたい衝動をグッと堪えて、帰りの電車に乗るために、駅へ足を進めた。


 その夜。自宅。

「おい、どうしたんだ」

「どうしたって」

「今日すごく元気がなさそうだぞ」

 僕の父親が心配そうにそう言った。

「なんでもないよ。元気だし」

「その顔と雰囲気でバレバレだ」

 どうやら僕の表情や雰囲気はすごいことになっているみたいだ。そっか。

「そんなにひどい」

「ああ、ひどすぎる」

 父親の断言に僕は確信した。

「なんかあったのか」

「話さなきゃダメ」

「駄目じゃないが、できれば話して欲しい」

 彼は辛そうな表情をしながら、そう言った。自身の子どもが頼ってくれないのが悲しいのだろう。僕も頼るべき時は父親に頼りたい。しかし、今回は非現実的な事柄だ。信じて貰えない確率が高い。だから、僕の答えは決まっている。

「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」

「そうか」

 僕は微笑みながら言ったが、父親は悲しそうに呟く。無理しているのがバレバレなのと頼ってもらうないのが原因だろうね。

「ごめん、父さん」

「気にするな。話したくなったら、遠慮なく話してくれ」

 彼はそう言って、離れて行った。

 父親と触れ合える時間が少なくなりそうなのを考えたら、僕は心が押しつぶすされそうになってきた。自分の部屋に帰り、声を押し殺して泣いた。



 翌日。僕は東間に鮭の大助のことを話すかどうか悩んだ。彼は妖怪の存在を信じていない。しかし、僕が話した鮭の大助という妖怪のことを知ってはいる。どうしようか本気で悩む。

「伊達、元気がないぞ。まるで、もうすぐ死ぬかもしれないって表情だ」

 東間にもすぐにバレてしまう。

「そんなに僕って分かりやすい」

「おまえが普段分かりやすいかどうかは分からんが、今はものすげえ分かりやすいぞ」

「そっか」

「まあ、とにかく、話してみろ」

「うーん」

 話してみようか。信じて貰えなくて元々で、信じてくれたら儲けものだしね。

「じゃあ、聞いてくれる」

「おう」

「実は昨日A駅に行ったんだよ」

「何しに」

「これから説明するから」

「分かった」

 東間はせっかちだなあ。まあ、僕も回りくどいのかもしれないが。

「Aを降りてあの川に行った」

「あの川」

 彼はそう呟いて、少しだけ考えた。

「この地元で有名なあの川か」

「うん。というか、他県の人間でないなら、すぐに思い至るはずだけど」

「う、うるせーな。で、川に行ってどうした」

 僕のあきれながらの返答に、東間はうろたえたが、すぐに促す。

「その川の周辺の人達に聞き込みを行った」

「うん」

「結果は半分くらい鮭の大助のことを知らなかったんだ」

「鮭の大助って何だよ」

「この前話したよね」

「そうだったか」

「ちゃんと思い出してよ」

 彼はうーんとしばらく考え込んでいたけれども、あっ、と声に出した。

「確か鮭の妖怪だったか」

「そうそう」

「妖怪なんていねえだろ」

 改めて東間が妖怪の存在を信じていないことが分かった。僕も鮭の大助と遭遇する前は妖怪の存在をほぼ信じていなかったんだけれども。

「そうなんだけど。それで、もう半分は知ってたんだよ」

「へえー」

「知ってる人の中で半分は信じてなくて、もう半分は信じてたんだ」

「よく分からんが、お前はそこでアンケート的な調査をしに行ったと」

「違うよ。いや、違わないけど、メインはそれじゃないよ」

「じゃあ、いい加減本題に入れよ」

 回りくどいんだよ、と彼は補足した。口で回りくどいって言われてしまった。

「そろそろ本題だから、怒らないで」

「ああ」

「それで、川を眺めていたら、鮭の大助が現れた」

「え、マジ」

 東間は胡散臭そうに尋ねてきた。僕はこくりと頷く。

「そして、周りを見ても、人は誰もいなかった」

 東間の胡散臭い眼差しを受けながら、僕は続ける。

「そして、例の言葉を聞いてしまった。正確には、例の言葉を聞いた後に周りを見たけど、そこは良い」

「例の言葉ってアレか」

「そう。そして、それを聞いたら3日後に死ぬって奴」

 僕はため息を吐いて、話を終わらせた。

「それで、死ぬかもしれなくて不安と」

「うん」

 僕の肯定に東間は露骨にため息を吐く。

「あのな、そんなことあるわけないだろ」

「で、でも」

「うるせえ。おまえはくだらねえことで気を落としすぎなんだよ」

「いや、あのさ」

「あー、はいはい。この話終わり」

 そう言って、彼は別の話をし始めた。信じてくれなくて元々だったとは言え、なんていうか、うん。東間に話して後悔した。



 11月17日の夜。僕は明日になったら、とうとう死んでしまう。僕は、死ぬ。死ぬ。

「うっ、うっ」

 悔しくて悲しくて僕は小さな声で泣いた。目からポロポロと涙が出る。僕は何か悪いことをしたのかな。確かに、件の日に川に行ったのは注意不足だったかもしれない。でも、死ななくてはいけないほどの悪行ではないはずだ。嫌だよ。死にたくないよ。僕は涙を流し続けた。


 涙が流れなくなって、どれくらいの時間が経過したのだろうか。分からない。



 現在は11月の下旬くらい。18日に友人の伊達が死んだ。死因は聞いていない。しかし、伊達が死んだのは間違いない。妖怪の仕業ってことは絶対ないが、もう少しあいつの話を真面目に聞くべきだったか。俺は後悔した。すまん、伊達。

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